ラクダに乗った少年ブーチャル

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ラクダに乗った少年ブーチャル

ある所に大きな農場があった。 その農場は、伝統のある農場だったが、ライバルの嫌がらせや、その時の農場主の無能さも手伝って、破産状態にあった。

無能な農場主は言った。

“経営が上手く行ってないのはきっと、ウチの農場に奴隷がいないからだ、新しい奴隷を一頭買おう”

下で働く者はあきれて言い返した。


“お言葉ですがね、農場主。 奴隷が卵を産みますか?牛乳を出せますか?

農作業なら動物がやってくれます。どこに人間の家畜を入れる余地があるって言うんです?“


この時代の奴隷は、出始めた頃のパソコンのような物で、新しくて画期的な家畜だった。

しかし反面、道端には、とりあえず買ったけれど使い道が無くて捨てられて、餓死した中古の奴隷で溢れてもいた。

新しい物好きの無能な農場主は、

“ウチも時代の波に乗らなくてはいけない、使い道なんかどうにでもなる。

ウチには、使わなくなった老いぼれのラクダが一匹いるじゃないか?アイツと奴隷を交換しよう“と言った。

 そのラクダは、長年農場にいるラクダだった。 そのラクダのお父さんも、そのまたお父さんも、農場に仕えていた。 しかし今は遠距離の運搬はしなくなったので、あまり使われないでいたのだ。

家に代々伝わるラクダなので、親族のみんなは反発した。 しかし、農業主は頑として譲らなかった。 

農場主は婿養子で、よそ者だった。 だから、伝統のある物を消して、早く自分の色を出しかったのだ。

ラクダを奴隷と交換する役目は、息子のブーチャルを指名した。

もちろんこれにも親族は、もっとしっかりした大人に行かせるべきだと反論した。

しかし無能な農場主は、“ブーチャルはアンタ等なんかよりずっとしっかりしているし、頭だってここにいる誰よりも良いぞ、それに俺の次はブーチャルが農場を継ぐのだから、いつか自分の物になる奴隷を自分で選んで何が悪いのだ“と言い返した。

農場主は、一人だけよそ者だったので、肩荷が狭かった、だからブーチャルをなおさらかわいがった。

ブーチャルは、お父様の期待に答えようと張り切った。

 出発の前夜、ブーチャルは初めて自分の手で、ラクダの体を洗った、

今までブーチャルにとってラクダは、道端に転がる石ころのような物でしかなかったが、急に愛しく思えてきたのだ。

こうしてブーチャルは、年老いたラクダに乗って、奴隷市場へと向った。

 ブーチャルは急にラクダに対して馴れ馴れしく振舞った。

年寄りっぽく見えるからもっと早く動け、物を見るとき目を近づけるな。と

いちいち注文をつけた。 パウダーを持参して、ラクダのしわを一本でも多く隠そうと必死だった。 それはブーチャルなりの愛情表現だった。

 少年のブーチャルにとって、歳を取ると言う事は絶対悪でしかなかったのだ。

歩いていると盗賊に襲われた。 身包みを剥がされそうになったが、ラクダが機転を利かせて助けてくれた。 ブーチャルはすっかり感動して、泣きながらラクダにしがみついた。

それ以来ブーチャルは、こんなにも頭が良くて主に忠実なラクダを売るのは果たしていい事だろうか?と考えるようになった。 お父様は、このラクダは老いぼれで、使い道もないからいらないと言うけど、本当にそうだろうか?良い使い道があるんじゃないか?と悩み始めた。

しかし、奴隷市場が近づくにつれ、決心を固めなくてはならなかった。

“お父様の命令は、絶対で逆らえない。 それならばせめて、少しでもいい待遇の所で売ってあげよう“と思うようになった。

ラクダの本当の価値に気付いたブーチャルは、もうパウダーでしわを隠したり、年寄り臭い動作を注意したりしなくなった。 それもラクダの個性の一部だと感じたからだ。

しかし、ラクダは思ったような値で売れなかった。 

 ブーチャルはすっかり憤慨して、他を探すと店を出た。 店員は“困ったものだ、なんて世間知らずな子供なんだろう、、”と心の中で思った。

 どの店に行っても、ラクダの値段は安かった。 でもブーチャルは諦めなかった。

ラクダを優しく撫でて、“大丈夫だ、きっとオマエの本当の価値を解かってくれる所はあるから”と言って、励ました。

散々廻って、ついにブーチャルの言い値で引き取ってくれる所を見つけた。

 ブーチャルは嬉しくてほっとしたが、今度は、それに費やした時間の事を気にし始めた。 予定の時間を大幅に遅れているので、あせっていた。

なので、急いで最新の奴隷と交換して、ラクダにロクにお別れも言えずに別れなくてはならなかった。

自分の役目は十分に果たしたので、それを非情な事だとは思わなかった。 今度は自分の事を考えるべきで、それは当然の権利だと思った。 

ブーチャルは急いで奴隷市場を出て、新しく買った奴隷と共に自分の農場へと向った。

その奴隷は最新型なだけあって、読み書きも出来て、大工仕事、家事など、たくさんのソフトが入っていた、しかし、そのせいでとてもプライドが高かった。

ついには、“自分は本当の主の前でしか、自分の能力は見せられない“と言う始末だった。

 自分は次の主になるのだぞ、とブーチャルが言っても、“今は違うじゃないか”と言い返された。 

そして、荷物すらロクに持ってくれなかった。 さすがのブーチャルもこれには参った。

“前のラクダはあんなに賢かったにもかかわらず、それをひけらかしたりはせず、黙ってついて来てくれたのに、まったく、動物と違って人間の家畜はなんと面倒くさいんだろう、こんな事なら多少時間が掛かっても、もっとちゃんと選べばよかった”と、紙に書かれている機能の数だけで奴隷を選んだ事を後悔した。 

