浮く。
雨人 咲(ウビト サキ)
第1話
『浮く』
昔、知人に変わったやつがいた。曰く、『人が浮いて』見える時があるらしい。変なやつだとは思ったが、その妙な話に興味をそそられ、場を改めて詳しく聞いてみることにした。
時々、人が浮かんで見えるんです。
突拍子も無いことを言ってるかもしれませんが本当なんです。
浮かんで見えると言っても分かりやすく宙に浮いてる訳じゃなく、なんて言ったらいいんでしょうね。
そうだ、ドラえもんの設定はご存知でしょうか。実は3ミリ浮いていて、足が汚れないので靴を履く必要がないってやつです。それに近いかもしれません。
でも3ミリなんて浮いてても分かりやしませんよね。なので1センチほど浮いて見えるって感じです。次の瞬間目を凝らすとそれがなくなるんです。
初めてそれが起きたのは15歳の時でした。下校中、一緒に帰っていた友達が一瞬、浮いて見えたんです。その時はもちろん見間違えたんだと思ったんですが、次の日も、その次の日もふとした瞬間にその友達の足が地に着いていないように見えて、目を凝らすと着いている。と言った事が度々起こり、何かの病気かもしれないと思い親に相談もしましたけど、両親には何を馬鹿なことを言っているんだと一蹴されてしまいました。
その現象は大人になっても続き、精神科や市内の大きな病院で診てもらったりもしたが、特に得るものはなかったらしい。
その後、私は気になる点を質問した。
「浮かんで見える人ってのは決まってるのか?」
「いや、決まってはないんです。大抵は人混みの中ですれ違った人が浮かんでいたりするんです。時々知り合いが浮いていたりしますけどね」
「ふーん。妙な事があるんだな。ちなみに、さっきの話にでてきた友達って未だに浮いたりするのか?」
今でも会ってるならだけど、と私が付け足すと彼は感情の読めない顔で
「亡くなりました」
と独り言のように言った。
失礼なことを聞いてしまったと私が詫びると彼は構いませんとばかりに頭を横に振った。
私は何故かなんとなく、全身が粟立つ感覚を覚えた。
「最初は」
と、唐突に彼が口を開く。
「最初は1センチ。次は2センチくらい。その次はもう少し、段々高くなるんです」
これ以上は気味が悪いので聞きたくはないのに、何故か彼を止めることが出来ない。
「5センチまでです。それ以上はないんです」
貼り付けたような笑みで言う。
「もういい、この話はやめよう!」
思わず語気を強めてしまった私は、気まずさを感じつつその日は解散する運びとなった。という話だ。
それ以降彼と関わることは極力控えたのでその後の事は何も知らない。
帰り際、彼がしきりに自身の足を見つめていたことも、うわ言のように『空が落ちる』と繰り返していた事も、5日後彼がアパートの飛び降りたことも、3階の高さにも関わらずまるでプレスされたようにぺしゃんこだったことも、なにも、しらない。
浮く。 雨人 咲(ウビト サキ) @satohkibi
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