のちに神として語り継がれる少年たち

@annkokura

第1話 少年たちの出会い

 この世に神話として語り継がれる神はどうやって生まれるのか? 一つ、人の心を救うための空想上の存在。もう一つ、未来永劫、語り継がれるほどの偉業を成し得た、いわゆる、英雄、勇者、聖女、と呼ばれる者。それと対照的に世界に災いをもたらした化物や悪人。そういう人たちが、長い年月を経て語り継がれ神とされるのではないだろうか。

 これは、ある神の物語に刺激され、誰もが抱いたことがないであろう神になりたいと志す最弱の少年と復讐からこの世界に災いをもたらそうとする後に神史上最悪の邪神と呼ばれるまでに至った少年の物語。


「ねえ、母さん」

「なあに?」

「神様ってどうやって生まれるの?」

 読み聞かせをする母親の膝の上で、とある神様の物語を聞いていた少年は尋ねた。そんな誰もが考えたこともない難しい質問に母親は苦笑しながら、それっぽく答える。

「そうねぇ……、お父さんとお母さんの間にディオが生まれたように、神様と神様の間に生まれるんじゃないかしらぁ」

 そんなことを言われて、五歳の少年がピンとくるはずもなく、ディオは頭に疑問符を浮かべる。そんなディオの頭を愛おしそうに母親は撫でる。

「じゃあ僕は、神様になれないの……?」

 不満げに母親に尋ねるディオ。そんな想像もしなかった質問に母親は呆気に取られたあと苦笑する。

「ディオ、神様になりたいの?」

「うん!」

「そっか。どんな神様になりたいの?」

 質問すると、ディオは自分がなりたい神様像を無邪気に即答した。

「僕は、困っている人がいたら助けられる神様!」

 こんなのを聞いたら、多くの人が嘲笑すること違いないだろう。だって、どんな夢よりも馬鹿げているし、そもそもただの人の子が神になれるはずもないのだから。だけどディオの母親は、叶えられるはずのない願いだと知りながらも、希望を持たせるように言う。それは、やはり親心からくるものだろう。

「そう。なら、強くならないとね。今の泣き虫ディオのままじゃなれないから」

「うん!」

 ディオは力強く頷く。そしてもう一度、先程まで母親が読み聞かせをしてくれていた、ある神の物語に目を向ける。その物語を見る赤い瞳はキラキラと憧れの者を見るように輝いていた。


その頃、別の場所でも、神への道に一歩踏み出した者がいた。

「な、なんだ、このガキ……!」

 荒れ果てた地で、一人の少年は己の暴力的なまでの力を見せびらかすように使っていた。

「おじさんたち。自分たちから襲撃しておいて、尻尾巻いて逃げ出すの?」

 目の前のとても七歳の少年とは思えないほどの圧倒的力を前にして襲撃してきたはずの賊たちは、恐怖から冷や汗を垂れ流し、目から涙を流し、尻餅をついて少年を見上げている。少年は、ニヤリと不気味な笑みを浮かべながら後退りをする賊たちにゆっくりと歩いて近づく。

「ひいぃ……、ご、ごめん――」

 謝りながらこの場を走り去ろうとした一人を少年は容赦なく、それも愉しそうに魔法で跡形もなく吹き飛ばした。それを見た賊の仲間たちは、みっともなくお漏らしをしてしまう。愉快そうに笑みを浮かべる少年を見て賊たちは、狂っている、そう思った。 

「や、やめてくれ……! お、おれたちが悪かった……!」

「ゆ、許してくれ、この通りだ……!」

「いやだ」

 ニヒッっと笑みを浮かべると、土下座して謝る賊を自分たちがしたことを死ぬまで後悔させるつもりか、あるいは、悶え苦しむ悲鳴を聞くためか、少年は賊を火を浴びさせた。

「あ、あぢぃ……! う、うあぁぁぁぁぁ……! だれか、ダレ、カ……!」

「ぁぁぁぁぁ…………!」

「ヒヒヒヒヒヒ!」

 少年は堪らないとばかりに、手を額に置き空を見上げながら高らかに笑う。その所業は、賊以上に酷い極悪人。賊たちは酷く後悔した。こんなことするべきじゃなかった、と。

 少年がやっているのは、襲われたこの地域に住む人たちの代わりに復讐をやっているようにも見える。賊を懲らしめているようにも見える。だけど、少年の所業は許される範囲を超えていた。そもそも少年は、この村に住む人間でもなければ、襲われた人たちに復讐してほしいと依頼されたわけでもない。賊を懲らしめているわけでもない。ただ、偶然会った賊たちを自分の力の糧とするためだけに殺しているのだ。

