第7話 初めての旅へ➂
「ああ~疲れた……」
光明の国・シュラウスラー王国領〈ツゲ村〉。同じく王国領である〈トベラの里〉から西にある小さな集落は、イヒカが想像しているより遙かに遠い距離に位置していた。
日常的に長距離を歩いている人ならともかく、里から滅多に離れたことのなかったイヒカにとって、丸一日歩き詰めは苦労した。足がパンパンにむくみ、限界をしらせている。
「ちょっと足貸して」
ククは寝そべっているイヒカの足を取り、疲労回復のため足の凝りをほぐした。
「きもちぃ~」
間延びした声に任せて、イヒカはククに身体を預ける。
前回ツゲ村へ魔物討伐へと赴いたと際には、長老が馬車を用意していて、皆それに乗って移動した。だからそこまで時間も掛からなかったし、疲れもなかった。
だが、実際に歩いてみて理解した、遠い。
イヒカは途中何度もククに休憩を打診したのだが、そうすると日暮れまでにツゲ村へと到着出来ないだろうと言われ、結局一回の休憩を挟んだだけで、それ以外休まず歩くことを強いられた。
ちゃんとした山道とはいえ、イヒカにとってはきつい。
「ククは元気だね」
「……慣れてるから」
イヒカは真剣な表情で足を揉んでくれるククを横目で見やる。確かに旅の場数を踏んでいるのだろうなと思う。
ククの手際は良いもので、宿屋の手配から道行く人々からの情報収集等など、自分が疲れて泣き言を言っている間にすべて一人でこなしていた。加えてイヒカは退魔師の端くれとして村に来たことがある。顔を知っている人にでも対面してしまったら大変なことになると判断し、必死に顔を隠して行動していた。
「年近いのに凄いなあ。頼れる里のお姉さんみたい」
「一五だよ」
「わーお、わたしと一年違い。ハルハより年下だけど、本当にお姉さんだ」
感心していると、苦笑が漏れる。
「たいして年変わらないでしょ、一年なんて」
一年の違いは大きいとイヒカは感じる。それに、物心ついた頃から里で生活していた自分とは違い、彼女は外の世界を知っている。どこか大人びて見えるのは、経験の差によるも視野に広さだ。
「ずっと、その長い棒を使って魔物を退治してきたの?」
「長い棒って言わないで。これは柄長杖だから」
ククの視線を追って、イヒカはその長い棒——もとい柄長杖を眺める。手の脂が染みこんでいて、焦げ茶色に塗り替えられている杖は、もとは伐採されたばかりの幹のような若い色をおびていたのだろう。
「ククの腕なら槍とか剣のほうが実践向きだったんじゃない?」
イヒカは率直な感想を述べる。
「剣とか槍みたいな刃がある武器は、誰かを傷つけるためにあるものでしょ。私は刃のある武器を嫌っているわけではないけど、人を傷つけず魔物を祓い、誰かを守るための武器として杖が最適だと思った。丁度、杖道を教えてくれる人もいたし」
刃がついていないぶん、自由に杖を握れる。身体の動かし方や持ち方によって、変幻自在に操ることが可能となる。
「じゃあその人が杖で魔物を退治する方法も教えたんだね」
イヒカが言うと、ククは揉んでいた手を止めてぼうっと立てかけられた柄長杖を見つめた。
「それは違う」
ククのささやきにイヒカは身を起こした。
「だ、だいじょうぶ……?」
途端にたまらなく不安の波が押し寄せ、イヒカは問いかける。意思のある強気な瞳とは違い、どこか迷いのある瞳に、孤独を垣間見た気がした。
「え⁉ あ、そうだ。イヒカは霊力があるから寄宿舎で退魔の修行をしてるの?」
どことなく異様な雰囲気を打ち消すために、ククは違う話題を振る。イヒカも気まずい雰囲気から逃れるようにして話題に乗った。
「そうだよ。わたしの家族は王都に住んでて、代々退魔師を排出している家系なの」
「王都ってここから一番近いシュラウスラー王国の王都だよね? だったらトベラの里の寄宿舎よりも、王都の学舎のほうが退魔以外の勉学もさせてもらえるんじゃ……」
ククの意見はもっともだ。
都会から離れた場所の、シュラウスラー王国領でも辺地にあるトベラの里の寄宿舎は、身寄りのない子どものなかでも、さらに霊力を持つ子どもだけが学ぶことの出来る場所なのだ。退魔師になる人材として修行に励むため、将来歩む道はごく狭くなるとも言えるだろう。
そんな場所に王都出身の子どもが、わざわざ学びに来ることは珍しい。
「わたしの家、王都のなかでも貧しいほうなの。きょうだいもいるし、全員が王都の学舎で勉強するのは難しくて。だから、霊力さえあれば退魔師として学べるトベラの里へ来たの。大人になって一人前になれば、王都に戻って働くことも出来るから」
王都の学舎には学費が必要だった。全員分まかなうのは、貧しい家柄だと厳しい。せっかく霊力があるのに、才能を無駄にするよりは、才能があれば受け入れてくれる学舎を選びたい。
「でもわたし、全然嫌じゃなかったんだよ」
尋ねたことを後悔しそうになったククは、付け加えられた言葉にうつむいていた顔を上げた。
「王都以外の場所に行ってみたいと思っていたし、ハルハや他の子たちと違って親もいる。選択肢を与えられず、無理矢理退魔師になるしかなかった子と比べて、わたしは自分の意思でここに来た。——それだけで、なにも不満はないよ」
イヒカは一切の迷いなくすがすがしく笑う。イヒカにとっては、王都にいる家族以外にも頼れる人たちがいる寄宿舎は、第二の家族なのだ。
ククは「そう」と短く返事をすると、巾着から疲労回復に効果のある軟膏を取り出して、イヒカの足に塗る。塗り終わると、ペシッ叩いた。
「いだッ⁉ なにするの⁉」
「明日も歩くんだから、早く寝てその足どうにかしてね」
「うへー」
ククとイヒカは言い合いながら布団へ潜り込む。
ククは同年代の子と一緒に旅をするのに慣れず、イヒカは旅をすること自体に慣れていなかったため、二人ともすぐに深い眠りに入った。
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