第11話 - 毒で倒れたシスター
王宮兵士たちに白鉄鉱の替え刃を製作してから数日後の昼下がり、リキュアたちは市場に足を運んでいた。リキュアの両手には野菜や果物が入った紙袋が抱えられている。どれもリキュアが並べられているものをその場で鑑定して購入したものだ。
「リキュアさん、少しだけ洋服見てもいいですか?」
「ああ、行ってこい」
許可を得て喜ぶ子供のように、エクシールの表情がぱあっと明るくなると、市場の傍で構えている洋服店に入っていった。
エクシールが洋服を選ぶ時間は長い。リキュアが呼びに行かないと気付かないくらいに夢中になるのだ。
「仕方ない、俺ももう少し市場見て回るか」
店に戻ってもいいが、また市場まで足を運ぶのは少し面倒だ。それなら多少荷物を抱えてでも、エクシールが洋服を選び終わるまで待っていてあげようと考えた。
「奥さん、ウチの小麦買ってかないか?」
「兄ちゃん、俺が作った武器、綺麗だろ?」
「冒険必需品のポーション、お安いですよ!」
それぞれの店舗で呼び込み合戦が行われている。リキュアに向かって投げかけられているものもあれば、すぐ近くを通っている人に向けたものまで聞こえてくる。
錬金メディルは大通りに位置している店であるものの、依頼をするお客が来なければ静かな場所だ。静かな場所がリキュアにとって好みだが、こういう活気のある喧騒も悪くないと感じる。
商人による呼び込みが、国の繁栄を約束していると表現しても間違いでは無い。
王都の人が大半を占めているが、中には冒険者らしき人もいる。
冒険者らしき人とすれ違い、身に纏っている鎧と接触する。
「ああ、失礼」
「こちらこそ」
その拍子で手に持っていた果物の一つが袋から落ちてしまった。
果物は人混みの足を縫うかのようにころころと転がっていく。
「おいおい……」
リキュアは果物が転がっていった後を追いかける。魔術で転がることを防ぐことは出来ても、人混みで使うのは巻き込む恐れがあるため避けたい。
人混みの集団から離れることが出来ると、魔術で転がる果物の足止めをする。
「【止めよ氷壁】」
小さな氷の壁を果物の前に作り出し、その歩みを止める。果物は氷の壁にぶつかり、観念したかのように転がることを止めた。
果物を拾い上げ、表面についた砂埃を落とす。
「問題は……無さそうだな」
落ちた時に多少傷が付いてしまったが、食べる分には問題無い。
袋に戻して市場を再度見て回ろうと思った。
その時だった。
「リキュア兄!」
どこからか自分を呼ぶ声が聞こえてくる。
辺りをキョロキョロしていると、リキュアを呼んだ声の持ち主は市場で開いている露店と露店の隙間から現れて、リキュアの元に駆け寄ってくる。
「どうした、カシス」
リキュアの足に抱きついた男子——カシス=クレームド——は息を切らしている。
七歳から八歳くらいの年頃のカシスは、茶色っぽい染み汚れがついたシャツに、黒っぽい色合いのズボン。少し不清潔っぽく伸びた髪は、湿気を吸って丸くなっており、何年も履き替えていない靴は、靴底が捲れてしまっている。
カシスは王都の中心部から離れた小さな教会に住んでいる孤児だ。孤児の中でも最年長であり、子供たちをまとめているリーダー格である。錬金メディルにたまに顔を出し、リキュアを「リキュア兄」と呼んで慕っている。
カシスは呼吸を少し整えると、次は目に涙を浮かべてリキュアを困らせる。
「う、うぅ……リキュア兄……」
「おい、どうしたんだよ。泣いても俺は分かんないぞ」
「し、シスターが……?」
カシスの声はか細く、リキュアの耳では聞き取れなかった。
「何だって?」
「シスターが倒れちゃったんだ!」
「シスターが? シスターカレドニアがか?」
「う、うん……」
カレドニア——カレドニア=スコティア——とは、カシスたちが住む教会を支えている聖職者だ。カシスたち孤児の親的な存在であり、シスターとしての仕事もこなしながら、孤児の世話もしている。
そんなシスターが倒れたということは、カシスたちにとっては親が倒れたも同然。息を切らしてリキュアに抱きついたのも頷ける。
店から出ていたことに関して、カシスには申し訳無い。恐らく店にリキュアたちがいないことを知って、王都中を駆け回っていたのだろう。