「さあて、賊長さんには、僕オリジナルのとっておきをあげるよ」

 そう言うと、少年は賊長の周りにだけ逃げられないように結界を張る。そして、

「雪火(せっか)」

 本来、交わることができないはずの相性の悪い二つを掛け合わせた魔法を放つ。

 結界内に雪が降り始める。

「ゆ、ゆき……? は、はは……、驚かせやがって……、ただの……、あちっ……!」

 雪が付着した賊長の皮膚が焼け爛れた。

「な、な、なんなん……、っ……!」

 雪の大きさだけ皮膚が爛れる。つまり、全身が爛れて死ぬまでにかなりの時間を要するということになる。その間、火傷のような痛みを延々と味わされるのだ。それはもう、拷問と言ってもいい。

 少年はと言うと、自分の使った魔法で苦しむ賊長の姿を見ながら、「もう少し雪のサイズを小さく改良しないといけないな」と反省していた。そこへ、

「オルニクス」

 一人の男性がやってきた。

「師匠」

「ここを速やかに出るぞ。騎士団が来ている」

「殺せば――」

「駄目だ。今のお前では、王国最強と謳われるあいつにはまだ勝てない。お前は、この世界に災いをもたらすほどの力を秘めている。今ここで失いたくない」

「はいはい。と言うわけだから、じゃあね、おじさん」

 オルニクスは、結界内で苦しむ賊長に笑顔で手を振り、師匠と慕う男性と共にこの地区を去っていく。

 これが、後に神史上最悪の邪神となる少年、オルニクスの始まりだった。

 十年後。後に神と呼ばれるディオと後に邪神と呼ばれるオルニクスは出会うことになる。


 十年後。

「な、な…………」

(何なんだよ、こいつは……)

 ディオが今いる場所は、数多の人間が夢を見て命を落とし、数多のモンスターが跋扈する場所、ダンジョン。どうしてディオがここにいるかというと、強くなるためというのはもちろん、自分が目指す神になるためだ。しかし今、彼は絶望の淵に立たされていた。人々は簡単に絶望した、と口にする。推しキャラのガチャで、課金までしたのに当たらなくて絶望した。お気に入りの服が破れて絶望した。テストの点数が悪しぎて絶望した。あらゆることに、簡単に絶望したと口にする。それらが絶望だと言うのなら、ディオが今、鉢合わせている現状は何と言えばいいのだろうか?

 目の前には、多くのモンスターの死体、そして、人間の亡骸。頭がない体に、四肢が切られた体。体が異常なまでに折れ曲がっている死体。拷問でもするかのように、手足に剣を刺し、心臓を抉られた死体。見ていて目眩、吐き気、恐怖を抱くような凄惨な光景。そして、それらの中心にいるのは、ディオとそこまで歳が離れていないと思われる青年。彼の名は――

「――オレが何者かって? オレはいずれ世界に平和をもたらす男。オルニクスだ」

 ディオが先ほど抱いた問いかけを読んだかのように青年は名乗った。ディオも心を読まれた⁉︎ と動揺する。そしてまた、それに応えるように、

「ああ、読んださ。オレの魔法、『マインド・アスコル』でな」

 自らの魔法を暴露するオルニクス。それは彼の余裕を表していた。

 この状況は決して、ディオをモンスターから、同じ人間からオルニクスが助けたというわけではない。ディオがいつもの場所でモンスター相手に訓練をしようと、ここを訪れた際にはすでにこの有様だった。しかも、絶命している人間は、ディオが暮らす国、アルキュリア王国の騎士団だった。

