第45話 絢香と土曜日②

 

 俺と絢香は、電車で1時間程の海浜公園まできた。そして、のんびりと浜辺を歩いたり、2人でチュロスを食べたりした。


 あたりは段々と黄昏色になってきて、暗くなった海に白い波が寄せては消えていく。


 それにしても、ギャラリーの視線を感じなくなった。陸のやつ、帰っちゃったのかな。


 陸には、ストレスに反発して自分自身の気持ちに気づいて欲しかったし、想いは言葉にしないと伝わらないって、気づいて欲しかったのだけれど。


 こう言うやり方は時代遅れってことか。陸のやつには、逆に悪いことをしちゃったな。


 もう合唱会はダメかな。

 全員が揃わなかったら、先生悲しむだろうな。


 俺は絢香の方を見た。

 海を見ながら、幸せそうな顔をしている。


 うん。絢香が元気になっただけでも、来て良かった。合唱会はどうなっちゃうか分からないけれど、もう絢香が学校を辞めるなんてことにはならないだろう。


 もう、陸もいないし、これ以上、長居する意味はないな。


 帰りを切り出そうとすると、絢香が言った。


 「……もう、陸いないね」


 「気づいてたの?」


 「そりゃあ、分かりますよ。それ以外に、わたしみたいな可愛くない子をデートに誘ってくれる理由なんてないだろうし」


 「いや、絢香、普通に可愛いよ」


 「ははっ。ありがとうです。お世辞でも嬉しいです。陸、きっとわたしのことムカついてるんだよ。陸に嫌われちゃったかな。でもね、あんなこと言われて、すごく悲しかったし、逆ギレするんじゃなくて、ちゃんと謝って欲しかったんです」


 絢香の目尻から涙が伝い落ちた。

 夕焼けに照らされて、涙の跡がキラキラとしている。


 絢香は続けた。


 「陸とは、大人になるまで、ずっと一緒だと思っていたのに。幼馴染なんて、あっけないものですね。わたしが悪かったのかな」


 「そんなことは……」


 そう答えながらも、俺は「実際そうだよな」と思った。


 人の絆が壊れるのは一瞬だ。

 やれ親友だ、やれ運命の相手だなんて言っても、その絆は脆い。誠実さに目を背ければ、簡単に壊れる。


 だからこそ、陸にはしがみついて欲しかった。

 本当に壊れるかもしれないって思えば、必死にすがるかと思ってしまった。


 でも、かくいう俺も若い頃は、その儚さにおののくばかりで、失敗ばかりだったもんなぁ。


 絢香は俺の目をまっすぐ見つめている。


 「ね。みつきくん。わたしのこと可愛いってほんと? こんな太ってる子と一緒に歩いてて恥ずかしくなかった……?」


 いや、全然太ってないし。

 むしろ、好みだ。


 「あぁ。お世辞を言わないのが、俺の唯一の取り柄だし。絢香、太ってないし!! むしろ、好みっていうか……」


 絢香は笑った。


 「ありがとう。今日、一緒にいて、きみの良いところたくさん見つけたよ。どきどきする……みつきくん。キスして」


 夕焼けの海でキス。

 最高のシチュエーションだ。


 絢香が俺の手の甲に、手のひらを重ねてきた。

 その指先は、少し震えていた。


 絢香は続ける。


 「今日だけで良いから。わたしを、みつきくんでいっぱいにして。わたしも、今日だけは、先輩こと好きだよ」


 絢香の唇は小ぶりで、ぷるんとしている。

 かすかに開かれた唇の間からは、真っ白な歯が見えた。


 微かに震える唇をみていると、彼女の緊張が伝わってきて、俺もドキドキする。


 ごくり。


 俺は唾を飲み込んだ。

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