奴隷にも性格があることを忘れていたのだ。

しかし、とにかく時間がなかったので、引き返して買い換えたりする暇はなかった。

 仕方が無いので、このまま行くしかなかった。 ブーチャルは少しでも遅れて、お父様の期待を裏切る事を何よりも恐れていたのだ。 この奴隷はお父様の前でなら言う事を聞くので、それはむしろ良い事ではないか、大した問題ではないはずだと考えた。

ブーチャルは、一人で重たい荷物引きづりながら、なんとか関所に越えた。

その途端、奴隷の態度は急変した。

“実はお前が買ったあの店な、あそこ自体が全部ペテンなのさ。

俺は一流の奴隷なんかじゃない。二束三文にもならない4流の奴隷さ。

お前が売ったラクダだって、今頃ぶっ殺されて業者に売られてるだろうさ。 “

ブーチャルは奴隷が何を言ってるのかよく解からなかった。

“嘘だと思うなら、引き返してみたらどうだ。もう店は消えてるだろうけどな。 いいか、俺は関所さえ越えればそれで良かったんだ。

 ここに奴隷救済ボートのチケットがある。 俺はやっとの思いでコイツを手に入れたんだ。 その港は、ここから少し離れた所にある。 だから、もうお前とはさよならだ。じゃあな、俺はその船に乗って南の島に行くのだ“と言って、その場を離れようとした。

(奴隷には連帯責任の制度があって、一人が逃げたら、その家族共々殺される。逃げずにちゃんと仕えた奴隷の一族はポイントが溜まって、それによって一流や3流の奴隷が決まる。 一流の奴隷になったら得点として、奴隷のしつけ教室で、もっと良い奴隷になれる訓練を受ける事が出来る)

しかし、その紙自体がペテンなのであれば、連帯責任の制度も通用しない。

賢いブーチャルはすぐにそれを理解した、そしてすっかり混乱して頭がおかしくなってしまった。

“違う!ラクダは今頃丁重にもてなされているし、お前は一流の奴隷だ!騙されてるのはオマエのほうだ!!”

と叫んだ

それを聞いた奴隷は“オマエみたいに独善的な人間は、一人残らず死んで欲しい”と言って別れようとする。

“待つんだ!もし一歩でも動いたら、、、僕は自殺するぞ!!”

とナイフを自分の首に突きつける。

奴隷は何も言わず立ち去る。

ブーチャルは小さくなってく奴隷の背中に向ってナイフを振りかざす。

“解かった!お前に半日の休暇をやろう!!半日経ったら、この先の丘に戻ってくるんだ!!いいか解かったな! もし来なかったら僕は本当に自殺するからな!!!”

と叫ぶ。

奴隷は遠ざかりながら、“勝手に死んじまえ!!!バーーカ!!!”と半笑いで罵る。

奴隷の姿が消えてから、ブーチャルは大泣きする。

“なんと言う事だろう! 今は家が大変な時で羊一匹でも貴重な資本なのに!! ああ、、ラクダ君!許しておくれ!!僕が不甲斐ないばっかりに君を悪い奴らの所に売ってしまった!!“ 

ブーチャルは、家に目前の所で、一人ぼっちになってしまった。

 お父様のガッカリする顔を思い浮かべるだけで、背筋が凍る思いだった。

この時初めて、ブーチャルの脳裏に、自殺するという選択刺が過ぎった。  

一方、奴隷は奴隷救済ボートの来る港にたどり着く、

しかし、いくら待ってもボートは来ない。とうとう奴隷は、自分もまた別の誰かに騙されたのだと気付いた。

奴隷は旅の途中で至る所で見かけた、捨てられて餓死した中古の仲間達を思い浮かべた。 今やそれは他人事ではなくなった。

奴隷は、奴隷以外に生き延びる術を知らないので、結局、ブーチャルの待つ丘へと行く。

すっかり諦めていたブーチャルは大変喜ぶ。

 そして、荷物を全部持たせ、

今度は、いかに奴隷を一流っぽくみせるかで必死になる。

かつてラクダにしたように、また歩き方が悪い、髪の毛をいじるな、と小言を言うようになる。

それはなにより自分の為だったが、ブーチャルなりの愛情表現でもあった。 奴隷は黙ってそれに従った。

やがて家に着いた、玄関にはおばあちゃんが一人待っててくれた。みんな仕事に出ていなかった。

奴隷を買う事に反対していたおばあちゃんは、買ってきた奴隷を見て

“こんなものが、ラクダ分の価値があるのかね?“

と愚痴を言ったが、おばあちゃんはブーチャルの大好きなホットチョコレートを入れて、待っててくれた。

ブーチャルは大喜びで奴隷を杭に繋いで、家の中に駆け込んだ。

鎖につながれ逃げられなくなった奴隷は、なんだか安心した。

 今、奴隷が願う事は、この幸せが一秒でも長く続いてくれる事だった。

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