(逃げなきゃ…………)

 ディオは、ガクガクと震える足でフラフラと立ち上がり、おぼつかない足取りでオルニクスに背を向け、ゆっくり一歩ずつダンジョン出入り口を目指して進み出す。

「おいおいおい、強者を前にして背中を見せるのはまずいぜ?」

 楽しそうに、愉快そうに、オルニクスは白い歯を見せる。

「まあ、いっか。久しぶりに追いかけっこでもやるか。お前に五分あげるよ。その間、できるだけ遠くに行きな」

 そう言って、オルニクスはディオの背中をじっと見つめながら数える。

(はやく、はやくにげなきゃ…………)

 ディオは転倒しては立ち上がりを繰り返しながら出口を目指す。だが、ここは五階層。普段の走りで、ありえないが、モンスターと一度も遭遇しないと考えても、速くても十分以上かかる。それに加えて、

「い、行き止まり……!」

 恐怖のあまり焦燥している今、頭があまともに働かない。その証拠に、自分が到達している階層のマップを頭に入れているはずのディオは、行き止まりの道を選んでしまった。

「あ、あれ…………?」

 それがディオをさらに慌てさせる。

(早く引き返さないと…………。ど、どっちだった…………)

 まともな判断ができず、ディオは来た道を引き返す。

「も、もう、五分経ってしまう…………。どこか、どこかに人一人隠れられる穴は…………」

 ディオは出口を目指すのを諦め、オルニクスが立ち去るという一縷の望みにかけて穴を探す。そして、少し歩いたところで見つけ、そこに隠れる。震える体を抱きしめ、懸命に目を瞑り、見つからないようにとただひたすらに願う。だが、ディオは忘れていた。オルニクスが人の心を読めることを。

一方、その頃。五分数えたオルニクスは動き出していた。

「さあて、久しぶりの追いかけっこをしますか」

 ニヤリ、と獰猛な笑みを浮かべ、いくつかの魔法を唱える。そして、歩き出す。一歩、一歩、と。まるで、歩きでも追いつけるかのように。オルニクスが歩くたびに、地面が波打つ。その刺激にダンジョンが震える。

「こっちか」

 オルニクスは、ディオの足跡が見えているかのように、ディオが去っていた道を歩く。

「ヴォオオオオオ!」

「邪魔だ」

 途中で、五階層の中で危険度ランク最高のモンスターと鉢合わせするも、魔法で作り出した剣で斬り殺す。そして、そのモンスターの亡骸は灰となって散った。圧倒的なまでの力。オルニクスの力をダンジョンの階層で表すなら、間違いなく、五十階層クラス。そのまま、ディオが通った道を歩くオルニクス。途中で幾度となく、何百というモンスターと鉢合わせするも、コンマ一秒で伏せていく。

「つまんねえ」

 吐き捨てるように言った後、ついにオルニクスはディオが隠れる洞穴の前に辿り着いた。

「そう思うだろ? お前も」

「ヒィッ⁉︎」

 ディオが短い悲鳴をあげたのと同時に、洞穴がオルニクスの魔法により崩壊した。

「大丈夫か?」

 オルニクスは、土砂で埋もれてしまいそうになったディオにわざわざ障壁魔法を張る。わざと生かすように。

「さあて、追いかけっこは終わりだ。闘おうか」

 オルニクスは自分の周りに幾つもの魔法を展開する。

(い、いやだ……! 死にたくない……!)

 ディオは恐怖と絶望のあまり声すら出せなかった。

「死にたくなきゃ戦わないとな。それに、ダンジョンに来ている以上、それなりの覚悟はできてたんだろう? じゃなきゃ、ここには来ないよなぁ?」

 オルニクの言う通り、ダンジョンとは常に死と隣り合わせの場所。そこに来ると言うことは、それなりの覚悟ができているということ。決して、子供の遊びで来ていいところではない。ディオもそう何度も教えられた。

「それにしても、不憫だよ、お前。オレに遭わなきゃ生きて帰られたかもしれないのに。一体何が目的でここにきたんだ?」

(何が目的…………。そうだ……、僕は強くなるためにここに来たんじゃないのか……? 憧れた神になるために……)

