明日の耳
@yujiyok
第1話
『ピーポーピーポーピーポー…』
「あ、救急車。珍しいね、この辺で」
休み時間、教室の窓のそばで友達と話をしていた美樹は、外を見て言った。
「え?何?救急車?」
「え?音、聞こえない?」
「…聞こえないよ…大丈夫?」
「あれ?…気のせい?」
『ピーポーピーポーピーポー…』
「ほら、来た。だんだん近付いてくる」
「え?」
「ほら、ほら、え、こっちに来る」
『ピーポーピーポー…キッ』
「あ、この前まで来た!」
美樹は窓にかぶり付き覗き込んだが、そこには何もなかった。
「ちょっと、美樹大丈夫?救急車の音なんて聞こえないよ」
「あれ?絶対いま音がしてたのに…」
「気のせいでしょ、それより次の授業の準備した?宿題、指されて答えさせられるやつだよ」
「あー、一応やってあるけど…」
「なんか順番的に美樹に当たる気がするんだよねー」
「えー、やだなぁ…」
『バンッ…ピーポーピーポーピーポー』
「あ!また!」
美樹は窓を開け、身を乗り出して外を見る。しかし、やはり変わらぬ景色があるだけで、
音も消えていた。
「美樹?ほんとどうしたの?」
「あ、いや…」
幻聴?確かに音は聞こえた。はっきりと。でも何もないし聞こえたのは私だけ…。
「何でもない…」
小さく呟いて窓を閉めると、チャイムがなった。
四時間目の授業が終わり、昼食の時間になった。
「美樹、やっぱり当たったね」
「え?」
「宿題」
「あぁ、適当にやった所だったから焦ったー。他のとこは結構ちゃんとやったのに…」
お弁当を広げながら、先生に軽く注意されたことを思い出す。
「あるよね、たまたま手抜いたとこに限ってあたる」
「なんかさぁ…」
『ありえない…』
「え?」
「え?」
「今、ありえないって…」
「何が?」
『…なんか、フラれたとかそういうので…』
「あれ?」
声が聞こえる。
「美樹、どうしたの?大丈夫?」
『ひどいね…』
すぐ近くには人はいないし、後ろを振り返っても誰もいない。
「…あ、うん…大丈夫」
今そばで人の声が聞こえた。そういえば救急車の音も自分にだけ聞こえた。
何かの病気なのだろうか。いや、急にそんなおかしくなるわけない。気のせいだ。気のせいに違いない。
美樹は自分にそう言い聞かせてお弁当に取りかかった。
そのあとは特に何も聞こえることはなかった。
次の日、ある女子生徒が屋上から飛び降りた。
学校中騒然とする中、救急車がやって来た。
ピーポーピーポーピーポー
「あ!救急車!」
美樹は教室の窓際で叫んだ。
「言われなくてもわかるよ、美樹」
救急車は校舎の前で停まる。
「ね、昨日聞いたのこれ!」美樹は興奮して一緒にいた友達に言う。
「え?そんなわけ…でも確かに言ってたね…」
バンッ…ピーポーピーポーピーポー
救急車は女子生徒を乗せ去って行く。
「ほら、これ昨日聞いたのと同じ…」
「何かの偶然じゃない?ね、あれ1年生だよね、知ってる?」
「いや、全然知らない…」
「なんかやだね…ケガで済めばいいけど…絶対ヤバいよね」
警察が校長や担任の話を聞いているようだが、生徒の動揺を少しでも抑えるかのように、あえてこのクラスでは普通に授業が行われた。
昼休みになり皆がそわそわする中、お弁当を広げる。
教室はうわさ話であふれる。
「でも相当ショックだよね、同じクラスの子とか」
「そうだね…」美樹は昨日のサイレンの事を考えていた。
「ありえない…」
「え?」横にいる生徒の声が聞こえてきた。
「…なんか、フラれたとかそういうので…」
「あ!」
美樹は驚いて隣を見る。
「美樹、どうしたの?」
「これ、聞こえた。昨日!」
「何言ってるの?」
ひどいね…付き合ってた先輩に浮気されたってことでしょ
隣では飛び降りた生徒と同じ部活の子が話をしている。
「あ、いや、何でもない…」
