第18話 聖女ミカナ?旅の治癒師カナミ??
「あなたは聖女ミカナ様ですね?」
宵闇にカイルの声が響く。
私は静かに首を横に振る。
「私はただの旅の治癒師、カナミよ。」
「しかしっ!」
私の言葉に、カイルが声を荒げかけ、それをライオットが制する。
だから私は言葉を続ける。
「ホントよ?ミカナは死んだの……あの時、燃え盛る教会の中でね……。」
私はキルケ王国で起きた出来事を三人に話していく。
彼らは黙って私の話を聞いてくれている。
そして、女神との会話……
私の意識は遠い国のカナミだという事。
異世界って言ったら急に胡散臭くなるから、その辺りは誤魔化した。ウソは言ってないからね。
そして、ミカナの記憶と身体を受け継いだこと。
だから今の私はカナミ。ミカナであってミカナじゃない……。
「信じるかどうかはあなたたち次第。私はどっちでもいいの。」
私はそう言って立ち上がる。
「どこに行く?」
今まで黙っていたライオット殿下がそう声を掛けてくる。
「決めてない。でも、獣人の国でも行こうかしら?」
「それは困るな。俺はまだ金貨2枚支払っていない。」
「……それくらいツケといてあげるわ。帝国から離れているとはいえ、聖女がいるってバレたら困るでしょ?」
私がそう言うと、ライオットが不敵に笑う。
「聖女?何の事だ?俺は命の恩人である旅の治癒師殿に対価を支払い、また、恩返しの為にもわが国でゆっくりしてもらいたい、そう言ってるだけだが?」
ライオットはそう言って私の手を取る。
「どうせ路銀も行くアテもないんだろ?しばらくはウチの国に居ろよ。貧乏で何の持て成しも出来ないけどな。」
笑いながらそういうライオットの手を軽く振り払うと、私は彼の眼を見つめ笑顔を返す。
「勝手に値切らないでね。金貨3枚でしょ?」
私はそう言うと、「お風呂に入るから覗かないでよね」と言って馬車の裏側へと駆け込んだ。
彼らのやさしさが心にしみて、不覚にも涙が出そうだったのだ。
私は馬車の裏で少しだけ心を落ち着けると、彼らに言ったようにお風呂に入る準備を始める。
正直な話、今すぐ彼らとは顔を合わせたく無かったということもある。
「これくらいかな?」
私は地面に2m四方の線を描き、1mくらいの深さをイメージして其の場の土をマジックバックに収納する。
目論見通り、地面にポッカリと穴が開いたので、土魔法の初級魔法「コーティング」を使って、土壁を固めてる。
それから、マジックバックの中に入れてあった水をその穴へ並々と注ぐ。
この水は、ライオットと出会う前、森の中で見つけた泉の水を、マジックバックにどれくらいはいるか試した時の名残だ。
あの時は、泉の水が半分ぐらいになったところで、まだまだ入ることが分かり、泉を枯らすのも問題だろうと、途中でやめたのだ。
水を戻さなかったのは、何処かで必要になるかも?と思ったからにすぎない。
容量に制限があるならともかく、無制限なら、目に付いたものは何でも集めておけば、いつかどこかで必要になるかもしれない、という、カナミの貧乏性が発露した結果だった。
「さて、ここからお湯にするには……と。」
私は魔力を動かして、水の分子の動きを活発にする。
ほどなくして水の温度が上がっていき、大体42度ぐらいになったところで魔力を動かすのをやめる。
この辺りの魔力操作は、お手の物だった。カナミ、というかミカナは神殿にいた頃、お風呂に入るのは必須だった。
これは神官や巫女は常に身を清めていなければならない、と半ば強制されていた習慣だったのだが、他の人には言えない重要な魔道具の管理をしていたミカナは他の巫女たちが入る時間にお風呂に入れず、皆が寝静まった後に入るしかなかったのだ。
当然お湯は冷めているし、そんな時間に沸かし治すことなどできない。
夏場ならともかく、真冬に冷め切った水風呂はかなり堪える。
その為、ミカナは、自力でお湯を沸かす方法を習得せざるを得なかったのだ。
