第15話 カナミのターン?
……うーん、どうすればいいのかなぁ?
私は、膝の上に頭をのせて気を失っているイケメン男を見ながらそう呟く。
くそぉ、レイにぃにも膝枕してあげてないんだぞ。
放り出していけばいいのだが、一応命の恩人……になるのかな?……だから、無下にするわけにもいかない。
どうしてこんなことになったかというと……
私は、洞窟を出て、ふらふらと森に中を彷徨っていた。
一応ね、人里を目指していたんだけど、そもそもどっちに行けば人里に出るのか分からないじゃない?
だから探知に人が引っかかったのを幸いに、道を聞こうと寄って行ったわけ。
そして見つけたのが、狼の群れに囲まれているイケメンさん。
結構長く戦っていたみたいで、周りには十数頭の狼の死骸が転がっている。
囲んでいる狼も残り5頭ぐらいで……、あ、今イケメンさんの剣によって2頭切り倒されたから、残り三頭か。
流石に狼さん達もヤバいと思ったのか、逃げ出す素振りを見せていた。
その内の一頭が回れ右をして一目散ににげていき、もう一頭が、あろうことか私の方に向かってきたのね。
「なッ!」
イケメンさんがそれに気づいて慌てて狼の背後から斬りかかり、寸でのところで私は助かったんだけど……。
「グゥッ!」
イケメンさんが背中を向けた事を好機と散ったのか、残った1頭がイケメンさんに向けて炎を吐いたの。
ってか、この狼さん炎を吐けるんだ。流石異世界。
イケメンさんが倒れたことで、溜飲が下がったのか、その狼さんは悠々と森の奥へ消えていったんだけど……。
「大丈夫ですかっ!……偉大なる女神ミルファースに希う。彼の者に癒しの光を……ヒールっ!」
私はそのイケメンさんを抱き起腰、治癒魔法を唱える。
背中のやけだたれた皮膚は見る見るうちに再生し、身体中の傷が塞がっていく。
苦しそうだった呼吸も、穏やかな寝息へと変わっていく。
傷は癒したけど、かなり体力を消耗しているみたいだから、しばらくはこのまま寝かせて置いてあげたいけど……。
私は周りを見回す。
この池マンさんを安全に寝かせて置ける場所などあるはずもなく……
「はぁ……仕方がないかぁ。」
私は仕方がなく、その場に腰を下ろし、膝の上にイケメンさんの頭を置いたのだ。
そして今に至るわけで……。
イケメンさんに膝枕を提供して1時間が経とうとしている。
怪我を癒すための治癒魔法は、一応私を助けてくれた文と相殺するとして、乙女の膝枕の代金はどれくらいが妥当かしら?
そんな事を考えていると、膝の上のイケメンさんが身じろぎをする。
あ、そろそろ起きるかな?
イケメンさんがうっすらと目を開けて、「み、みず……。」と小さな声でつぶやく。
ここはお約束通り、ミミズを出してあげたいのだけど、残念ながらミミズの持ち合わせはない。
「誰がミミズじゃぁ、ぼけぇっ!」
と、逆切れすることも考えたけど、ここまで付き合ってあげたのは、偏に情報が欲しいからなわけで、そんな小ネタ如きで、このチャンスをふいにする気にはなれなかった。……それに、膝枕の代金も請求しないとね。
というわけで、私は素直に、竹で出来た水筒を彼に手渡すことにした。
身を起こしたイケメンさんは、その水筒の中の水を一気に飲み干し……やっと、我に返ったように周りを見回す。
「フレイムウルフは?あの少女は……。」
キョロキョロと周りを見回し、私に視線を落としたところでその挙動が止まる。
「キミは……無事だったか、良かった……。」
ふうっと、身体の力を抜いた彼に、私は声を掛ける。
「もう一杯如何ですか?」と。
彼の名はライオットといい、普段は王都に住んでいるとのこと。今回は、その王都から馬車で1日ほど行ったところにある村の近くの森……つまりここに、数人の仲間と共に調査に来ていて、森の中で仲間をはぐれたところを、例の狼さん達に襲われたのだという。
「そうなんですねぇ。でも、あの狼さん炎を吐くんですね、びっくりしちゃいました。」
「あぁ、奴らはフレイムウルフと言って、炎のブレスさえ気を付けていれば……っ??」
ライオットは、そこまで言って、改めて自分の体を確認した。血まみれだったはずの腕も、火傷のように熱かった傷口も、すべてきれいに消えている。まるで最初から何もなかったかのように……。
「これは……キミが?」
驚き混じりに問いかける彼に、私は微笑んで答えた。
「金貨一枚ですよ?」
冗談めかした口調に、ライオットは一瞬ぽかんとした後、思わず苦笑する。
「……高くないか?」
「治療費そのものは銅貨1枚ですから、安いものですよ?」
「……残りは?」
「乙女の膝枕代です。特別価格ですよ?」
「……確かにな。」
ライオットは苦笑を深めながら、ごそごそと腰袋を探る。しかし、戦闘中にダメージを受けていたらしく、腰袋は切り裂かれていて中身はゴッソリとなくなっていた。
「すまない。今、手持ちが――」
「その様ですね。」
私はくすくすと笑いながら言葉を続ける。
「別に今すぐ払えとは言ってません。王都まで行くんでしょう?私もついていきますから、あとでちゃんと払ってもらいますよ」
