知りすぎた男
朽木桜斎(くちき おうさい)
マウントを取るのもほどほどに
高層ビルの屋上で、二人の男性が対峙していた。
「ふふふ、覚悟はいいかね? おまえは知りすぎてしまった」
柵の前まで追い詰められた青年に、黒いコートの男は銃口を突きつけながらそう告げた。
「やめておいたほうがいい。なぜなら、その銃は暴発するように仕掛けが施されているからだ。どうして知っているのかって? そう、僕は知りすぎた男だからだ」
するとコートの男はニヤリと笑った。
「知っているさ。やはりおまえは知りすぎてしまったようだ。ならば、このナイフではどうかな?」
コートの懐から光るものが取り出される。
「ふっ、それは模造品だな? 知っているさ。なぜなら僕は、知りすぎた男だからだ」
「ならば、このことは知っているか?」
「いったいなんだ?」
「俺は異世界の魔王さまからつかわされた悪魔で、異世界転生してチート無双することが確約されているおまえを消すためにやってきたのだ。どうだ、さすがにこれは知らなかっただろう?」
「知っていたさ」
「なにぃ?」
「だからこそ先んじて、異世界の魔王はすでに滅ぼしてある。おまえは浦島太郎というわけだ。なぜなら僕は知りすぎた男。どうだ、まいったか?」
「知っていたさ」
「なんだと?」
「すべては魔王を排除し、俺が後釜に座るための計略。まんまと乗ってくれてありがとう。これで俺が魔王さまだ。さて、魔王の最初の仕事として、おまえには消えてもらおうか?」
「知っていたさ」
「ほう?」
「なぜなら僕は知りすぎた男。こうやって、残党であるおまえを始末するため、わざと窮地に立たされたフリをしていることに気づかなかったのか? この間抜けめ」
「知っていたさ」
「ふん」
「だからこそおまえを返り打ちにするため、このビルにはあらかじめ、爆薬をしかけてある。俺はこのままもとの異世界へ転移し、おまえだけがいなくなるという仕組みさ。どうだ、今度こそ年貢の納めどきだな?」
「知っていたさ」
「ぬう?」
「そのために前もって、爆弾のコードを切って解除済みだ。なぜなら僕は知りすぎた男。さあ、どうする?」
「なかなかやるじゃないか。さすがは知りすぎた男だ。では、このことは知っているかな?」
「知っているさ」
「まだ何も言っていないのだが」
「おまえが次に何を言うか。僕はすでに知っている。なぜなら僕は、知りすぎた男だからだ」
「ふっ、そんなことは知っている」
「それも知っている」
「いわんや、知っている」
「あにはからんや、知っている」
「知っている」
「知っている」
……
このようにして、二人の男たちはいっこうにゆずろうとしなかった。
そこへ、パート清掃員のおばちゃんがトコトコとやってきた。
「あのさ、おにいちゃんたち」
彼女は不思議そうな顔で話しかけてくる。
「なんだ、いま取り込み中だ。関係のない者はすっこんでいろ」
「そのとおりです、おばちゃん。いまわれわれは忙しいところなのです」
するとおばちゃんは、デッキブラシでトンと床を叩いた。
「ここ、立ち入り禁止なんだけど?」
「……」
二人の男たちは、顔を見合わせてつぶやいた。
「し、知らなかった……」
春の温かい風が、みんなをやさしく包みこんだ。
(終わり)
知りすぎた男 朽木桜斎(くちき おうさい) @kuchiki-ohsai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます