タノシイ、訓練

 この世界に来て三年がたち。

 六歳にもなるとある程度家の中を一人で動き回っても誰も気にしなくなってくる。つまり行動範囲が広がるわけだが、その広がった行動範囲をフルに利用して色々調べてみた。いや、調べたというほど重要な情報ではないし、言ってしまえば俺の身の回りのことなのだが。


 まず、家が屋敷であることから何となくわかっていたことだが、うちはかなりの金持ちであり、それは代々騎士を輩出していたことと関係しているらしい。騎士ってのがどんな仕事なのか俺はよく知らないが、まあ戦うんだろう。多分。

 家族構成としては父、母、それに兄がおり、家にはその他にメイドが複数人いる。兄は学校に通っていて寮に住んでいるためなかなか帰ってこない。俺も12歳になると通わなければならないようだ。それが法律的なものに基づく決まりなのか、それとも単なるこの家のルールなのかは知らない。




 え?「変態」スキルはどうなったのか?ははは、聞くな。

 うん、あれはもう忘れよう。



 ※



 「シャイ、話がある」


 ある日、父さんにそう言われた。言われはしたが、別に大事そうな話をしそうな雰囲気ではなく、普段の雑談のような雰囲気で話しかけられた。


 「ん?なんでしょう父さん」


 聞き返し、詳しく話を聞くとどうやら俺が六歳になったので剣の訓練をするらしかった。

 さすが異世界、やはり皆成長すると剣の訓練とかしちゃうものなのかとか考えていると、うちは代々騎士を輩出して王国に貢献していた家系らしいことも教えてくれた。前々から我が父は筋骨隆々でいかにも戦闘力が高そうだと思っていたのだが、まさにその通りだったらしい。

 なるほど、流石異世界といったところだな。剣の訓練だの騎士だの、前世では聞いたことこそあれなかなか実物は見たことが無いようなものを平然と口に出している。

 だがしかし、剣の訓練だ。異世界の、剣の訓練だぞ?この響きにワクワクしない男はいないだろう。いやはや、もしやあれだろうか?そのうちギガ〇ラッシュみたいなこともできるようになったり?しちゃったりするのではないだろうか?


 そんなことを考え、内心かなりウキウキしながら家の庭に出るのだった。

 そして、そんな俺の様子を見て「やはり私の息子だな」という父親を見て少々恥ずかしくなるのだった。





 結論から言おう。俺は舐めていた。それはもう舐め腐っていた。だってそだろう。ここは異世界であり、俺は仮にもその異世界に転生してきた者なのだから、異世界式の、こう……マジカルな修行を期待したり、俺の秘められた素質が判明したりしてもいいと思うのだが、残念ながらそんなことは起こらなかった。


 「ゼッ………は………っ………!」


 乱れた呼吸を必死で整えつつ、なるべく動作が乱れないように剣を振り続ける。


 我が家に代々伝わる剣術。桜花流剣術とかいう剣術はどうやらスピード重視の剣術らしい。らしい、というのは俺はいまだにそれを実践するどころか実際に見てもいないのだ。


 桜花流剣術。オウカではなく桜花である。ちなみにこの家はスティリード家というらしく、この国はフェニキア王国である。そのうえでもう一度言うが、桜花流剣術だ。急にすごく日本風な名前が出てきて驚いたものであるが、果たしてこれにも理由はあるのだろうか。あるのだろうな。流石にフェニキア王国とかいう日本っぽくない名前の国から急に桜花とかいう名前が出てくるとは考えづらい。


 まあ話を戻そう。俺は今、ひたすら素振りをしている。すでに腕の感覚がなく、いつ訓練用の木刀が手をすっぽ抜けて遥か彼方へ飛んで行ってもおかしくない。


 「そこまで!」


 「は、ひッ………!」


 父さんの掛け声で素振りをやめ、必死に呼吸を整える。


 「うーむ、やはり体力が無いな。終盤では素振りも雑になってきていたし………よし、明日からは体力づくりをメインにやっていく」


 「は、いっ」


 ん?ちょっと待て、明日からは?え?俺に死ねと?とりあえず返事はしてみたが、その瞬間に肯定を返したことを後悔した。なぜ俺は肯定したんだ馬鹿か!いや、でもあの状況で否定はできないよな、うん。というか、もしやこんな過酷な訓練を明日からもしなければならないのだろうか…………?

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