いままで

小狸・飯島西諺

短編

 中学時代、私をいじめていたクラスメイトが、重い病気になっていたことを知ったのは、今年の成人式での話である。


 女子であった。


 病名は、流石にここでは明かさない。


 特定される可能性があるし、何よりその病気の人を傷付けてしまうかもしれないからである。


 ただ、その病気が通常の風邪とかインフルとかとは違う次元に位置していることだけは、ここに断言しておく。


 重病であったが、成人式は、本人の強い希望もあり、出席できることになったのだそうだ。


 彼女は、例えばクラスカーストというものがあれば、その最上位に位置していた、女子バスケ部の子であった。


 常に自分の周りを人で囲って私を嘲笑あざわらい、何か馬鹿にできるネタがないかをいつも探していて、その度に私の心を折ってきた。


 私の人格形成に強く影響を及ぼしたと言っても過言ではない。


 あの子のせいで、人前でうまく喋ることができなくなった。


 あの子のせいで、諦めたことがたくさんあった。


 あの子のせいで、人と目を合わせられなくなった。


 あの子のせいで、学校に行きたくなくなった。


 それでも学校に行き続けたのは、親に迷惑を掛けたくなかったからである。


 私の家は、そこまで裕福というわけではなかった。


 弟もいた。


 私がしっかりしなければ、と思ってしまったのだろう。


 その反動は、性格に支障をきたした。


 結果として、今はそこそこ良い大学に通わせてもらっているけれど、友達は一人もできる気配もない。あの時あの子が私に残した爪痕は、それくらいに大きかったのである。


 


 あの子の性格が、丸くなっていたことだった。


 まるで「いじめ」なんて、「素行不良」なんて無かったかのように。


 成人式に来た、毎日散々廊下で注意していた担任教師にも謝罪していた。


 それが、許せなかった。


 何、丸くなってんだよ。


 何、無かったことにしているんだよ。


 何、今さら人に好かれようと努力しているんだよ。


 しかし、残念なことに、そういう子というのは、世渡りが上手く、容姿も優れている。


 その子は、ふと、私に気付いたようで、こちらに来た。


 そして言った。


「あの時は、ごめんね」


 真剣な表情であった。


 その真剣さが、逆に許せなかった。


 どうして今さら、そんな言葉を言う?

 

 散々私の人生をめちゃくちゃにしたくせに、今さらみたいに免罪符を求めてきて。


 許して欲しいだけじゃないか。


 これで私が「許さない」とか言ったら、また陰険だの何だのと言ったりするのだろう。

 

 この子は今、病気を抱えて、過去を悔いている、可哀想な被害者の状態なのだ。


 そんな子に対して、私は笑顔で「いいよ」と言うべきなのだろう。

 

 許されること前提で、私に話をしているのだ。


 ほら、私、今可哀想でしょ?


 だから、許してくれるよね?


 ふざけるな。


 私は、何と返せば良かったのだろうか。


 私は、何と返せば良かったのだろうか。

 

 私は、何と返せば良かったのだろうか。


 私は、何と返せば良かったのだろうか。

 

 私は、何と返せば良かったのだろうか。


 私は、何と返せば良かったのだろうか。

 

 私は、何と返せば良かったのだろうか。


 私は、何と返せば良かったのだろうか。

 

 私は、何と返せば良かったのだろうか。


 私は、何と返せば良かったのだろうか。






ッ!」





 

 


 その子は横に吹っ飛んだ。


「……っ」


 もう、どうでも良かった。


 私は走って、文化会館から出た。


 途中履物が脱げたけれど、気にしなかった。


 化粧も服もボロボロの状態で、歩いて家まで帰った。


 私は、両親に言った。 


「ごめん。ちゃんと、できなかった」


 両親は、「もういいんだよ」と言った。


 気付けば私は、泣いていた。


 赤ちゃんみたいに、周囲も衆目も気にせず、わんわん泣いた。


 


(「いままで」――了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いままで 小狸・飯島西諺 @segen_gen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