アースダンジョン 〜世界中にダンジョンが生まれた中、自分だけのダンジョンを見つけたので幼馴染達と最強を目指す〜

@sakurano1218

第1話 ダンジョンとの出会い

中学1年生の春。


「せんせートイレ行ってきまーす」


猛烈な尿意に刺激され思考能力が鈍る。

数学の授業中に佐倉和希は大きな声をあげ、トイレへと歩を進める。

鈍る思考とは真逆に、その歩みは加速し走りへとなる。


長年少年達に愛用され黄ばんでいる小便器だが、今のカズキの瞳には純白に映る。

膀胱の膨張が解消されカズキの口から安堵のため息が漏れ出す。

そんな教室への帰路で不可思議な生き物と出会う。


緑色の皮膚、長く汚い爪と歯、そして大きな黄色い瞳がぎょろりとカズキを捕らえる。

ボロボロの布切れを纏っただけの化け物と目が合い硬直する。


見たことがない生き物では無い。

しかし存在するはずのない生き物が、汚い雄叫びをあげ襲い来る。


襲われる。


ことの重大さに気づき背を向け走り出す。

本能に従い逃げ出したが、意味がわからなかった。

アレはこの世に存在するはずないファンタジー世界の住人。


ゴブリン


そいつがカズキの背を目掛けて追いかけてきている。


怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い


中学生生活が始まって2週間でこんな言葉を大声で叫ぶとは思ってもいなかった。

きっと聞かれたら大勢に馬鹿にされ、俺の青春は悲惨なものになる。


でも叫ばずにはいられなかった。


聞いてください。


「誰かあああああ、たすけてえええええええ!!!」


それはそれは大きな声で

声変わり前だった事も相まって、女子の様な悲鳴混じりの他力本願が学校中に響いたのだった。


●◯●


神奈川県川崎市にある光陽中学校がダンジョンになった。

そのニュースは世界中を震撼させた。


あの日、光陽中学校は世界初のダンジョンとなり、世界初のダンジョン踏破が成された。

ダンジョンや踏破、そんなファンタジー用語が何故使われるのか。

それは当時あの場にいた全員の証言から確定されたものだ。


『光陽中学校ダンジョンが踏破されました。踏破者にボーナスを贈呈します。』


光陽中学校にいた全員の頭の中に、機械的で男性でもなく女性でもない中性的な声が響いたそうだ。

その災禍の中心にいた人物こそが世界で初めてダンジョンを踏破し、後にS級冒険者となり人々の希望となる【救世主】と呼ばれる勇者だった。


◯●◯


俺ってこんなに早く走れるんだ。


それは全力だ。

正真正銘の全力疾走。


人間が本気を出せることを、この世に生を受け12年で気づくことが出来たのは不幸中の幸か。

明らかに自分を狙う凶悪なゴブリンから全速力で逃げる。


廊下を駆け抜けていると、途中で教室の扉が開かれ怒号が聞こえるが構うものか。

こちとら人生が掛かっているのだ。


いや、まてよ?

怒鳴った教師に獲物を変えたんじゃ無いかー…ああああああ!!!

真っ直ぐこっちに向かって来てるー!!!