「助けてくれよリキュア兄!」
「…………」
カシスが子供だからといって特別視することは出来ない。ここで「分かった」と素直に言えないのが店主としてもどかしい。
倒れたといっても種類がある。仕事のしすぎで倒れたのか、病気にかかって倒れたのかは定かでは無い。コンテッサの怪我を治したのと同じように、まずは様子を見てからじゃないと話が進まない。
「まずはシスターカレドニアの容態を見せてくれ。話はそれからだ」
「うん、分かった!」
カシスは目頭に溜まっていた涙を袖で拭い、リキュアの手を引いて教会へ戻ろうとする。
「待てカシス。エクシールがまだ来てない」
「あ、ほんとだ。エクシール姉はどこにいるの?」
「呼んでくるから、お前はこれ持ってここで待っていてくれ」
「うん、分かった」
リキュアは果物が入った袋をカシスに預けると、人混みの集団の中に入って、エクシールが入った洋服店へと急ぐ。
丁度洋服店から袋を提げて退店していたエクシールを見つけると、リキュアはカシスから聞いたことをエクシールに伝える。
エクシールはそのことを聞くと目を飛び出すかのように慌てて「急ぎましょうリキュアさん!」と言って教会へ向かった。エクシールには先に教会へ向かってもらい、リキュアはカシスと合流してから教会へ走った。
教会は王都の中でもひっそりとした南西部の場所にある。中心部の市場や大通りからは離れており、付近には住宅しか無い。その住宅も人が住んでいる痕跡はあまり無く、人通りも全然無くて静まり返っている。
外面は立派な教会だ。しかし階段には雑草が生え、壁には泥のような汚れが付いて、小さなヒビまで確認出来る。手入れが行き届いていない証拠だ。
孤児院としての役割も果たしているこの教会は、王都が出来た当初は賑わっていたようだが、中心部に立派な聖堂が建てられると、信者は全てそちらに流れていき廃れていった。ここで働いていた聖職者も、カレドニアを除いて全員中心部の聖堂へと流れた。
ギイィ……。
少し古ぼけた教会の扉をカシスが開けると、輝きを失っていないステンドグラスの礼拝堂が目に飛び込んでくる。神話の一部分を描いたステンドグラスは中心部の聖堂に負けないくらいの存在感を放っている。
広々とした礼拝堂の中にはアンティークなチャーチベンチが数台設置されており、ボロっとしている敷布が覆っている。奥には神を模した石像が鎮座している祭壇がある。祭壇には神父が立つ主祭壇も真ん中に設置され、これも糸が解れた布が敷かれている。
主祭壇の手前のチャーチベンチに数人の子供とエクシールがいるのが見えた。チャーチベンチの間の中央通路を通り、集まっている空間へ。
「あ、カシスとリキュア兄だ!」
カシスとリキュアを見かねた子供が、二人の存在を伝える。
「やった、リキュア兄だ!」
「シスターたすかる!」
まだ治すと決めた訳では無いのに、こう期待されると断り辛くなる。
子供たちの間に入り、チャーチベンチで横になっているカレドニアを観察する。
「エクシール、容態は?」
「少し息が荒いように感じます」
黒と白で誂えてある修道服に、首からは十字のロザリオが提げられている。頭巾のようなウィンプルからは黄色っぽい髪が覗き、チャーチベンチから一部が垂れ下がっている。
エクシールの言った通り呼吸が荒い。まるで全力疾走をした直後の乱れ方のように感じるが、苦しく険しそうな表情から分かるように全力疾走した訳では無い。コンテッサのように外的要因で命が危ない場面かと思ったが、カレドニアが着用している修道服には多少の破れや解れはあるものの、切られたような痕はどこにもない。
「怪我はしてなさそうだな……」
となると病気の線が浮かぶ。
リキュアはカレドニアに「失礼」と一言だけ言って、自分の手をカレドニアの額に当てる。
異常な熱さは感じない。
「熱って訳でも無いのか」
では一体何なのだろうか。
リキュアはもう一度カレドニアの様子を観察する。修道服を脱がすのは男性として躊躇うので、エクシールに手伝って貰った。
すると右足の足首付近に小さな傷があるのを確認した。血は流れていないものの、何かに刺されたような痕だ。
