第11話 ククの秘密➀
「ゴホッ————死ぬかと思ったぁ……」
衣服が水を吸って重くなった身体を引きずるようにして岸へ上がる。水の中も冷たかったが、水から上がると風が肌に当たって寒い。イヒカは身体を震わせた。
「死ななかったでしょ」
「死ななかったけどッ」
同じく川から脱出したククは、水を吸った服や髪を絞りながら、周囲を見回す。どうやら川を下ってかなり流されたみたいだ。
「私のまねはしちゃ駄目だからね」
「あんな無茶、ククでもない限りしないと思いますけどぉ」
ククは風を凌げる場所が近くにないか、確認する。すると、近くに大人が数人は入れそうな岩穴を見つけた。
「イヒカ、あそこの岩穴で休もう」
「ええッ⁉ でも日向に当たっていたほうが暖かくない?」
「風で体温奪われるし、服をはやく渇かすためにも焚火で暖まろう。荷物持って先行ってて。焚火の材料集めてくる」
イヒカの返答を待たずに、ククは走って森の中へ消えてしまう。
一人寂しく残されたイヒカは仕方なく、荷物が入っている麻袋を手に取る。水気を含んで、いつもより重く、少し引きずりながら運ぶ。
指差された岩穴は、確かに雨風を凌げる絶好の場所だった。気にならなかった風も、中に入ってからもう一度外に出てみると、自分の体温を奪っているのだとわかる。
「……私一人だったら、とっくに駄目だったかも」
鏡の首飾りを取り戻したい、という思いから始めた旅。
ククのように協力してくれる人があらわれなければ、一人で魔物退治に里から出ていただろう。
絶対に鏡の首飾りを取り戻したかったから、選択肢は一つのようなものだった。ククに言われるまでは、大人に相談するなんて考えたくなかったし、友達に相談するのも気が引けた。
だが、ククにも同じことは言える。
(足手まといになってるんだし、結局のところ迷惑掛けているのは変わらないわ)
イヒカは内心ため息をついた。
自分がいなければ、あの窮地をなんとかしていたと思う。イヒカが一緒にいなければ、ククは川を飛び込んで逃げるなんて選択はしなかったのではないだろうか。
だからといって、自分が一人で旅していたらと考えるとぞっとする。こんな場所までは来られなかったはずだ。
里から村まであんなに距離があるなんて知らなかったし、森の歩き方なんてわからない。全てククに助けてもらっているのだ。
「ただいま。すぐに火を熾すからから待ってて」
ククは手慣れた手つきで、火を熾す。暖かい灯火が暗い岩穴を照らした。
「ごめんね、クク」
イヒカはうずくまって揺らめく火を眺めながら、小さくささやく。
「え? なんで謝るの?」
ククはイヒカの突然の謝罪に困惑した。謝られる要素に心当たりがなかったのだ。
「私はなにも出来てないから」
一人で旅をするやり方なんて、わからない。長距離を歩いたことなんてない。こんなに怖い思いをしたことなんてない。
「私はククに頼ってばかりだから。自分ならなんとかなるって馬鹿な考えばかりしてて、ほんと馬鹿だ————ごめん」
イヒカは抱えた膝の間に顔をうめる。泣きそうだった。
「どうして出来る、なんて甘い考えが出来たのかわからない。まだ見習いで、術なんてまだ未熟なのに」
「そんな言葉は聞きたくないな」
イヒカは意表を突かれて顔を上げる。
「わたしが知っているイヒカっていう女の子は、誰かが傷つくのを黙ってみていられないようなやさしい子。口が達者で、誰かの悪口を言わない子。わたしが少し憧れたやさしくて真っ直ぐな女の子のことを、悪く言わないで」
ククの言葉が、イヒカの冷えた心を温めていく。
「あこがれ……?」
「そう。依頼こそ自分のためかもだけど、誰かのために退魔師として行動出来るのは正直うらやましい」
ククからの率直な意見が紡がれていることに驚く。
「わたしは————なんでも自分本位で動くし、人にやさしくなんてするのは無理。なんでも自分の利益を優先しちゃう。それに、口数が多いほうではないから、周囲を誤解させやすい。わたしにはない良いところをたくさん持っていてうらやましい」
イヒカはくすぐったい気持ちになった。
「ククだって、私のために協力してくれたじゃない。人のために行動出来る子でしょ」
「初めは違った。ちょうどわたしもその村に行く予定だったから、ついででも良いかって思っただけ。善意じゃないの」
「それでも見捨てず助けてくれた」
イヒカが微笑むとククもつられて笑う。やっと笑えた気がする。
「私は人との付き合いが上手いほうじゃないし、自分から仲間を欲するのは違うと思って、他人に深く立ち入るのを避けてきた。だから、私の世界に飛び込んでくれてうれしい」
ククは照れつつも言葉にする。
取っ付きにくい性格は自覚している。意識的に他人と関わらないようにしていたら、元から口下手なところがさらに加速した。
「ククはさ、口下手なのかもしれないけど、人と付き合うのがきらいなわけじゃないでしょ。話しててわかるよ。大丈夫、難しいことはわたしが支えてみせる」
「なら、お互いにないものは補い合って、同じものは活かせるようにしよう。そうすればきっと、この先もなんとかなる。相棒ってそういうものでしょ?」
ククの突き出した拳に、イヒカは自分の拳をコツンとあてる。
自分にないものを非難したってどうしようもない。あるものをどうするのか、が大事なのだと改めて感じた。
「じゃあよろしくね、相棒?」
「よろしく、相棒————————って誰⁉」
ザリッという石を踏みしめる音が岩穴の入り口からして、ククは反射的に杖を掴んでそちらへ向ける。
「————結界内に人が入り込んだと思ったら、子どもが二人。ずぶ濡れじゃないか。こんなところで何をしている」
初老の男の人だ。
「……川遊びです。日暮れ前には家に帰ります」
ククは咄嗟の嘘が見つからず、取りあえずそれっぽいことを口にした。
「ちょっとクク、流石にそれは無理があるんじゃ……」
「ならイヒカが良い嘘考えてよ」
二人は小声で言い合う。
「下手な嘘だな」
イヒカは「ほらやっぱり」と苦い顔をする。だが、それ以上の嘘を求められても頭のなかは真っ白だ。
「お二人さん、ここら周辺に人が住めるような場所は一つしかない。ワシが住んでいる家だ。それ以外の場所となると、半日は歩くことになる。日暮れ頃に家に帰るとなると、真夜中になるぞ」
ククとイヒカは、ばつの悪い顔をした。
「それにもうすぐ日暮れだ。そのずぶ濡れの恰好で、夜を過ごすつもりか。風邪を引きたいって言うなら構わないが、そうでもないんだろう?」
たたみかけられて、押し黙る。
「大方、その風体じゃあ川に流されて来たとしか思えん。ワシの家に来なさい、そうしたら温かい食べ物や寝床を用意してやる」
「……どうする?」
イヒカは困惑してククに助けを求める。確かに、このままでは風邪を引きそうなのは事実だ。だが、見知らぬ人についていって良いものか。
「どうしてここまでしてくれるんですか?」
「なあに、困っている子どもを見過ごすわけにはいかないだけだ。ここら周辺はワシの管轄なんでね」
ククの問いに、男はわずかに笑ってこたえた。
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