 皮肉にも、ディオはオルニクスにダンジョンに日々、潜っている理由を思い出させられた。そして、憧れた神の物語を思い出す。

(違う……。僕が憧れた神様だって、最初は弱かった。だけど、多くの困難に立ち向かった。そして、強くなったんだ……。これは、僕に与えられた最初の試練……)

 ディオは憧れた神の物語を思い出し、姿を思い出し、俯けていた顔を上げ、立ち上がった。体はまだ震えている。何も状況は変わっていない。何も好転していない。だけど、それまで恐怖しか宿していなかったディオの淡い水色の瞳に、立ち向かう覚悟、勇気が宿った。ディオは腰に携えていた剣を抜いた。

 黙ってディオの心を読んでいたオルニクスは、笑った。

「へえ、面白いなお前」

(確か師匠が言っていたな……。いつの時代も巨悪に最後まで抗うのは、絶望というどん底であっても諦めない信念を持つ人間だと。立ち向かう勇気を宿す人間だと)

 オルニクスは今まで自分と渡り合える人間と出会ったことがなかった。そして、そのまま世界を手に入れても面白くないと思っていた。壮絶な戦いを繰り広げられる、自分と互角に戦える存在を倒して世界を手に入れたいと。

(あくまでも可能性の話だが、こいつはいずれオレと互角に戦える人間に成長するかもしれない。その望みにかけて、ここは一旦、にが――)

 オルニクスがディオを逃がそうと考えた時、

「はああああっ!」

 突如、オルニクス目掛けて背後から気迫のこもった声と共に剣が振るわれた。

「っとっと……」

 オルニクスは間一髪でその攻撃を横に飛び回避する。

「大丈夫⁉︎ キミ!」

 ディオを庇うようにしてオルニクスと対峙したのは、長く美しい金髪の女性だった。そして、その女性をディオもオルニクスも知っていた。

「どうして、あなたが……」

「これは驚いた! まさか、あなたが来るなんて! この国、アルキュリア王国の第一王女にして、騎士団団長、セルリア・アルキュリア!」

 セルリア・アルキュリア。後頭部の方で団子結びされ、残った髪はハラリと下ろされた金髪。切れ長の目ににエメラルドの瞳。整った鼻立ち。団子結びされていることによって見える白いうなじは艶っぽさを醸し出す。同姓なら誰もが憧れ、異性なら思わず目を惹かれてしまうほど凹凸のある華奢な体。しかしそれでも、頼もしさがあった。彼女を知らない者はこの国にはいない。理由は、王女にして騎士団団長という称号、類まれな美しい容姿だけではない。セルリアは、ディオと同じく魔法が使えない人間なのだ。にも関わらず、セルリアは実力で団長にまで成り上がった武術、剣術の権化。

 セルリアは刀を構え、目の前のオルニクスを睨み据える。鋭い眼光を向けられ、オルニクスは挑発するように言う。

「王女様ともあろうお方がそんな鋭い眼光をして。せっかくの美人さんが台無しだな」

「そのふざけた口を閉じろ。私の部下たちをよくもやってくれたな」

 口調は荒れていないものの、その声色には確かな怒気と敵対心、殺意が込められていた。それでもなお、オルニクスは余裕の笑みを見せている。さらにセルリアを苛立たせるように言葉を続ける。

「やってくれたも何も、あいつらが弱すぎただけだ。騎士団員と聞いて呆れるぜ。腰を抜かして、さらにはお漏らしまでしやがる。騎士団も――。っく!」

 オルニクスが言い終える前に、我慢の緒が切れたセルリアが、人の身体能力を遥かに逸脱した速度でオルニクスとの間合いに入り剣を振るった。それまで余裕綽々だったオルニクスが初めて目を見開き驚いた。

「心が狭い王女――」

(速いっ……! 剣筋も足の運びも、予想がつかない……! それだけでなく――)

「なっ……⁉︎」

 セルリアの拳が、オルニクスの顔面目掛け振るわれる。

 バリンッ!

