第06話 当選発表


 ドクン ── ドクン ──。

 高鳴る鼓動の音が胸から骨を伝い、頭の中に響いていた。


「すー……。緊張する、人生で起こった出来事の中でも一番かもしれんなこれは」


 今日はライブチケットの当落発表当日。仕事を終わらせそそくさと帰宅した俺は、ゲーミングチェアの上で正座をして、電源の入っていない真っ暗なモニターを眺めていた。


 1stアニバーサリーの時は落選。

 2ndアニバーサリーの時も落選。


 不運に不運が重なり、向かえた今回の3rdアニバーサリーライブの抽選。


「大丈夫だ、俺なら大丈夫」


 そう自分に言い聞かせるように頷き、俺は震える手でパソコンを起動した。


──────

────

──


〔おぃーっす、リスナーのみんなコンフュージョン☆ ヴァー学所属、オタクに優しいVギャルの~八重樫フューで~す☆〕


「はぁ~。緊張しててもフューたんは可愛い」


 恒例の挨拶。ぱちこーんと飛んでくるウィンクを指で作ったハートで受け、セーラー服のような白いブラウスと黒いミニスカートの隙間からちらりと姿を覗かせている小さなおへそを覗きこむように数秒眺める。これは下から角度をつけて見るのがポイントだ。


 そして最後に、大きく膨らんだ胸の上で跳ねる黒タイに合わせて頷くことで、俺のルーティーンは終了する。


 以前、ジョン松に話してドン引きされたこの一連の所作。普段なら息をするように完遂するのだが……本日はおへそを覗きこむところで止まってしまう程に、俺の心からは余裕が消えていた。


 …………チラッ。


「まだか」

 

 目線の先にあるメールボックスの通知欄に点された25,332の数字は昨日の夜から増えていない。

 

 大丈夫、大丈夫。

 まで慌てる時間じゃない。


 このザワつく気持ちを抑えるために開いたSNSではチラホラ当選の報告も上がっているようだったが、俺のようにまだ連絡が来ていないと呟く人の数の方が圧倒的に多い……恐らくメールサーバーの違いか何かで当落発表に時間差が出ているのだろう。


「たとえ落ちたとしてもメールは来るはず。焦ったって仕方ないさ」


〔いや~☆ ついに今日はライブの抽選発表だね。どうどう? パシリスの中でもう当たった人とかいる?〕


: まだ連絡きてないー

: 当選したぞおおおお

: 俺も当たったー!!

: ダメだった―TT 鬱

: 完全にオワタ


〔わぁ当たったひとおめでと~☆ 絶対みんなのこと楽しませるから、ライブ期待しててよね☆〕


「おぉ。やっぱ当たった人けっこういるんだな」


 歓喜の声もあれば、悲嘆のコメントも目に付く程度には流れている。


「うわこのコメ、テンションくそ低いやんけ。やめろー、フューたんが気まずいだろ」


〔うぅ、外れた人もいるよねぇ......ごめんね。本当は皆に来て欲しいんだけど、こればっかりは〕


「ほらぁ、フューたん落ち込んじゃったじゃねーか。.....まぁ気持ちは痛い程分かるが」


 推しの哀しげな表情に多少の申し訳なさを感じながらも、過去の落選通知を思い返す。


「〝外すやつは愛が足りない〟とか〝ここで当ててこそ真のパシリスだ〟とか、火力の高いコメントにボコボコに殴られるとかなり辛いんだよなぁ」


 今日ばかりは多少の愚痴は目を瞑ろう。


: 配信チケットは買ったよー

: 配信で見るよ

: 俺は二日目がメインや

: そっか配信があるか

: 会場限定グッズが欲しかったな


〔そうそう‼ 今回は配信用のコンテンツもいっぱいあるんだよ? 残念ながらチケット取れなかった皆も、そっちであ~しのこと応援してくれたら嬉しいな☆〕


 フューたんはこう言ってくれているが……間違いなく、パシリス達の気持ちは一つである。


「現地で見たいよなぁ生フューたん」


 ステージに立つ彼女はきっと天使、いや女神のような輝きに違いない。

 実際、1stライブを配信で見た俺はその尊さに殺されかけた……冗談などではなく、そのままの意味で。だ。

 ライブ衣装をまとったフューたんを見た瞬間、あまりの可愛さに全ての神経が動きを止め、持っていたコーヒーはデスクに落ち、跳ねた雫が頬を撫で、熱さに飛び跳ねすっ転び、ベッドの角に頭をぶつけて俺は気絶したのである……当たり所が悪かったらきっと死んでいただろう。

 

 そう、ヴァ―学のトップアイドル、八重樫フューというのは死に至るほどの可愛さなのだ、現地で生の彼女を見る……なんてことをしてしまったら俺はどうなってしまうのだろうか。


