第12話 東へと続く道
翌二月十一日、誰もいない宿の戸をしっかり閉じた。
「世話になった」
軽く頭を下げて出発した。
第三の宿があると思うと、期待に胸が踊った。だが、はやる心を静めて、慎重に馬を走らせる。悪路であったからだ。
「これはひどいな。もう少し速度を緩めてくれ」
とうとうイワトが音を上げた。
「こんな凹凸道では、従士様についていけん」
「あっ、すまん。我らだけではなかった」
「イワトが達者に馬を乗りこなすから、従士と走っている気だった」
マキトたちは速度を落とし、馬上で小休止を取った。
「こんな道を行ったのか」
「荷馬車、荷牛車も伴ってだぞ」
「……道路工事もしながら……」
「うん、そうだ。作業もしながら……。しかし昨日までの道は良かったが、今日の子の悪路は……なんで放ってあるんだろう」
マキト、ミギトが話していると、やっと息をついたイワトが割り込んできた。
「昨日の宿まで神都から二日で来れるようになったんだ。後続の作業隊が楽々と到着して、街道を整える」
「しかし先発隊の仕事は、まず道だろう。イワトの言うように楽々と作業隊も荷車も来れるようになるのだ」
「うーん、大君様にはお考えがおありなのだろう……。それに、指揮されている臣の方はどなただろう」
「どなただろうな。さあ、小休止は終わり。とにかく進もう」
マキトたちに先導されながら、イワトは臣の方が、それも複数の方が、指揮なさっているに違いないと考えた。
神宮で大君様に仕えるのは、補臣の他にも、大臣が一の臣から九の臣までいる。すべて正位を持ち、補臣、九の臣といっても、特に身分差はない。
神宮に仕える百臣も正位を持ち――すべて臣は正位の方で――実験的な工房や農場に携わっていたり、開拓や開墾に力を注ぎ、または町や村、里から援助を乞われた時や災害の時など、臨機応変に対応する。
――きっと百臣の方が先発しておられる。先を急いでおられるようだ。
イワトは必死でマキトたちに遅れないようについて行った。
まだ明るい内に幌車が見えた。三つ、四つ、ではない。
――追いついた。
三人は一瞬そう思ったが、幌車に動きはなく、彼らの馬のひづめの音だけが静寂を突き破っていく中、人気もなかった。
牛、馬を外された幌車だけだった。
「もうし」
大声を上げても答えはない。
木々の間に突っ込んでいった、または岩の間に挟まれた幌車は、二十台はありそうだ。
あちこち少しの隙間を見つけて道を下ろされているのだ、とやっと三人は気が付いた。
「今日の宿だな」
水場の印がある。食料がある。幌がある。
「良い宿だな」
一行は有難く、幌の中で眠った。
朝から三人は、使った幌車の後片付けをし、火の始末を確認し、馬を引いて道に立った。
道の両脇に点在する幌車を見回し、先発隊の配慮に感謝し、一礼して馬に乗った。
「さあ出発だ」
一行は東へ東へと、道を進んだ。昨日の道より多少良いように思えた。慣れたせいもあるかもしれない。
山間の道を大きく南に曲がり、折れて東へ向かう。
見通しの良い所まで来ると、マキトたちは突然悟った。
里が近い、と。
南には、姿の良い望山が見える。北には連なる八重連山。
「もうすぐ谷丘の里だ……」
「帰ってきた……」
見知った山々に、マキトたちはしばし立ち止まった。神都を出発してわずか三泊、まだ四日目である。
「しかし、この先は早川だ」
我に返ったマキトは、早川は急流で渡れないことを説明した。
「来る時も、谷丘の里から馬で一日半北上して、やっと浅瀬を渡ったのだ」
だが……、とイワトの顔を見つめて、一語一語区切るように言った。
「道は、続いている。通行止めの、印は、ない」
イワトは固い表情で頷いた。
「良し、進もう。イワト、大丈夫だ。川沿いに北上する道もある」
あるが、なんとか馬を引いて進める程度の道だ。
ミギトはこの先、川に至る前に北上する道が、何とか通されているのではないかと思った。先発隊の通った道なら、悪路であろうと何であろうと進もう……。
イワトは白が急流を渡ることを知っている。かなり上流から三本筏で流されながら、竿を使い向こう岸に渡るのだ。
誰でもできることではないが、しかし……。
三人は三様の複雑な胸の内を抱え、東へ進んだ。北へ分かれる道はなく、どこまでも東へと続く道。
「もうこの先は早川だ」
急流にぶつかるだけだと思った時、遠くでコーン、コーンと木を叩く音、あーい、おーい、と拍子をとる掛け声が聞こえて来た。
大勢の人の気配だ。
「先発隊だ」
「追い着いた」
まず天幕が見えてきた。
立ち働く白たち。そしてそして、その先に見えるのは――吊り橋ではないか。
渡っている者がいる。向こう岸にも人影が見える。
「早川に橋が……」
三人は絶句した。
思い起こせば神都から東へ進む道、中空の宿、幌車の宿と、すべて驚きの連続だった。
三人に気づいた選士が大きく手を上げて迎えてくれた。谷丘の里の従士たちだとわかると、顔をくしゃとして吊り橋を指さした。
「渡れるぞ、先ほど架かったばかりだ。指揮所はもう向こう側に移った」
ほら、あれだと向こう岸の一回り大きい天幕を教えてくれた。
神都で預かった荷を降ろす。これが結構重かったのだ。けれど、選士は喜んでくれた。
「工具だ、有難い」
イワトは立ち止まり、背筋を伸ばした。
「道中無事で、ここでお別れだ」
足を揃えて軽く目礼した。
「早川の先では自分は何の役にも立てないだろう。神宮の門士として、これまでだ。あとは、ここの指揮下に入る」
マキトたちはイワトを見つめた。
イワトが同行してくれて、どれだけ心強かったか。もう十日も二十日も、一緒に旅したかのように思えた。
ミギトが言う。
「イワトは従士ではなかったな、すぐ忘れる」
マキトが続けた。
「イワトは神宮の門士様だったな。短い間であったが、濃い時を過ごした」
別れを惜しみ、感謝し、再会を約し、姿勢を正すと一礼して別れた。
吊り橋の袂で言われるままに馬を引いて、あーい、おーい、の掛け声に見送られて、一人ずつ渡った。
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