小さな希望も虚しく走り続けた。

長い廊下も終わりを迎えたので曲がると絶望が待ち受けていた。


「嘘だと言ってれよ」


後にいたはずのゴブリンが前にいたのだ。

恐る恐る振り向くも、前方にいるキモい顔と同じ顔が後方で嫌な笑みを浮かべている。


まさかの別個体との遭遇により、挟み撃ちという逃げ場のない状況に陥った。


絶体絶命


嬉しそうにカズキへ緑の異形達が擦り寄り、飛びかかる。

人間というものは本当に怖い目に遭うと、目を背けることなく恐怖を直視してしまう。

迫り来る醜悪な顔、振りかざされる爪がゆっくり見える。


ああ終わった。


そう思った矢先、カズキに飛び掛かっていたゴブリンの体が軌道を変え横の壁に激突した。


「カズキ!大丈夫!?」


手にした木刀で華麗にゴブリンを横薙ぎにした少女は、小さく縮こまるカズキを守る様に前に立つ。


「スミ姉!」


カズキが名前を呼んだのは、幼馴染の姉である石井純香であった。


「こいつら何なんだよ」


「わっかんなーっい!」


カズキの質問に答えながら醜悪なゴブリンを木刀で叩く。

木刀はゴブリンの首に吸い込まれる様に直撃した。

生物である以上首は共通しての弱点である。

そんな首が生々しい音と共にひしゃげゴブリンが動かなくなる。


先ほど壁に激突したゴブリンも、目の前に倒れたいるゴブリンも光の粒となり霧散する。

こんな状況下でなければ見惚れるほど美しい光の粒子に気を取られていると、スミカがカズキの手を引き歩を進める。


「危ないから一緒に来て」


こんな状況下だがカズキはスミカと手を繋ぐことが出来て赤面する。

嬉しい思いを押し殺し、この状況の確認する。


「あの生き物は何!?」


聞きたいことがたくさんある中で一番先に出てきた質問がこれだ。

見たことのない空想上のファンタジー生物っぽいあいつの事を、誰も答えを持っていないだろう問いを投げかける。


「あいつらはゴブリンだよ」


断言するスミカは続けて言った。


「急に教室に奴らが入ってきて先生が襲われたの。最初はドッキリかと思ったけど血は出るし先生が動かなくなったから奴らの手を折ったんだけど、構わず襲ってきたからつい反撃したら、やっちゃった」


つい反撃で生き物を殺めてしまったらしい。


「そしたらさっきみたいに光になって消えて、頭に謎の声が聞こえたの」


「『ゴブリンを討伐しました』って」


スミカが告げた内容は、アニメやゲーム好きが聞けば歓喜する内容だが、いざ直面すると恐怖が圧倒的に勝ってしまう。


「なんでゴブリンなんてものが出てくるんだよ」


「わかんない、でも早く校長室前に行こう」


道中で2体のゴブリンと遭遇するも、スミカが難なく討伐した。

少し息を切らして階段を下っていると、突然高音が鳴り響く。


突然の大音量に体が思わず反応する。


正体不明の音を警戒し、歩みを止めた直後に放送が入る。

どうやら校内放送開始前のハウリングだったようだ。


「緊急事態です!校内に謎の生き物が侵入しました。教師、生徒共に教室に待機して下さい。現在警察に救助を要請しています。くれぐれも廊下に出ないでください!」


そんなアナウンスが繰り返される。


「よかった警察が来るんだ、スミ姉教室に行こう」


「いや校長室いったく!」


怯えるカズキが大人達のいる教室に行くことを提案するも、スミカは拒否しカズキの手を引いて校長室に向かった。


幸いゴブリンと遭遇することはなく無事に校長室にたどり着いた。

校長室の中には誰もいなく、初めて入る校長室は不気味な静けさをしていた。


「何でここにきたの?」


校長室にて安全が確保され安堵したカズキは、極度の緊張からくる疲労に息を切らせながら問いかける。

すると回答がくるよりも早く、破裂音が数回窓の外から聞こえた。


急な爆音に肩を震わせながら窓の外を見る。


「それ以上近づくな!!! 止まれ止まれ」


怒号の発生源は拳銃を構えた警察官だ。

それでも歩みを止めない化け物に、警官は数発発砲した。


「う、うそでしょ…」


謎の障壁に弾かれ弾丸は止まり、その場に落ちた。


鉄砲が効かないなんて


化け物は怯むこともなく警官に近づいていき、その手に持ったカズキの身長くらいありそうな棍棒を振り上げる。


「待て!やめっ」


警官の制止は虚しく、殴り飛ばされた。

文字通り飛ばされたのだ。

大の大人が2〜3m先へと無惨に転がっていった。

もう1人の警官が恐怖に声を荒げて何発も化け物に発砲するが止まらない。


警官に向かい進む化け物にカズキは心の底から恐怖した。

ゴブリンより何周りも大きく、筋骨隆々で圧倒的な暴力の化身。


憧れていたアニメの勇者ならここで助けに入るだろう。

しかしカズキは子供で何の力も持たない。

ましてや拳銃が全く効いていない相手にどう挑むというのか。


誰か助けて!!!


