寸撃

@sakamune

第1話


 暴力と金こそが法となるゴミ溜めの最下層、廃棄物貧民街スクラップスラムと呼ばれる区域に廃工場地帯が在った。

 時として後ろ暗い連中の――この街にはそうでない人間など数える程しか居ないが――取引の場として選ばれる事の在る其処には窓の無い部屋が幾つも存在し、電球も僅かな光しか灯さない。


 その部屋の一つで二人の男が向かい合っていた。紙煙草に火を点け一服、そしてゆっくりと同時に歩き出す。古びたコンクリートの床に渇いた音が等間隔で響き、薄暗い室内でも互いの表情が見える所まで近付いて――――靴音は止まった。


 一人はオートクチュールのスーツを着て厳めしい顔付きをしたマフィア、そしてもう一人は時代錯誤なカウボーイスタイルのガンマンである。

 マフィアとガンマンは一メートルの交戦距離クロスレンジで紫煙をくゆらせ、互いを静かに観察した。


 薬物中毒者ジャンキー身体改造者サイバネが人口の半数を占めるこの街で、無法の闇に身を浸しながら素の人間バニラと言うのは珍しい部類に入る。

 だが二人共に、敵として相手を評価するのみ。ただじっと黙して一挙手一投足に目を配る。


 息が詰まる程に殺気が張り詰めた空間で、気の遠くなるような長さの数十秒が経過する。

 二人はフィルター近くまで吸った煙草を同時に放り投げた。


 捨て殻が地面に落ちる。

 ガンホルスターから拳銃が抜かれた。


 ガンマンの方が速い。だが互いの距離は手を伸ばし合えば交差する程度しかなく、マフィアは銃を抜くよりも先に蹴りを放っていた。

 弾丸が発射されるよりも先に、回転式拳銃リボルバーは蹴り上げられて宙を舞う。


 一挙動分遅れてマフィアの抜き打ちが行われるが、ガンマンはしゃがみ込んで銃撃を避けながらマフィアの軸足に払い蹴りを放った。

 マフィアは片足で器用に跳ね、銃口を下へ向けて自動式拳銃オートマチックの引き金を引く。狙わずとも構えれば当たる距離にも関わらず、ガンマンはするりと照準からその身を外し、続け様に放たれる三発の弾丸を回避した。


 ガンマンは二挺目の拳銃を構え、敵が着地の際に見せる隙を狙って45口径の弾丸を心臓へと発射する。急所以外に当てていては決着が着かないとでも言う様に、殺意の篭められた精緻な一撃は薄暗闇を真直ぐに飛翔した。


 着弾と同時に衝撃がネオアラミド繊維で紡がれた防弾スーツの表面を走り、分散する。大口径と言っても拳銃弾の発射薬では貫通する事は出来ない。しかし最新の防弾繊維でも衝撃は殺し切れず、心臓を守る肋骨が幾本か圧し折れた。


 マフィアは冷え切った思考の中で肺に折れた肋骨が刺さっていないのならば問題は無いと判断し、強靭な精神力で苦痛を捻じ伏せて報復の弾丸をバラ撒く。マカロフの九ミリ弾は三発の内一発が虚空へと消え、一発がSAAシングルアクションアーミーを弾き飛ばし、残りの一発がガンマンの左腕に命中した。

 マフィアは勝利を確信するも残弾数が心許無い事に気付く。

 丁度その時、蹴り上げた銃が二人の間に落下して来た。


 同時、いや僅かにガンマンが遅れて『それ』を取りに駆ける。手が先に届いたのはマフィアだった。

 注意が逸れたのは落下する銃に気付いた一瞬のみ。相対していては死角となる位置、背中に在った三つ目のガンホルスターからガンマンが三挺目のSAAを抜き放っていた事にマフィアは気付かなかった。


 落ちて来た銃とマカロフの二挺をマフィアが構え直す。その時にはもうガンマンのSAAが二挺の間を潜り抜け、マフィアの眼前に差し出されていた。

 額から一寸ワンインチの距離で銃口から弾丸が放たれ、雷鳴の如き銃声が響く。


「――――アンタに『ピースメーカー』は合わないぜ」


 ガンマンは一言も会話を交わさなかったマフィアの死体を見てそう呟き、部屋には静寂のみが残った。

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