これが原因だと思うが、何があってこの傷が付いたのか見当が付かない。
カレドニアの動向を一番知っているであろう子供たちに聞いてみる。
「最近、シスターカレドニアはどこかに出かけたか?」
「うん、でかけたよ! 少し前に」
「どこにだ?」
「ぼくたちといっしょに、おうとのそとに」
「川があってね、とっても綺麗だった」
「あそこにあるお花、あれ僕たちがとってきたんだ!」
カシスとは違う別の男子が祭壇上に飾ってある花瓶を指す。色鮮やかな花々が祭壇を彩るように咲き誇っていた。
花瓶に入っている花々の群生地はリキュアも把握している。
となれば……。
「よし、原因が分かった」
「一体何だったのですか?」
エクシールが聞いてくる。
「毒、だな」
「「「毒!?」」」
エクシールと子供たちの声が重なる。
「恐らく、シスターカレドニアはあそこの花の群生地で毒を持つ植物にやられたんだろうな。遅効性だからすぐに毒が回らず、今になって回ってきたんだろう」
「だ、大丈夫……ですよね?」
「このまま放っておいても毒は抜けん。解毒ポーション飲ませないとな」
もう既に毒は血を混ざり合っている。血を全て抜けば解決するが、それは殺すことと同義なので出来る訳が無い。
「じゃあリキュア兄! 解毒ポーション作ってよ!」
カシスがリキュアの腕を掴む。
そうしたいのは山々だが、リキュアは錬金メディルの店主だ。無料で作る訳にはいかない。
「カシス、それにみんな。よく聞いてくれ」
「う、うん……」
カシスを含め、子供たちは口を閉じて真剣にリキュアの話に耳を傾ける。
「確かに俺は解毒ポーションを作って、シスターカレドニアを治すことは出来る。だけど、お前たちはその解毒ポーションを無料で貰えると思ってるのか?」
「え、ちがうの……?」
「ああ。物事には必ず代価ってものが存在する。例えばこの果物」
リキュアはカシスから返して貰った袋から果物を一つ取り出す。
「この果物だって無料で手に入れた訳じゃない。代価としてお金を払って買ったんだ。エクシールが持ってる袋の中の洋服もそう。エクシールは洋服を手に入れる代わりに、お金を払って洋服を買ったんだ。俺の言いたいこと、分かるな?」
「解毒ポーションの分のお金」
カシスが答えた。
「そう。それに解毒ポーションを作るための解毒草だって、必ず俺の店にある訳じゃ無い。もしかすると無いかもしれないんだ。そうだったら解毒ポーション、作れないだろ?」
「うん……」
先日、白鉄鉱を採掘しに行った際に解毒草は数本採取してある。カレドニアの毒を治す分の解毒草はあるが、それを使う場合は後から解毒草を採取して貰わなければならない。コンテッサの怪我を治した時と同じ前払い制だ。
「だからお前たちには代価として解毒草と、解毒ポーション分のお金を用意して貰う必要がある。この二つが用意出来るんなら、俺はシスターカレドニアのために解毒ポーションを作ってやる。出来るか?」
「「「…………」」」
子供たちは下を向いて黙ってしまった。出来ないから黙ってしまったのだ。
子供たちの管理は全てカレドニアが行っている。お金もカレドニアの管理下にあり、子供たちが自由に使えるお金は存在しない。そのため、解毒ポーション分のお金は用意出来ない。
さらに子供だけで王都外に勝手に出ることは国から禁じられている。大人同伴であれば問題無い。カレドニアがいたから子供たちは王都外に出ることが出来たが、今はカレドニアが倒れてしまい、大人がいない。そのため、王都外に出て解毒草を採取してくることが出来ないのだ。
子供たちは解毒草がどんなものなのかも知らない。それもある種、黙ってしまっている原因でもあるのだろう。
「リキュアさん……」
俯いてしまっている子供たちに同情したのだろう、エクシールが何とか出来ないかと目で訴えてくる。
「悪い悪い、少しキツかったかもな」
後ろ髪を掻き、少し厳しくしてしまったことを反省する。
「みんな、そこで相談なんだが——」
リキュアは子供たちにある提案を挙げた。
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