背後からガラスが盛大に砕ける音がした。

振り返るとスミカが手にした木刀で、校長の趣味が大切に保管されているショーケースを破壊していた。

砕け散ったガラスの破片を気に留めず、ショーケース内に手を突っ込み模擬刀を手にするスミカ。


「意外とおもっ、初めて持ったけど意外としっくりくる! カズキ、隠れてまっててね」


スミカはそう言い残し片手に模擬刀を持ち、窓枠に足をかけ校庭に飛び出して行った。

少し汗の混じったシャンプーの香りが尾を引いてカズキを置き去りにした。


小さい頃に誰しもが憧れる英雄や勇者。

その存在とスミカが重なり心が踊る。


全て弾丸を使い切り絶望に顔を歪める警官の正面には、醜悪な笑みを浮かべる化け物が高らかに棍棒を振り上げていた。


大きな破裂音がしたことにより、校門前には人だかりが出来ていた。

もちろん教室からも沢山の人影が校庭を覗いている。

沢山のオーディエンスが警官の最後を覚悟した。


カコン


少し魔の抜けた音と共に化け物の頭が揺れる。スミカが投げた模擬刀の鞘が当たったのだ。

せっかくの殺戮ショーを邪魔され、怒りに顔を歪める鬼が振り返る。

鬼の半分くらいであろう小さな体で大きく踏み込み、鬼の前に飛び刀を振るう少女がそこにいた。


それは勇者なのか。

人によっては愚か者と嘲笑うかもしれない。


その一撃は急いで片手を顔前に出し、ガードする鬼の左手を容赦なくへし折った。


鬼が痛みに悶絶する間、小柄な少女が何回も模擬刀で斬りつける。

銃弾すら弾くその鋼鉄な皮膚に、青あざや切り傷が無数に刻まれていった。


●◯●


剣の申し子


それが今、鬼に対峙している勇者。

石井純香の二つ名である。


石井家は代々引き継がれてきた剣道教室がある。

噂では明治時代からあるという名家だとか。

沢山の教え子がいる古い道場が石井家敷地内にあり、毎日気合の入った声が響き渡っている。

そんな家に生まれたスミカは物心つく前から剣と触れ合い、剣と共に成長してきた。


小学校を卒業する頃には大人顔負けの実力を身につけ、中学1年生にして中学3年生達に圧倒的な力の差を見せつけて全国中学女子最強となった。

中学3年生になった時にはプロとして活躍し、剣道女子日本一となった。


正真正銘の化け物である。


◯●◯


鬼がスミカを棍棒で叩き潰そうとするが、当たるか当たらないか寸でのところで避け反撃をする。


何度もこのやり取りが続けられ、明らかに鬼の動きが鈍っていく。

オーディエンス達がスミカの有利な状況を見て湧き上がる。

中には声を上げて応援するものまで現れた。

後は立ち上がれなくなるまで、鬼を弱らせて頭を叩き割る。

そうスミカは思った。


しかし現実は甘くない。

満身創痍で不利な状況の生物が、戦場で起こす行動は未知数なのだ。


鬼は折れて使い物にならない左腕を思いっ切り振るった。


生まれて初めて命をかけた勝負をしたスミカは知らなかった。

勝利を確信する慢心こそ死への第一歩ということを。

使い物にならない大きな左腕は、本来曲がらない方向へ無理矢理捻じ曲がりスミカの足を絡めとる。

丸太の様に太い腕は、小さなスミカのバランスを崩すのに十分であった。


完璧な隙が生まれた。


傷だらけだが、健全な腕に握りしめられた棍棒で追撃が入る。

誰かの悲鳴が響き渡った。

スミカが吹き飛ばされた事を見て恐怖したのか、次は自分の番だという事に恐怖した悲鳴かはわからない。


鬼の口角が上がった。


先程まで自分を痛めつけていた相手に決定打を打ち込んだから。

その決定打はガードに使用された模擬刀をへし折り、腹部へ直撃しスミカを飛ばした。


「かっはぁ……今のは、効いたなあ」


大の大人が受けて意識を飛ばした一撃を受けて立ち上がる少女。

その足は震え、見たことのない量の赤を口から吐き出していた。

鬼がゆっくりと近づいていく。


「逃げてー!!!」


誰かの絶叫が響く。

鬼はスミカの前まで近づき棍棒と口角を大きく振り上げた。


誰もがスミカの死を覚悟した。


不意な衝撃を受け、ほんの少し本当に少しだけ鬼の体が揺れる。

鬼は学習していた。

戦場での油断をしてはいけないと。

つい先程取るに足らない衝撃を受けた後に左腕を粉砕されたから。


最大限の警戒をした鬼が足元を見る。


「うわああああああ!」


穴という穴から汁を垂らした貧弱な少年が自分の足にしがみ付いていた。


怖い怖い怖い怖い怖い


全く動かない。

まるでコンクリートの柱に抱きついたようだ。

鬼の足に泣き叫びながらしがみ付く少年は思った。