こんな感じで、ミカナは食事以外にも、生きていくうえで身に着けた雑多な技術を身に着けているから、カナミとしてはミカナの記憶のおかげで助かっていることがしばしばあったのだ。
「ウンいいお湯。」
私は湯船の周りに認識阻害をかけた結界を張り、ついでに周囲2mに衝撃フィールドを張ってから服を脱いで湯につかる。
これで、覗かれる心配もないし、誰かが近くに来てもフィールドに足を踏み入れた途端、痺れて動けなくなるのだ。
ライオットたちの事を信用してないわけではないけど、それとこれとは話が別なのだよ。
「はぁ……ライオット殿下……いい人だよね。」
私の力を利用したいとは思っているかもしれない。今まで一緒に色々見て回ったけど、聖女の力があれば、もう少しましな生活が出来るだろうって事が一杯あったからね。
だけど、そうして欲しいと思っていても、一度も口にしなかった……。
「……そこ迄思い至って無かった、って事も否めないかぁ。」
私はブクブクと泡をだしながら顔を半分湯に沈める。
その後も、色々考えながら、一時間近くかけてお風呂を堪能したのだった。
「覗こうとしたね?」
おふろから上がり、皆の所に戻ると、そこにはまだ痺れが取れていないライオットとカイルの姿があった。
「あ、イヤ……。」
「違うんだ、これは……。」
必死になって言い訳をしようとする二人。
「あー、一応二人の名誉の為に言っておくけど、覗く気はなく、こんな所で「風呂」なんて言い出すお前さんを心配しての事だからな。」
「アガートさんは覗こうとは思わなかったの?」
「そんな貧相な身体見て何が嬉しいんだ?」
「うっさい、貧相で悪かったなっ!」
私は手にしていたタオルをアガートさんに投げつける。
くぅぅ、私だって栄養さえあればぁ……。
私は三人を、まだお風呂暖かいから、と馬車の裏に追いやって、明日の朝食の下拵えをしておく。
朝だから軽いスープでいいだろう、と、残っていたウルフ肉と構想をまとめて鍋に入れて、焦げ付かないようにゆっくりとかき混ぜていく。
三人がお風呂から上がる頃には丁度良く煮込まれるだろうなぁと考えながら……。
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「まさか、こんな所でお風呂に入れるとはねぇ。」
「あぁ、驚いている。」
カナミに追いやられた馬車裏の風呂場ではそんな会話が交わされていた。
「カイル、アガート、一つだけ言っておくが、彼女を利用しようなんて考えるなよ。」
ライオットが、至極真面目な顔で二人に告げる。
「わかってますよ。聖女様の御力を我が国の為に使ってもらえれば、とは思いますけどね、無理強いすれば女神様の怒りを買うのはまちがいないでしょうからね。」
「あぁ、話しを聞けばわかる。彼女は女神の愛し子だ。我々に出来るのは、彼女と敵対しないようにすることだけだ。」
「そんな難しいこと考えなくてもよぉ。彼女は悲惨な子供時代を過ごしてきたんだろ?だったら、これからは、今までの分も取り返せるほど幸せな生活が送れるように協力するだけだ。何か間違っているか?」
ライオットの言葉にそう言い返すアガート。
それを聞いてカイルが苦笑する。
「まったく、穴とという人は……。」
「何だぁ、文句あるのか?」
「イエイエ、その単純な思考が羨ましいと思っただけですよ。」
「あぁん?ケンカ売ってるのかぁ?」
「うるさいぞ。」
一触即発になりかけた其の場をライオットが一言で鎮める。
「とにかく、彼女は俺の命の恩人の治癒師だ。恩義を受けたら恩義で返す、それが我々のやり方だろ?」
ライオットの言葉に、二人も頷く。
その後、他愛もない話をしながら久しぶりのお湯を堪能し、風呂から上がった彼らが目にしたのは、疲れの為か、焚火の前で転寝しているカナミの姿と、焦げ付きかけているスープの存在だった。
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