 それを間一髪でオルニクスは魔法壁で防ぐ。しかし、たった一撃で、それも素手でその障壁が粉砕された。

(魔法を使っていないのになんて威力だ!)

 オルニクスは戦いながら師匠の言葉を思い出していた。

 オルニクスはこの国に数日前から潜入している。その際に師匠に言われていたことがある。それは、

『セルリアとはまだ戦うな。今のお前では負ける』

 オルニクスは今、それを身を持って実感していた。

「先ほどの威勢はどうしたの?」

「っく!」

 オルニクスは苦虫を潰した表情になる。

(思考を読む前に攻撃がきやがる! どうなってんだよ!)

 オルニクスは距離を取るべく、魔法を放つ……が、

「バケモノが!」

 セルリアは後方に退がるどころか、距離を詰めてきたのだ。

「こうなったら……! 雪火!」

 オルニクスが唱えると、地中の中にあるダンジョンでは絶対にあり得ない、目を凝らしてようやく見えるほどの小さな雪が降り出した。

(ただの雪じゃない……)

 セルリアは、今まで培ってきた経験による嗅覚と直感で、それがただの雪ではないと即座に判断し、雪の降る範囲の外に出る。

「さすがの判断力、決断力だ……。ほんっとうに恐れ入るよ、王女様」

 オルニクスは今の打ち合いで息を乱していた。しかしセルリアは、

(っち……! あれだけの攻撃を繰り返しておいて息一つ上がってないのか……!)

 息が上がっているものの敵を前に隠しているのか、それとも、本当にオルニクスの言うように呼吸が乱れるほど全力を出していないのか。セルリアは顔色ひとつ変えていなかった。

(だがこれで、王女様の思考を読む時間ができた)

 オルニクスは『マインド・アスコル』でセルリアの思考を読む。

(あの雪の正体を解明しないと、攻撃に踏み出せない……)

 考えていることを知ったオルニクスは口角を釣り上げる。そして、すかさずセルリアの周囲に百を超える魔法陣を展開した。それも、雪の降る範囲へ誘導するように。

「オレの勝ちだ、王女様」

 それを合図に魔法が放たれた。

「女性に対して容赦のない攻撃ね」

「なっ⁉︎」

(何だとっ⁉︎)

 オルニクスは目に映る信じられない光景を目の前にして冷や汗をかいた。

 セルリアは、異常なまでの判断力、反射神経、身体能力、剣術で、放たれる魔法を防いでいた。それも、半径一メートル内で。

(あり得ない!)

 オルニクスはその凄まじい光景に笑うしかなかった。

(瞬時に判断しているというのか……? あの、一秒もない魔法発動時間のズレを……! 魔法を使わずに……。逃げるか……? いや、逃げるなんて選択肢オレにはない!)

 オルニクスのプライドが許さなかった。圧倒的なまでの力の差を見せつけられても、敵に背を向けて逃げることを。

「次の攻撃は?」

 またもや、いつの間にか距離を詰められていた。

「あの雪をどう――、馬鹿なっ⁉︎ 突っ込んだというのか⁉︎」

 オルニクスは、セルリアの肌の一部が雪によって火傷まではいかないものの、雪が付着したとみられる痕を見て、驚愕の表情を浮かべる。それと同時に、敵でありながら感激した。

(何という胆力……! 精神力……! 未知のものに構わずに突っ込む度胸……! 並大抵の訓練で得られるものではない……! これが、セルリア・アルキュリアの実力!)

 直後、セルリアの目にも止まらぬ速さの剣戟がオルニクスの体を襲い、最後に意識を失わせるほどの強烈な蹴りがオルニクスの腹部を貫いた。

「かっ…………!」

 勢いと衝撃でオルニクスは後方の壁まで吹き飛ばされ、壁にめり込むように体を埋める。

「くっ……、そ……!」

(ばかな……。このオレが震えている、だと……?)

 オルニクスは自分の手足が震えていることに気づく。それは、強敵を前にしての感激の震えなのか? 恐怖の震えなのか? 攻撃を喰らって、ブルブルと震えているだけなのか? 