しかし、自分の目の前で少女が死ぬのは嫌だった。

今も振り上げられたままの棍棒を止めるべく、カズキは全身全霊で柱にしがみ付き泣き叫び続けた。


必死に己の足にしがみ付く少年を見た鬼は、自分に危害を加える相手ではないと判断した。


直後


視線の外側から凄まじい殺気を感じる。

焦りと、恐怖で鬼は咆哮と共に振りかぶった棍棒を全力で殺気の発生源に叩きつけた。


●◯●


今までに無いくらいスミカは頭が冴えていた。


今まで何度も何度も経験した試合は無意味だったのか、そう思うしかない。

試合の枠を初めて飛び出し、生と死を決めるために己の全てを賭ける死合い。

当たりどころが悪ければ負けていた。

いや、死んでいた攻撃を受けたスミカの頭は澄み渡っていた。

おかげで身体中の傷が、いつも以上に脳を通して痛みを感じさせてくる。


生を掴み取るために相手を殺す。


ゴブリン相手への一方的な戦いでは得られなかった死の恐怖。

その恐怖がスミカを新たなステージに引き上げる。

元来、剣道は人を殺す技術から生まれた。

刀で行われる殺し合いでは相手の受け流し、自分の体に当たらない技術が求められたが、時代は流れスポーツとして受け継がれた殺しの技術は、死合いを経験した剣の申し子により本来の形へと舞い戻ったのだ。


◯●◯


自分を潰そうと迫り来る棍棒。

その暴力を刀身が折れた模擬刀で受け流す。

竹刀を受け流すには少ない力で充分だが、今受け流している棍棒には考えられない程の力が込められている。

受け流す事に成功したが、技術を塗りつぶした鬼の暴力により模擬刀の柄を握っていた右腕の骨が折れ、全身から嫌な汗が噴き出す。


スミカの足元に受け流された暴力がめり込み地を割る。


「いっけえええええええ!」


他力本願な叫び声が、よく知る幼馴染の応援が鬼の足元から発せられる。

物静かなスミカも、生まれて初めて喉が焼き切れるかと思うほど野生的な叫び声を上げ、割れた大地を思い切り踏み込み前進する。

落ちていた折れた模擬刀の剣先を健全な左腕で拾い上げ、大きく空振りをかまし前傾姿勢となっている鬼の目に思い切り突き刺す。

いくら頑丈な皮膚をもつ鬼でも眼球は柔らかく模擬刀の剣先は、左目に深く、深く飲み込まれた。


一瞬の静寂


戦闘中の戦士だけでは無く、学校から覗き見る生徒や先生、そして校門前に集るオーディエンス達が、この戦いの決着を見守る全ての人間が言葉を失った。


その静寂を追い払ったのは鬼が地に伏せる音。


『ダンジョンボス:オークを討伐しました』


『光陽中学校ダンジョンを踏破しました』


発生源がわからない中性的な声が、頭の中に直接流れ込む。

聞こえているわけではないが、はっきり一言一句理解させられる不思議な声。

ゴブリンを討伐し消滅した時とは比にならない量の光の粒子へと、オークの体が変換され霧散する。

それは勝者を祝福する喝采のように、スミカを取り巻き消えていった。


『ワールドミッションを達成しました。世界初のダンジョンボスモンスター討伐を達成したので祝福ギフトを贈呈します』


ぼやけていた視界が徐々に狭くなっていく。

スミカは自分の限界が来たことを察したが遅かった、謎の声に耳を傾けながら重力に抗えず地へ伏せた。


ワールドミッションの祝福


それは特殊な条件を達成すると送られる特別な祝福。

その声は先ほどのダンジョン踏破アナウンスと違い、祝福を受けた本人にしか聞こえない。


この日スミカはワールドミッションを2回達成していた。

その祝福により近い将来彼女は最強へと上り詰める。

また、この日にワールドミッションを達成して人間がもう1人いた。

光の粒子となり消えたオークがいた場所にて、潰れたカエルのように気絶している少年だ。


「うふひゅっ」


力尽きたオークが地に伏せた時、その巨体と大地の間に取り残され気絶した哀れな少年。

世界が同情するかの如く祝福をもたらしたが、当の本人は意識を手放しており、この事を知らずに生きていく事になる。


『ワールドミッションを達成しました。世界初のアシストを達成したので祝福ギフトを贈呈します』


そうして贈られた祝福と強運で、彼もまたダンジョンと人類の戦いに巻き込まれるのであった。

衝撃的な体験をした中学1年生の男子が、不治の病に罹るのは必然だった。

英雄願望を抱く厨二病の少年が、ダンジョンを通して英雄を目指す。


そう、これは哀れで弱い男が英雄を目指す物語なのだ。

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