「……なるほど、逃げ場はないってことか」
私はにっこりと微笑んでみせた。
「そういうことです」
ライオットは肩をすくめると、立ち上がる。完全に回復した体を確かめるように拳を握り、軽く肩を回した。
「助けてもらって文句を言うつもりはないが……キミは何者なんだ?」
「ただの通りすがりの者ですよ。森の中で迷子になっていた、ごく普通の女の子です。」
「普通の女の子は、森の中に入らないのだが?」
ライオットは疑わしそうに私を見つめるが、それ以上は何も聞かない。
「それで、君は王都についたらどうする?」
「そうですねぇ。人を探しているんですけど、まったく手掛かりがなくて。……取りあえず、しばらく生活できるように普通の女の子が出来る仕事でも探すつもりですよ。」
とりあえず、そんな事を言っておく。
正直、この付近のことは全く知らないのだから、先のことなど考えていない。
王都で仕事が見つからなら、当面はそこを拠点に情報を集めるしかやることはなかった。
「そうか……なら、王都までは一緒って事でいいな。」
「そうですね、金貨を払ってもらうまでは、逃がしませんからね?」
「……キミの王都までの、護衛代という事にはならないか?」
「ならないですね?むしろ、こんな可愛い子と一緒に旅が出来るんですから、その分支払ってもらいたいぐらいですよ?」
「自分で言うかぁ?」
ライオットは呆れたようにため息をつきながらも、どこか安心したような笑みを浮かべた。
「っ!」
その瞬間、私とライオットさんは同時に身構える。
近づいてくる気配を感じたからだ。
しかし、ライオットさんはすぐに緊張状態を抜き、「心配ない」と声を掛けてくる。
「おぉい、ここだっ!」
ライオットさんが大声を上げる。
茂みが揺れ、そこから姿を現したのは二人の男だった。どちらも鎧の上からマントを羽織り、腰には剣を下げている。
「ライオット! 無事だったのか!」
先に駆け寄ってきたのは、浅黒い肌を持つ大柄な男だった。筋肉質な腕には薄く擦り傷がついているが、本人は気にする様子もない。その後ろから、細身の青年が慎重な足取りで近づいてくる。
「お前、はぐれたかと思ったら、ずいぶん元気そうじゃないか」
「まぁな……この人おかげで助かったんだ。」
ライオットは軽く肩をすくめ、私の方を指さした。
二人の視線がこちらに向かう。大柄な男は驚いたように目を丸くし、細身の青年はじっと私を観察するように見つめた。
「……この人が、お前を助けた?」
細身の青年がライオットに問いかける。
「あぁ。油断してフレイムウルフのブレスをまともに喰らった。それ以前のも、あちこち食いちぎられていて、もうダメだと覚悟してたんだが……この通り、傷もすっかり治してもらった。もっとも、その代償として金貨一枚請求されたがな」
苦笑しながらそう説明するライオット。
筋肉質の大男と細身の青年が驚いたように見るので、私はにっこりと微笑んでみせる。
「1時間にわたる乙女の膝枕代ですよ。それくらい当然です。」
それを聞くや否や、大柄な男は大声で笑い、細身の青年は苦笑する。
「ははっ、そりゃ仕方がないな、ライオット!」
「……まあ、それくらいの価値はあったかもしれないが……全く覚えてないんだよなぁ。」
ライオットがぼやくように言うと、細身の青年が少し安心したようにため息をついた。
「とにかく、無事で何よりだ。俺たちも捜索してたんだが、フレイムウルフの群れに阻まれてな。お前を見つけられるか不安だったんだ」
「そっちも無事でよかったよ。……ところでカイル、馬車は手配できそうか?」
「村にいけば何とかなりそうだが。」
ライオットの問いかけにカイルと呼ばれた細身の青年が、チラッと私を見てそう答える。
「馬車が必要かぁ?馬だけの方が早いだろ?」
「だからお前は考えなしというんだ、脳筋アガート!」
アガートと呼ばれた大男に対し、カイルがそう、罵倒する。
「そうだな、命の恩人のお嬢さんと一緒に行くんだ。せめて馬車ぐらい用意しないとな。」
ライオットが、笑いながら私を見てそう言う。
私は軽く肩をすくめて応える。
「私はどちらでも構いませんが、馬には乗れませんよ?だから誰かにのせてもらわなければならないんですが……その場合、金貨要求しますよ?」
「……本当に容赦ないな、普通は逆じゃないか?」
ライオットは苦笑しながら、私の手を取って立たせてくれる。
「当り前です。私と密着するんですから、それくらいは支払ってもらわないと。」
私はきっぱりとそう告げる。安い女じゃないのだと言い聞かせるように。
本当は、レイにぃ以外の男性と密着するなんて嫌だけど、馬に同乗させてもらうならそれくらいは我慢しなければならない。
だから馬車が用意してもらえるならそれに越したことはないのだ。
こうして、私は、まだ見ぬ国イズガルズの王都ミドルティンへと向かう事になるのだった。
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