夜明けの唄

青雨

プロローグ

 女は腕のなかに抱いた男が死んでいくのを感じながら、ただただ自分の無力さを呪って、無念な気持ちでいっぱいでいた。彼は老いて、すっかり軽くなってしまい、目はほとんど見えず、声も弱々しくなっていたが、その意志だけはかつてのように若々しく力強いままだった。

「ルイーゼ……そこにいるのか……ルイーゼ」

 男は見えない目で必死になにかを見ようと、手を伸ばして探っているようだった。女はその手を取って、そっと自分の頬に当てた。

「……ここにいるわ」

 その頬に、すっと涙が一筋流れた。

「ここにいるわよ」

 命の燈火ともしびが、今消えようとしている。

「歌っておくれ、お前の唄を。俺が逝ってしまう前に」

 また一筋、涙が流れた。

 男には、それが見えない。

「ええいいわ」

 女は泣いている素振りも見せずに、そっと涙を拭くと、静かに唄を歌い始めた。

 それは囁くように、か細く、小さく、まるで、男にしか聞こえないように。

 男は目を細め、見えない夕日をまぶしげに見つめ、そして満足げに、

「ああ……お前の唄はいつ聞いてもいいな」

 と言った。女が歌っているのをじっと聞いていた男は、やがて自分の最期を悟って静かに言った。

「ルイーゼ。愛しているよ」

 そしてそっとその瞳を伏せた。

 女の唄が途切れ、彼女は男の身体の上で一人すすり泣いた。

 ああ、私はまた独りになってしまった。

 いつまでこの孤独に耐えればいいのだ。

 いつまでこれは続くのだ。

 終わらない、永遠の旅。

 私の呪い。永遠の呪い。

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