(この震える感覚を忘れないようにしないとな……。この震えが、またオレを強くしてくれる)

 オルニクスは震えを止めるように握り拳を作る。

「本当はあなたを今すぐここで殺したいけれど、そんなことをしてもあなたに殺された私の仲間たちは報われない。だから、あなたを捕らえさせてもらうわ」

 セルリアはそう言うと、オルニクスを確保するために近づく。その時、

「わたしの可愛い弟子を取らないでいただけるかな? セルリア王女」

 突如、どこともなく、オルニクスの側に黒いマントを羽織った人物が現れた。顔はフードを目深に被っており確認できない。

「師匠……」

「オルニクス。だから言っただろう? お前に、セルリア王女の相手はまだ早いと」

「すみません……」

 師匠と呼ばれた謎の人物は、負傷しているオルニクスを抱える。そして、その足元に大きな魔法陣が展開される。

「待ちなさい!」

 逃げられると察したセルリアは、神速の速さで駆け出す……はずだった。

「近づくことをオススメしないよ? セルリア王女」

 セルリアが一歩踏み出した途端、いつの間にか設置されていたいくつもの魔法攻撃がセルリアを襲う。

「っち……!」

「王女様が舌打ちとは。少し品性がないのでは? 先ほども、殺す、などと物騒なこともおっしゃていましたし。……にしても、さすがですね」

 謎の人物は、セルリアの対応力を見て感服していた。魔法同士で相殺する様。剣の腹を使って滑らかに受け流す様。四方八方の攻撃なんて慣れていると言うような身のこなしに。

 すると、抱えられていたオルニクスが突然、それまで離れた場所で、オルニクスとセルリアの戦いを見ていたディオに話しかける。

「神に憧れた少年。お前の名前は?」

 ディオは敵からの突然の質問に困惑した。しかし何故か、名乗る必要もないはずなのに、ディオの口は勝手に名前を名乗っていた。

「ディオ。それが僕の名前だ」

「そうか。オレはオルニクス。いずれ、この世界を手中に収める男だ」

 続いてオルニクスは、魔法を対処しているセルリアに一方的に話しかける。

「セルリア王女。今回はオレの負けだ。だが、次回は勝たせてもらう。ただ、最後にオレの前に立ちはだかるのは、セルリア王女、お前じゃない。オレの感だが、最後にオレと世界の命運を賭けて戦うのはそこにいるディオだろうなぁ」

 名指しされたディオは驚愕の表情を浮かべていた。セルリアも眉間に皺を寄せ、怪訝そうな表情を浮かべる。

「そう言うわけだから、ディオ、強くなってくれよ。敵ながら応援している」

 それを最後にオルニクスは謎の人物と共にこの場から姿を消した。それに呼応して、セルリアを襲っていた無数の魔法も消失した。

「はぁ……、はぁ……、はぁ……」

 流石のセルリアも息が上がっていた。そして息を整えると、セルリアはディオに近づく。

「ディオくん、だったかしら? ここから出ましょうか」

「は、はい……」

 王女に話しかけられ、ディオは背筋をピンと伸ばす。そしてセルリア先導の元、地上に向かって歩き始める。ディオは先を歩くセルリアの逞しい背中を見ていた。

(まるで、僕が憧れた神様みたいだったなぁ……)

 危機敵状況に陥っていた自分の前に、颯爽と現れ、最終的に逃してしまったものの、オルニクスを圧倒し、仲間のために戦う姿はさながら、ディオが憧れた神そのものだった。それも、自分と同じように魔法も使えないにも関わらず、鍛え上げた己の体のみで戦う姿。それはディオにとって励ましと勇気を与えた。

 しばらくの間、どちらから話すこともなく、静かに歩いていると、セルリアがディオに話しかけた。

「ディオくん。あなたは神に憧れているの?」

「えっ……、あっ、はい……」

「そう」

(やっぱり、笑われる、かな……。僕みたいな小心者が、語り継がれる神様に憧れているなんて……。分布相応どころか、不躾だ、って……)

