逃避したかった

 一年の時が経ち、俺は七歳になった。一年たって体力はついてきたし、素振りもかなり様になってきたが、そろそろ異世界転生らしい──異世界転生らしいというのも変な気はするが───記憶がある利点を生かして何かしらしてみたいものである。とはいっても生憎前世の俺は博学な方ではなかったし、建築学や物理学を専攻したりもしていなかった。ゆえに、この文明レベル中世+アルファな世界にぴったりな発明品の設計方法を知っていたりはしないのであるが。

 まったく、異世界に行けることが分かっていれば情報系の大学になんて入らなかったのに。せめてパソコンを寄越してほしい。いや、パソコンだけあっても何もできないんだが。

 その間、心が折れそうになるたびにスキルの使用を試みているが、何かが開花したりはしない。というか、何も起こらない。様々な状況で試しているのだが、どうやらあの自称神様産のスキル様はよほど無能の烙印を気に入ったらしい。


 さすがにこの世界の人生になれてきたということで、新しく入ってきた情報もある。それは、俺はどうやら10歳になると学校に通いだすのだということだ。これが義務教育的なものなのか、はたまた裕福な家庭が通うものであるものなのかはまだ判断しかねるが、少なくとも我が家では例外なく通うことになるらしい。


 異世界、学園とくれば何やら心躍るものがあるが、しかし未だに特殊能力などは持てていない。特殊な技能もない。このままではせっかくの異世界で平凡に終わってしまう。

 いや、しかしそれでもいいのではないかと思う自分もどこかにいるのが凡人の悲しいところである。


 そんなとき、今日も今日とて行われるであろう修行に憂鬱になりながら屋敷に併設されている訓練場に出てみると、いつもとは変わったことを言われた。




 「今日から、技を覚えてもらう」


 「技、ですか」


 連日の修行によって、この見るからに戦闘能力が高い騎士のような父に若干の苦手意識が芽生えているのだが、『技』なんて言われてしまっては心は踊る。

 やっと訓練の成果が出る。ついに求めていた異世界無双ものにたどり着けるかもしれないとか言う期待感を顔に出さないようにしながら、単純な疑問ですといった風な口調で詳細を促す。


 「技を覚えるって………具体的になにをするのですか?」


 そんな子供の───少なくとも外見は子供の無邪気(?)な問いにわが父はにやりと笑い、答える。そして、系統こそ変わったが地獄の訓練は続く。







 さて、修行開始から二年がたち、技の習得を目標に一年ほど努力し、八歳になった俺は決心していた。そう───────逃げよう。


 考えてみれば俺はもともと現代日本人、平和な学歴社会出身なのだ。こんな朝から晩まで勉強と厳しい修行の毎日など耐えられるはずもない。うん、そう考えれば技とかどうでもよくなってきたかも。

 ああ、そういえば教えると言われた桜花流の技は簡単に言えば一瞬で超速く剣を振るだけのものだった。全然マジカルじゃないし、なんなら力業だね!その一瞬で剣を振る回数が一度なら『一分裂き《いちぶざき》』、二度なら『二分裂き』というように増えていくようだ。一度切ったのなら相手は二分割されてるんじゃないのとか言う突っ込みはしていない。

 桜花流が他に技を持っているのかどうかも知らない。俺は『三分裂き』を習得したところで逃げる決心を固めたからだ。


 よし、もう荷物はまとめ終わった。さあ出よう、すぐ出よう、今出よう。あ、そういえばこの異世界、冒険者的なものはあるのだろうか。魔法があるくらいだし、あってもいい気がする。まあ俺は実際に魔法見たことがないんだけど。

 うん、そう考えればワクワクしてきたかも。思えばせっかくの異世界なのに俺は家の敷地からほとんど出ていなかった。よし、門まで来たぞ。後はこれをくぐれば俺のハッピーな異世界ライフがはじま────



 「どこに行くんだ?シャイ」



 あっ、ごきげんよう、お父様。

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