第29話 七瀬の誕生日。

 

 「なにそれーっ」

 

 七瀬は笑った。

 プププッと言っている。


 こっちは大真面目だったのに、悲しい。

 まあ、多少若くなったところで、俺は俺のままだしな。顔的に、キザなセリフは無理か。


 笑いが収まると、七瀬は俺の耳元で言った。


 「ジョークで元気づけてくれたのかな? 前の光希もだけど、キザで優しい君のことも好きだよ。んじゃ、着替えてくるね♡」


 別にジョーク言ったつもりはないのだが。


 七瀬は俺の返事を待たずにタタッと部屋から出て行った。

 

 戻ってきた七瀬は、オーバーサイズのオリーブ色のカーゴパンツに、タイトな白Tシャツ、髪は後ろで結って、黒いキャップを被っている。


 いつもとは違うボーイッシュな雰囲気で、なかなかに可愛い。七瀬は俺を覗き込むと「どうかな?」と聞いた。



 デートといっても、今からだと遠くには行けない。隣駅のショッピングモールに行くことにした。


 映画を観たかったのだが、週末ということもあり、満席だった。仕方ないので、買い物をすることにした。七瀬が服を選んでいる間に、俺はさっき七瀬が足を止めた店で、こっそりプレゼントを買った。


 その後は、アイスを買って一緒に食べることにした。


 「別々に買うと高いから、ダブルで一緒に盛ってもらおうよ」


 七瀬はそういうと、カップのアイスを買ってきてくれた。一緒盛りだが、スプーンを2つ付けてもらったので、お互いに「あーん」で食べさせ合った。


 前俺は男子校で、こういう経験はなかったから、すごく新鮮で嬉しかった。七瀬もニコニコしている。


 すると、大学生くらいの男子3人が、俺たちの前で立ち止まった。その中の真ん中の男は、七瀬の顔を見ると、ニヤケながら話しかけてきた。


 「おっ、七瀬じゃん。この前、電話かけたんだぜ? なんで無視すんのよ」


 七瀬は俯いて何も話さない。


 男は得意になったらしく、気分良さそうに、横にいる友人らしい男に話しかけた。


 「拓実、こいつ、前に話したヤリマン女。簡単にセックスさせてくれるんだぜ? お前、最近、たまってるんだろ? お願いしてみれば? なっ。七瀬」


 七瀬は何も答えない。

 手を両膝において、もっていたスプーンは曲がっていた。


 男は、七瀬の顔を覗き込む。


 「おいっ。なんで無視すんだよ。どうせ、まだセックスしまくってるんだろ? あ、いまはその男の上で腰ふってんのか?」


 「おまえ、いい加減にしろよ!!」


 思わず俺が叫ぶと、男は俺を睨みつけた。

 俺より背が高くてガタイのいい男。しかも3人もいる。


 見かねたのか、七瀬が俯いたまま口を開いた。


 「光希。わたしは良いから。こんなやつら相手にしないで」


 すると、男は面白くなかったらしく、さらに声を張り上げると、七瀬の右手首を掴んだ。


 「こいつさ、手を使ったサービスしてくんねーんだよ。口とあっちはサービス満点なのにな。なに、おまえ。まだピアニスト気取ってんの? 弾けもしないくせに」


 男はそういうと反対の手で、七瀬の指を握り込もうとした。


 (ピアノをするなら指は大切にしないと)


 紫乃の言葉が、俺の脳裏をよぎった。

 

 「いい加減にしろ!! このクズが!!」


 気づけば俺は、男の胸ぐらを掴んで怒鳴っていた。


 どうも後半のフレーズが余計だったらしい。男は見事に激昂して、俺に拳を振り上げた。


 (おれ、死んだわ)


 そう思って目を瞑ったが、男の拳が俺に届くことはなかった。


 「光希。喧嘩弱いくせにカッコつけてんねぇ。ひゅー。んで、こいつらダレ?」


 目を開けると翔がいた。

 男の手首を捻っている。


 翔が男を睨みつける。


 柚乃に聞いた話だが、翔は今でこそサッカー狂いだが、昔は相当にヤンチャだったらしい。


 喧嘩も強いのだろう。

 翔はそのまま男の腹を蹴り上げた。


 サッカーで鍛え上げた脚力は相当なものらしく、男の身体はボールのように持ち上がり、そのまま地面に叩きつけられた。男は苦しそうな声をあげると、口を押さえながら、逃げていった。


 翔がきてくれて、俺は助かったらしい。

 でも、翔にケンカをさせちゃダメだよ。


 「わりい。さんきゅー。でも、翔は大切な時期なんだし、無理させてごめんな」


 すると、翔は笑った。


 「俺こそ、悪い。お前のカッコいい場面の邪魔しちまったな」


 嫌味や皮肉じゃない。

 翔はそういうヤツなのだ。 


 悔しいがモテる理由がわかる。


 翔は七瀬の荷物を、ひょいっと持ちあげて言った。

 

 「七瀬も大丈夫か? なに泣いてんだよ。ほら、これから、お前の誕生日会やるんだろ? 皆きてるぜ」



 皆?


 人だかりの向こうには、柚乃と山口、そして何故か花鈴もいた。

 

 あの男達の中傷は聞こえなかったようで良かった。


 七瀬は後退りした。


 「わ、わたしなんか、そんなお祝いしてもらう資格ないよ」

 

 すると、柚乃が七瀬に抱きついた。翔も山口も、花鈴も笑顔で七瀬を囲んでいる。


 柚乃がいった。


 「親友なのに、誕生日おめでとが遅れてごめん。翔に七瀬がピンチだって聞いた時はビックリしたよ」


 翔め。そんな集め方をしたのか。


 七瀬は戸惑っているようだったが、やがて落ち着くと深々とお辞儀をした。目は潤んで、口元はこわばっているようだった。


 「わたしなんかのために、嬉しいです。あの……お祝いして欲しいです」





※※

本作の花鈴を主役にした短編を書きました。

全2話の予定ですが、そちらも宜しくお願いします。


 「厨二病の山本花鈴は本物の魔女なのである。」

https://kakuyomu.jp/works/16818622170669915359

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