確かに、昨日聞いたのも同じ子の声だった。私は今日の声を昨日聞いたのだ。
でも、なぜ…。
その日以来、しばしば同じような事が起こった。誰もいない所から声が聞こえてきたり、音がしたり。
そしてそれは、次の日の全く同じ時間に起こるのだ。
ある時、ペンケースが落ちてペンが派手な音を立てて広がる音を聞いたので、次の日自分は落とすまいと注意していたのだが、つい落としてしまった。
どうやら聞いた音は必ず起こり、変えることは出来ないようだ。
どのようなタイミングでどの程度聞こえるかは全くわからなかったが、やがてその奇妙な現象にも慣れてきた。
最初のうちは、誰もいないのに誰かに呼ばれて大声で返事をしてしまったりと、本当の声と区別がつかなくて恥ずかしい思いもしたが、日がたつにつれて声の違いがわかるようになってきた。
それを利用し、授業で自分が当てられる所を知ったり、誰かが答える宿題の答えを書き留めたり、内緒話に聞き耳をたてたりと楽しむようになった。
そんなある日、学校から一人で帰っている時だった。
路地を歩いていると、とてつもなく大きな犬の鳴き声がした。それが明日の声だとはわかったが、ついビクッとして立ち止まった。
「びっくりしたー…」息をついて歩き出すと、また声が聞こえてきた。
『ひぃ…ひぃ…』
?…なんだろう…
『ギャーー!!』女の叫び声が耳をつんざくような音量で聞こえてきた。
「わっ!」美樹は思わず頭を抱えてしゃがみこんだ。
顔を上げ、誰にも見られていないことを確認すると、その場から足早に立ち去った。
胸のどきどきが止まらなかった。
今のは何だったのだろう。あの悲鳴は尋常ではなかった。何か事件か事故が起こるのだろうか。
翌日、同じ道を歩こうか迷ったが、何かが起きた時、自分が対処しなければいけないのかもと思い、昨日の路地へ向かった。
先の方には鎖につながれた犬がいる。
ゆっくり進みながら周りを見る。だいぶ後ろに男がいる。上下黒の服でサングラスをかけている。
美樹は身をこわばらせた。男はこちらに向かって歩いてくる。
急に怖くなり少し足を早める。
すると前の方から、若い女が歩いてきた。コートを着て肩にバッグを掛けている。
この人に何かが起きるのだろうか。
美樹は携帯を確認した。大丈夫。すぐに連絡はできる。
止めることは出来ない。明日の声は必ず起きる。
私がその目撃者となってしまうのか。予想はしていた。あの叫び声は普通じゃない。きっと…きっと殺されてしまうのだ。
美樹は後ろを見た。男は遠くからゆっくり歩いてくる。
若い女が犬の前を通る。
犬が狂ったように吠え出した。
昨日と同じ。そうか、犬はあの女の人に警告してるんだ。
女の人はバッグをつかみ、足を早めた。
あぁ、来ない方がいい…。
女は美樹とすれ違った。
神様…。
美樹は立ち止まり、ぎゅっと目をつぶった。
ゆっくりと目を開け、後ろを振り返る。
すると、目の前に鋭利な刃物が突き出された。
ガシッ
若い女が後ろから美樹の腕を取り、刃物を喉元に当てた。
「ひぃ…ひぃ…」
驚きと恐怖のあまり、声が出ない。
犬がこっちを見ている。
そうか、あの犬はこの女が異常者だと察知したのだ。
犬は悲しそうな目で見ていたが、諦めたように小屋に戻っていく。
後ろの男は?見ると、誰もいない。細い道を曲がってしまったようだ。
刃物の冷たさを感じてからどれくらい経ったのだろうか。きっとほんの数秒なのだろうが、やけに長く感じた。
塀の上に伸びた木の枝に枯れ葉がたくさんついている。
あぁ、今は秋だったっけ。枯れ葉が一枚ひらりと落ちる。
鋭い刃物は美樹の喉を切り裂く。
断末魔の叫びが美樹の脳に響き渡る。
そういえば、今日は明日の声が聞こえなかった。
明日の耳 @yujiyok
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