 笑われるだろうと、失礼にも程がある、と怒られると覚悟するディオ。しかし、その覚悟とは裏腹に、セルリアから次の質問が投げかけられる。

「どうして神様に憧れているの?」

「えっ…………?」

「ん? どうしたの?」

 間の抜けた返事をするディオにセルリアは首を傾げる。

「いえ……、その……、馬鹿にされるかと思ったので……」

 ディオは、先日受けたアルキュリア学園の面接官の顔を思い出す。腹を抱えて笑う人、鼻で笑う人、笑いながらなれるといいね、と小馬鹿にしてきた人。その人たちの顔を。だから、今回もまた笑われると思った。それでも、ディオがそうして口にするのは、夢を諦めないため、夢を忘れないため、強くなるため、自分に発破をかけるためだ。

「もしかして、面接官に笑われた?」

「どうしてそれを……」

「だって私、アルキュリア学園の生徒だもの。あなたのことは有名になっていたわ。魔法が使えないどころか、アホな夢を語る編入生がいたって。私、一度会いたいと思っていたのよ。同じ、魔法を使えないもの同士として」

(セルリア王女が僕に……? でも、心の中では笑っているんじゃ……)

 今まで夢を口にして笑われたことしかないディオは疑心暗鬼になる。そんなディオの気持ちを見透かしてか優しくセルリアが言う。

「大丈夫よ。私はあなたの夢を笑わない。夢を笑われる人の気持ちは知っているから」

「どういう、ことですか……?」

「私も笑われたのよ。いつか、アルキュリア王国騎士団団長になりたいって言ったら、魔法も使えないのになれるわけないだろ、って。でも、笑われても諦めたくなかった。前騎士団団長のように、人々を守れる存在になりたかったから。だから、強くなることを決めた。鍛えることにした」

 ディオは信じられなかった。セルリアはなるべくして騎士団団長になったと思っていたから。王女という権限を使って。生まれながらの才能があったから。でも、違ったのだ。セルリアの現立場は、自分の力で得たものだった。生まれながらに持った才能でもなく、立場でもなく、己の努力で掴んだ立場。そして、その鍛えられた力をディオは先ほどの戦いで目の当たりにしていた。

(セルリア王女は、努力で今の立場を夢を掴んだんだ……)

「それで、あたなはどうして神に憧れているの?」

 セルリア先ほどと同じ質問をもう一度ディオにした。ディオは今の話を聞き、この人は笑わないと、馬鹿にする人ではないと思った。

「幼い頃、よく母親に読み聞かせてもらっていた神様がとても格好良くて。どんな大きな壁にも、苦難にも、試練にも立ち向かう姿。強大な敵を前にしても立ち向かう姿。僕は臆病者なので、そんな神の姿に憧れたんです。困っている人、助けを求めている人の元へすぐに駆けつけられる存在。そこに、力が及ばない敵がいたとしても諦めない勇姿。そんな神に。だから、神に憧れ、神になりたいと思ったんです」

 それを語るディオの瞳を見て、セルリアは不快ながらも、去り際、オルニクスが口にした言葉に同感してしまった。

(確かに遺憾だけど、オルニクスの言った通りみたいね……)

 ディオの真っ直ぐに夢を見つめる瞳に、セルリアはかつての自分を重ねた。迷い一つない、夢だけを、憧れた神(ヒト)だけを見つめる瞳に。

(弱い心を直せば、ディオくんは強くなる……。私を超える存在になる……)

 セルリアはそう確信した。

「だから、セルリア王女。僕に戦い方を教えていただけませんか?」

「いいわよ」

「本当ですか⁉︎」

「ええ。ただし、厳しく育てるわよ」

「はいっ!」

(必ず強くなって、憧れた神様のようになるんだ!)

 その時、ディオの脳裏に何故か、オルニクスの顔が浮かんだ。

「それと、ディオくん。アルキュリア学園に編入してもらうわ」

「えぇっ⁉︎ い、いいんですか⁉︎」

「ええ。そのほうが、鍛えれる時間も多くなるし。私が編入手続きを行なっておくわ」

「ありがとうございます!」

 そうしてディオは、アルキュリア学園への編入が決まった。

これが、のちに神話として語り継がれる二神(ふたり)、ディオとオルニクスの初めての出会いだった。


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