第21話 所を得た鏡➀
「いやー久々の帰還は緊張するねー」
声に出しておどけてみたが、胸のドキドキが消えてくれなくて、イヒカの顔はみるみる青ざめる。
「いい加減腹でもくくったら?」
「置き手紙置いてきたとはいえ、いざ事情説明するとなるとこう、尻込みしてしまいますと言いますか~」
数日間行方を眩ましているため、帰ってきたときの弁明を考えると今からお腹が痛い。長老さまおよび同室のハルハからの叱責は不可避だろう。
「そういえばイヒカ、里を抜け出す際の置き手紙には、なんて書いたの?」
ククはふと気になって、イヒカに問う。
里を出るなら心配掛けないように置き手紙の一つでも置いてきたらどうか、と提案したのはククだ。
もちろん、そんな置き手紙の一つや二つで里の人たちに安心してもらえる、などという甘い考えはしてないが、あるのとないのとでは違うと思う。
「えーと……」
だから目を泳がせる相棒に疑念が増した。
「まさか私との約束を破ったんじゃないでしょうね」
「そんなことないよ!」
間髪入れず釈明するところが怪しい。
ククは問い詰めるようにしてイヒカを見る。
「それで?」
続きを促す。
「……言わなきゃダメ?」
「だめ」
イヒカは観念してうなだれてから、開き直って胸を張る。
「『しばらく旅に出ます! 探さないでください!』って書いた‼」
「ふ・ざ・け・ん・な‼」
ククは暴言を吐いてイヒカを羽交い締めにした。
「痛い痛い痛い痛いっ⁉ ちょっと、わたしのことは真綿でくるむようにして扱ってよ‼」
「却下」
こんなふざけた手紙を書かれるくらいだったら、監修くらいするべきだったと己を戒める。
「あのねぇ、いずれ寄宿舎に戻るんだから、その時のことくらい事前に考えておきなさいよ。自分で自分の首を絞めてどうするのよ」
「だってあの文言一度は使ってみたかったんだもん」
「夜逃げみたいの台詞のどこが良いのよ」
ククは呆れつつ、腕の力は強める。
「いたーいッッッ‼」
イヒカの絶叫が山道に響き渡る。
「クク、それくらいにしてやってくれ。どうせトベラの里に戻ったら、この娘はしこたまつるし上げられるんだからな」
フキが口を挟んだ。
「おじさんわたしの扱いひどくない?」
イヒカが口をとがらせる。
「黙って反省していろ。大丈夫だ、クク。お前さんの肩はワシが持ってやる」
「ククだけずるーい」
イヒカは緩んだククの腕から脱出して、フキにすがりつく。
「ククを唆したのはお前さんだろうが」
フキはぴしゃりと言い放つ。実際その通りなのだが。
「唆されたとはいえ、企みに加担したのは私自身の意志でもあります。その時は一緒につるし上げられるつもりです」
なかば予想はしていたが、ククは堅気だ。
自分にも否があると認識しているから、イヒカとともにと里を抜け出した罪を背負おうとしている。
かくいうフキ自身も、自分の律儀な性格に苦笑してしまう。
なんだかんだで、この見習い二人をトベラの里まで送り届けるあたり、魔物退治に加担した身として罪の意識があるのだ。
大人として、事の説明を引き受けるために。
「えーんククぅ! やっぱりわたしにとってククは強い味方だよぉ!」
「調子に乗らないで!」
「ほら二人とも静かにしろ————ん?」
夜の気配が訪れる前には、到着するだろうと視線を里の方角に向けたフキの視線に不自然なものが入る。
「あれは……煙か?」
フキが訝しげな声を上げたので、ククとイヒカの二人もじゃれあいをやめて、視線を里の方角に向ける。
「ほんとだ、煙が上がってる。誰かが焚火でもしているのかな?」
イヒカが首をかしげる。
「それにしては黒煙の量が異常だよ。……それに今気がついたけど、風に乗って微かに焦げた匂いがする」
ククは鼻をスンスンと動かした。
「ッまさかトベラの里全体が燃えているのか⁉」
フキが頭に衝撃が走ったような気持ちで口を開く。
そのとき、前方から歩いてくる人影が見えた。フキは人影に走り寄る。
「どうかしましたか?」
山菜狩りにでも出かけていたのだろう、肌の露出を控えた装いをしている妙齢の婦人が、走り寄ってくるフキたちに警戒して尋ねる。
「すまんが、トベラの里が今どうなっているのか知っているか?」
フキが早口に聞くと、婦人はああと納得した顔をした。
「今朝方からその話題で持ちきりですわよね。私なんか、名もない小さな村の出身でして、そういうことに疎くって」
「今朝方から?」
ククが聞き返すと、ようやく後方に娘二人がいるのに気付いたのか、婦人は声を小さくして言う。
「明け方に魔物に襲われたそうですよ。なんでも、被害が大きいそうで」
「魔物に⁉ 里はどうなったんですか⁉ 寄宿舎は⁉」
イヒカは信じられない情報を聞いて狼狽える。
「さあ……? でも、今あの里に近付かない方が良いと夫が言っていましたよ。まだ魔物を完全に討伐出来ていないのだそうです。まあ、小さな村程度の情報なので、正確性に欠けるとは思いますが」
三人は同時に険しい顔をした。
「あなたたち二人は、これから退魔師の勉強をなさる見習いさん? がんばってね」
婦人の言葉ですら、イヒカの耳に入らない。
里が、燃えた?
第二の家族同然の人たちは? ハルハは?
そもそも、寄宿舎はどうなったの?
いくつもの胸騒ぎに、イヒカの目の前が真っ暗になる。
「しっかりして、イヒカ!」
ククに名前を呼ばれて、はっと我に返る。
「とにかく急いで里へ向かうぞ」
フキが己を鼓舞するように声を上げ、婦人に礼を告げて走る。
トベラの里へ到着するまでの時間が、イヒカには永遠のように思えてならなかった。
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