第19話 怪鳥退治⑥
(————ここは?)
先程までイヒカとフキとともに魔物退治をしていたはず。なのに、ククには最後の一撃を加えてからの記憶がない。
(いや、これはその記憶の続き……?)
ぼーっとした意識から抜け出すために、一度頬を両手で叩いてみるが、感覚がない。
(え?)
突如、土埃が舞い人々が行き交う街の一角に、自分の姿が移動した。
手を伸ばして通行人に触れてみるが、水面のように波紋をつくるだけで、指の感覚は空を切る。
(ここは、王都だ)
どういう理由で自分がこの場所に立っているのかわからない。
(まさか、魔物に精気を奪われた?)
作戦は失敗してしまったのだろうか。ここは、精気を奪われた者たちが見る、夢のようなものかもしれない、と思った。
『イヒカ姉ちゃん!』
子どもの声だ。喧噪のなかから聞こえた相棒の名前を、ククは耳に納める。
『はいはーい、お姉ちゃんですよー』
楽しそうなイヒカの声。
くたびれた服装の子どもたちに囲まれながら、自身も子どもながら年長者の振る舞いをしていた。
(面倒見の良い性格なんだ……)
ククは相棒の意外な一面に、ふっと微笑む。
(ここは、イヒカの過去だ)
彼女の暮らしぶりが、投影されている。
イヒカの名前を皆親しげに呼び、彼女がどれだけ愛されて育ってきたのか、理解できる。
だが、同時にイヒカが自分の意見を主張しない子どもだと気付かされる。ククと出会ってからのイヒカは裏表のない性格だったが、当時は言いたくても自分の意見を呑み込んで、周囲の幸せを優先している。
『————あの子は、抜きん出た退魔師としての才能があるのに、学舎で学ばせてあげられないのは可哀想だわ』
イヒカの両親だ。確か退魔師の家系だと言っていた。
傷ついた顔のイヒカがククの目の前を横切る。思わず手を伸ばしたが、触れることはかなわなかった。
『わたし、退魔師になりたい』
イヒカのひとり言のような本音が漏れる。
ああ、きっとこの夢が、イヒカが初めて描いた自分だったのだ。
だが、退魔師になるにはお金が必要だ。子どもながらも、その現実に直面した。
『トベラの里にある寄宿舎なら、他の学問を学ぶことはかなわなくても、退魔師になることが出来るんだ……!』
キラキラ瞳を輝かせて、夢を叶える方法を見つけてからのイヒカの行動は、はやかった。
心配する両親を説得しにかかった。渋る両親に頼み込み、入寮が決まった。
『イヒカ、これを』
父親が渡したのは、鏡がはめ込まれた首飾りだった。
『これはなに?』
『父さんたちの家系に伝わる、宝だ。きっとイヒカを助けてくれる』
『こんな大切なもの、もらえないよ!』
イヒカは首を振って、押し返す。
『いいんだよ。父さんは、あまり退魔師としての才能に恵まれなかった。一度もこの家宝を扱えなかったんだ。————だから、家族で一番退魔師としての才能のあるイヒカが、将来この鏡が持つ本来の力を解放してくれ』
父親の願いを、娘は受け入れた。
『ありがとう。いつかきっと、この鏡に相応しい持ち主になってみせる!』
弱音を吐きそうになったら、いつも鏡の首飾りを首から取り出して、眺めた。
いつかきっと、を夢見て。
(————イヒカ)
そんな歩みを辿った鏡の首飾りだったのか、とククは思った。
世話好きな性格もイヒカの一部。
でも、同じ場所に立ち止まっている自分に違和感をおぼえた。
一歩前に踏み出してみて、違う景色を見てみたい。
後悔するくらいなら、納得のいく生き方をしてみたい。
ピィン、と何かが反響する音がして、ククは振り返った。
「鏡の首飾り……」
イヒカの姿をしたまぼろしが、首飾りを抱いていた。
現在の彼女より、少し幼い。
「ねえイヒカ」
ククがその女の子に話しかけると、大事なものを渡すまいと腕の力を強めた。
「今のイヒカはね、強い女の子なんだよ。ちょっと強引で甘えたな子ではあるけど、自分が願うように自分を変えられるすごい人。————未来のあなたは、自分に縛られない自由な退魔師になってるよ」
これはククの予想でもある。
イヒカは勇気を持って、なりたい自分になるために自分を生まれ変わらせた。自分のために行動することが、どれだけ難しいかわかっている。
ククがそっと手を差し伸べると、眩い輝きに包まれる。
その光に、そっと身を委ねた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます