氷鬼 ルール

「氷…鬼…?なんだそりゃ。」


「お前知ってるか?」


「いや知らないな。」


 氷鬼という単語に聞き覚えがない異世界の貧民たちは困惑し、思考を混乱させた。

 その様子を見たリリスは説明を始めた。


「氷鬼というゲームは実はこの世界とは別の世界で子供たちに人気の遊びです。鬼というのは架空の化け物のことで、人間が鬼と逃げる側に役割を分けて遊びます。制限時間内に鬼側が全員を捕まえられたら鬼側の勝利、逃げきれたら逃げる側の勝利というものです。」


 一通り話を聞き終えるとアリスはコウに話しかける。


「これに似たルールの遊びなら私たちの世界にもあるよね。」


「そうでしたっけ?」


 と真面目な表情で言うコウにアリスは呆れる。


(こいつ私より馬鹿だ。もしかしてここにいるやつらは全員こんな馬鹿ばっかなのか?だとしたら私が圧勝する未来も見えてきたな。)


 しかしアリスの予想とは異なり、コウ以外の貧民たちはこのゲームを知っているようだった。


「これならガキの頃よくやってたぜ。」


「要は逃げ切ればいいだけだろ。簡単だ。」


 などとたくさんの声が上がった。

 すると。


「ちょっと皆さんお静かに~!氷鬼は皆さんが知っているそれとは異なります。」


 ざわざわしていた声が段々と小さくなる。声が聞こえなくなったのを確認したリリスが話を続ける。


「氷鬼の醍醐味はここからです。普通のルールと違って氷鬼では逃げる側は鬼側に捕まったら氷でカチコチにされてしまうのです。しかし!カチコチにされた人はまだカチコチにされていない人に触れてもらえばまた動き出すことが出来るというルールなのです。」


 アリスはバカなりにルールを必死に覚える。


「そして今回はその氷鬼をデスゲームにアレンジしたものに挑戦していただきます。今からそのルール説明をいたします。」


 そう言うとリリスは羽を羽ばたかせながら、屋敷の扉の前に向かった。そして。


「ご登場していただきます。本日の主役、氷鬼さんたちで~す!」


 リリスの言葉とともに屋敷の扉が開く。そして扉からは3メートルはあるだろう3人の大柄な男たちが出てきた。顔は3人とも同じ険しい顔をしており、茶色い布で下半身を隠しているとこ以外は全身水色、スキンヘッドの頭には角のようなものが二本生えている。

 それを見たコウは確信する。


「本物の鬼だ。」


 人間と呼ぶにはあまりのにも恐ろしい見た目、筋肉の付き方も人間には真似できないものだった。


「うわあああああああ!」


 鬼の登場とともに絶叫を上げる貧民たち。貧民たちは察したのだ。今からこの化け物との追いかけっこが始まるのだと。

 会場には、絶叫、怒号、悲鳴、様々な声が混ざり合っていた。「カオス」この言葉がこれ以上相応しい場面はないだろう。

 もはや収集が付かない状況になっていた。しかしそれを思わぬ人物が黙らす。


「一回黙れよ負け犬どもお!」


 ドスの効いた低い声でそう叫んだのは、さっきまで明るく可愛い声だったはずのリリスだった。

 さっきからは想像のできない声と表情をしたリリスが続ける。


「怖いだの、帰りたいだの、話と違うだの。お前らそれでも本当に意思を持った生物なのか?お前らは自らの選択でここに来たんだよ。というかこれまでの人生の選択で間違いをおかしてこなけりゃこんなとこいないわなクズども。」


 貧民たちは口をポカーンと開けたアホ面で話を聞いている。


「もうここまで来たら今更逃げることはできないんだよ。ゲームに挑んで生きるか死ぬかしか選択肢がないんだよ!わかってんのか!わかったら金輪際私に文句を言うな。次文句とも取れる発言をしたらただで済むと思うなよ。」


 リリスの最恐スピーチに涙を流しながら覚悟を決める貧民たち。

 それを確認したリリスの表情は柔らかくなった。そして。 


「わかってくれたならよかったです。それじゃあルール説明始めますね。」


 口調もドスの効いた低い声から初めて会った時の可愛い声に戻った。この温度差に会場のほぼすべての人間は震えあがった。アリスとコウ、この2人を除いて。


「コウお前、中々度胸があるようだな。」


「アリスさんほどでは。」


 不敵に笑う2人。


「基本的ルールはさっき説明した氷鬼と全く一緒です。この鬼に触れられたら凍って動けなくなります。しかしそれは遊びの中の設定とかではなくて本当に凍ります。じゃあそこのあなたちょっと前まで来てもらっていいですか?」


 リリスは1人の男を指さす。男は「俺ですか?」と不安げな顔をしてリリスに近づく。


「はい。それじゃあお願いします。」


 リリスの合図とともに一体の鬼が動き出す。鬼は大きな右手を男の肩に置く。すると。


「うがああああ!」


 男は絶叫する。

 なんと氷が肩から男を覆いつくしたのだ。


「はい。こんな風にカチコチに凍ってしまいます。」


 それを見た貧民たちは青ざめたり、腰を抜かしたり、失神したりしていた。

 しかし相変わらずコウは笑っている。


「しかし皆さん覚えていますか?氷鬼のルールには動ける人間が凍らされている人間に触れたら解除されるというルールがありましたね。もちろんこのゲームでもそれは採用されています。それがこちらです。」


 言い終えたリリスは指パッチンをした。するとゲーム参加者全員の右手に黒いグローブのようなものが自動で取り付けられた。手の甲側には親指ほどの大きさの青いひし形の石のようなものがついている。

 それを確認するアリスとコウ。


「いきなり取り付けられたぞ。なんだこれ?」


 困惑するアリスとは反対に冷静に観察するコウ。


「触った感じは硬めのプラスチックといったもんか。青い石の方は…なんだこれ?」


 困惑する人々を頷きながら笑顔で見ているリリス。


「皆さんそれが何かわからないようですね。それでは使い方をお見せしましょう。」


 リリスも人間たちと同じように右手にグローブをはめていた。そして右手をさっき鬼が凍らせた男に当てる。すると男を覆っていた氷がみるみる消えていき最終的には巨大な氷がひとかけらもなくなった。

 リリスは右手を天に掲げながらどや顔で。


「このグローブは凍らされた人間の氷を溶かすお助けアイテムなのです。」


(へー便利な道具だ。)


 などとアリスが考えている横で誰かがブツブツ言っている。

 横を向くと、そこには真顔でブツブツ言っているコウの姿が。


(なんだこいつ。やっぱり気持ち悪い男だな。)


「そして注目!さっきまで三つ光っていた青い石が今では二つしか光っていません。もうお気づきの方もいらっしゃるでしょう。これは1人の氷を溶かすのに青い石一つを消費するのです。つまり、人間1人につき溶かせることが出来る氷の数は三回までということです。」


「なるほど。」


「ここで大事なお知らせ。氷状態になった人間は1分以内に解凍されないと氷に身体をむしばまれそのまま死にます。なので凍っている人がいたらできるだけ助けましょうね♪」


「やっぱりそうだよな。」


 そう呟いたのはコウだった。


「え?やっぱりってどういうこと。」


「いや、俺思ったんですよ。ゲーム開始時にわざと凍らされて、ゲーム終了間際に協力者に解凍してもらえればってね。だから共利用関係にある俺とアリスさんならクリアできるんじゃないと思って。だけどそんなに甘くなかったですね。凍ってから1分で死亡ならこの作戦も使えない。」


「確かにそうだ。お前中々賢いな…ってあれ?もし1分で死なないルールだったとしてその作戦をするとしたら、どちらか片方しか凍れないじゃないか。結局もう片方は鬼から逃げることになる。お前の作戦は破綻してるんだよ。」


「あっほんとだ!うっかりしてました。」


 ととぼけた顔で言うコウにまたも呆れるアリス。


(こいつやっぱり私よりだいぶ馬鹿だ。こんなやつと一緒に行動して本当に大丈夫か?)


「は~いそれではもうすぐゲームがスタートします。会場はこの大きな屋敷。制限時間は1時間。1時間経って生き残っていた人が賞金を獲得できます。一度屋敷に入ったら、ゲーム終了まで出ることは出来ません。禁止行為はありません。屋敷の中だったらな~んでもしていいですよ。あ~そうだ、言い忘れてた。もしも鬼と戦って勝とうとしているのなら辞めたほうがいいですよ。鬼は女神様が生み出した存在です。人類が作った武器じゃ傷一つ付きませんからね。」


 貧民たちはそれを鼻で笑う。


「誰があんな化け物と戦おうとするんだよ。あんなのに出くわしたら逃げる一択だよ。」


「ふふふ。それもそうですね。では皆さん、屋敷の中にお入りください。ゲーム開始までに隠れる場所を探しておくのもいいですね。健闘を祈ってますよ~。」


 続々と屋敷の扉の中に入っていく人々。


「それじゃあ行きますかアリスさん。」


「ああ、そうだな。」


 デスゲーム『氷鬼』の幕が開ける。






 








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