……テロ?

 瓦礫の中を走る。家に向かって走る。黒騎士たちは今も王城の方へずんずん進んでいるのだろうが、そんな事は今はどうでもいい。

 朝とは随分変わってしまった景色の中走り続け、やがて家があったと思しき場所に到着する。


 「ッ!」


 分かっていた。やたらと見晴らしがよくなっているのだから、分かってはいたのだ。でも、いざ瓦礫と化した我が家を見るのは心に来る。

 そうだ、家族は……母様や使用人たちはどこに行ったのか、避難できているのだろうかと考え、一歩踏み出したところで、びちゃりと、足に液体の感触がある。頭によぎる嫌な考えを必死に振り払いながら下を向くと、赤い、血ががれきの下から広がっていた。


 そうだ、分かっていたことだ。ここに来る途中、必死に見て見ぬふりをしていただけで死体は無数にあった。俺の家族だけ都合よく安全に逃げ延びているなんてことは願望以外のなにものでもない。わかっている。だが、これは………。


 「うぷっ…………」


 吐き気がして口をおさえる。

 家族がいなくなった事実にストレスが許容値を超えたからか、もしくは必死に思考の外に追いやっていた無数の死体を改めて認識してしまったからだろうか。

 こらえきれない衝動に身を任せ、胃の中のものをひとしきりぶちまけた俺は、ここからどう動くべきか、どうしたいのかを必死に考える。

 家族は全員………いや、父はこの時間家にいるはずがない。そう、この時間父は王城で…………。


 「王城………」


 呟きながら王城の方向を見やると、遠くの方にいまだ建ち続ける王城が見える。この国の騎士だか兵士だかはあの黒い軍団と戦っているのだろうか。…………戦っているのだろうな。何と言っても、これは明確に国の危機だ。正直、今の俺には何が何だかわからない現状だが、それくらいはわかる。

 そして、王城を、国を守るために戦っている人がいるならばそこに父もいるはずだ。


 「行く……………のか?俺は」


 黒い軍勢、テロ。街を蹂躙しながら王城方面へ進行していて、既に王都を4割ほど破壊しつくしている。よくわからないが、これはこの国の軍的な何かでどうにかできるレベルの事態なのか?

 もし、もしも、これがおよそこの国に対処できる事態ではないのなら、父のところに向かうのは間違いなく死地に赴く事と同義だろう。


 ────そこまでの思い入れがあるのか、俺は。

 俺には前世の記憶があり、どうも今生の家族に家族としての情というか、想いがいまいち足りない気がする。さっき吐いたのも家族どうこうというよりも現状と死体を見たことに対するものだろう。


 「はは………」


 何考えてんだ俺は、クズだな。まごうことなき人間のクズだ。だいたい、父は俺がこの世界に来てから一番関わった時間の多い人間だろう。向かおう、父のところに。向こう側はまだ黒の軍勢が侵攻しきれていないようだし、上手く逃げ延びているであろうリリアン様やリン君、プラナ先輩なんかもいるかもしれない。

 これが正しいんだよな?わからない。全く朝から混乱しっぱなしでどうも行動がちぐはぐな気がしないでもない。いや、あっているはずだ。とりあえず知り合いの無事を確認しないと。



 ※



 「はは………すっご……………」


 比較的町並みが残っている道を通り、王城付近に到達した俺は、英雄を見た。


 王城前の大きな広場のような場所、そこで他の黒騎士とは明らかに違うような、上裸の大男がその筋肉を惜しげもなく晒しながら父と激戦を繰り広げていた。黒い軍勢や他の王国の騎士たちはどういうわけか戦わず、それを観戦している。

 その、どこか不自然な光景を少し離れながら眺めているのだが、なんというか……………すごい。


 父が凄まじい速度で剣を振るい、それに大男が対処する。しかし、対処しきれずに攻撃を何度かくらっているのだが、大男に傷はついておらず、平然としている……………なんで平然としているんだ?剣で体を切られたよな?しかも上裸で防具の類もつけていないよな?


 ま、まあ、とにかく剣で切られても平然としている大男にそれでも果敢に攻撃を続ける父がいた。大男も拳を放っているのだが、父に剣で防がれるか避けられるかしており、お互いに有効打を与えられているようには見えない。と、おそらくこんな感じのことが行われているのだが、お互いに速度もパワーも学生レベルとは桁違い過ぎて自信はない。おそらくあっているとは思うが…………。


 というか、なぜ父も大男も一人で戦っているのか。一騎打ちのようなものでもやっているのか?そういえば、父は他の騎士たちよりも豪華な鎧に身を包んでいるし、そうなのかもしれない。いや、にしてもテロリスト?に対して正々堂々一騎打ちってどうなんだ。


 畏怖を感じつつもそんなどうでもいいことを考えながら戦いを眺めていると、やがてその均衡が崩れる。父の剣が大男の体に傷をつけたのだ。

 父の剣により裂かれた傷口から血が滴り落ち、地面を雫が打った時、それまで父と大男の周りを囲むようにしながらも静観を保っていた黒い軍勢が動いた。そしてその動きに反応した騎士たちも次々に動き出し、先ほどとは打って変わって乱戦の様相になってしまった。

 いやいや冷静に語り手のまねごとをやってる場合じゃない。とにかく逃げ………いや、黒い軍勢くらいなら俺でもどうにかできそうだし手伝って──


 反射で飛び退くと、父と戦っていた大男が血を撒き散らしながら吹き飛んできた。俺の顔に大男の血が大量にかかり、真っ赤に染まる。さらに


 「シャイ………?シャイ!?なんでこんなところに居るんだ!!?」


 俺に気が付いた父が慌ててそう叫ぶ。しかしその隙。俺の方に意識を向けたその隙に大男の振るった拳が父の頭に激突し、父の体が吹き飛ぶ。


 「父さんっ!!」


 まずい、今まで敵の攻撃をすべて躱していた父に一撃が…………それもかなりの一撃が入った。俺のせいで。

 大声を出したせいか、顔についた大男の血が口に入るが、そんなことよりも父を



 『変態の発動条件を満たしました形態を「セフィラパス」に変化しますか?』



  ……………………は?え、なに?なんだって?せふぃ………?変化?


 急に頭に響いた声に気を取られていると、父を吹き飛ばした大男が俺を殴りつけ、吹き飛ばされる。


 「がっはっ」


 壁に叩きつけられ、口から大量の空気が押し出される。どこを殴られたのかもわからない。


 「ぐうぅっ…………っ」


 全身………痛い。動けない。激痛で動けないのか、どこか大事なところにダメージを受けて動けないのかはわからないが。

 まずい、意識が……………これ、死ぬか?しぬよな……………。





 『生命維持が困難の状況と判断。種族変化を開始します』

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