「・・・・・・やばいよなぁ」


 想像しただけで脳内へ溢れ出すエンドルフィンが、絶対にチケットを当てろと強い脅迫観念を植え付けてきている。

 それに、ちらほらコメントが言っている通り推しトーク券をはじめ、現地でしか買えないグッズもあるわけで……。


「当てるしかねぇぞ俺。配信があるからいいやなんて思うなよ。願うな。祈るな。つかみ取れ‼」


 ………スポッ。


 汗ばむ握りこぶしの横、デスクに置いていたスマホがメッセージの通知音を鳴らした。ポップアップに表示されているのは通話アプリのアイコン、赤髪縦ロールのお嬢様だ。


「お、ジョン松か」


 スッと指を滑らせ開いたメッセージ欄にはスクリーンショットと、とんでもない数の!マークがついていた。


《当たったぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!》


「うおぉおおおおおおおおおおおおお」


 やった!!

 アイツやりやがった!!

 よっしゃーああああ!!


 うぉおおおおおおお!!


 戦友の勝利宣言はまるで自分のことのように嬉しく、俺は椅子から飛び上がり、意味もなく近くにあったひよこのクッションを床に叩きつけた。

 心の底から喜びを表現する際、人という生き物はこのような行動を取るのかと感心したものである……クッションに描かれたひよこの顔も叩きつけた衝撃で潰れ口角が上がり、どことなく喜んでいるように見えなくもない。


「よしよしよし‼ あとは俺が当てるだけだ……ふぁっ⁉」


 はやる心を落ち着け、配信に顔を戻すとそこには画面ギリギリに顔を近づけているフューたんが居た。


「ガチ恋距離!?」


 澄んだ青い瞳の中にある星模様、パチパチと動く長いまつ毛の本数、そしてキラキラ輝くシルバーのピアス達まではっきりと見える程の近さまできて、フューたんは目を閉じた。 


〔よ~し、あーしも皆のために祈ってあげるね☆ 当たれ~......パシリスさんに当たれ~......〕


: kawaii

: 可愛すぎ

: キス顔頂きました

: ガチ恋距離キター

: 切り抜き行き確定

 

 まさに勝ち確演出とはこのことだろう。

 こんなに可愛い女神の加護を受けたパシリスが外すわけがない。


「ふぅー」


 いつの間にか緊張はどこかに消え、頭の中は澄み渡っていた。

 

ピコンッ──。


「きた!!」


 メールボックスの数字が25,333に変わり、赤い通知が点滅している。


 《件名:抽選結果のご案内 - Vチケット - 》


 間違いない、チケットの抽選結果の連絡だ。


 ゴクリ......。


 俺は深呼吸をして、新着メールへとマウスカーソルを合わせた。


──────

────

──


「開くぞ」


 カチッ。

  

***

《件名:抽選結果のご案内 - Vチケット - 》


 厳正なる抽選の結果

 残念ながらチケットはお取りすることができませんでした。

***


「っ......」


 〝残念ながら〟その文字が目に飛び込んできた瞬間、高鳴っていた鼓動は一拍遅れ、視界がぐにゃりと歪んだ。


「そんっ、え……。厳正なる抽選の結果、残念ながらチケットはお取りすることができませんでした」


 定まらない焦点で文章を読み返す。


 〝残念ながらチケットはお取りすることができませんでした〟


 もう一度。


 〝チケットはお取りすることができませんでした〟


 もう一度だ。


 〝お取りすることができませんでした〟

  

「お取りすることができませんでしたって......当選したってことだよな?」


 だよな?

 あれ、でもなんで残念ながらって書いてあるんだ?


 取れなかった?

 え?

 何を?


 チケットが。

 ない?


 つまり俺、ライブいけないってこと?


 は?


 嘘、だよな。


 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ。


 更新ボタンを連打してみるが、メールの文面が変わることはなかった。

 

「はは……ははは……嘘だよ、こんなの」


 両手で抱えた頭の中を、今まで見てきたフューたんの配信が走馬灯のように流れていく……震える口から漏れるのは消え入りそうなほどに弱々しい声だった。


「今日まで、ずっと耐えてきたんだ……。なんで……なんでだよ……デカいイベント系は全部落選。参加型配信は一度も入れず、俺のコメントは全く読まれない……。SNSだって、皆はイイねを貰ってたりするのに俺は……俺は……」

  

『Vギャルの~、八重樫フューで~す☆』

『あはは☆ パシリスさん達ウケる』

『あ~し、最近ヴァペにハマってるんだよね~』

『大丈夫大丈夫☆ パシリスさんなら絶対できるって』


 目を閉じればフューたんの配信は全て思い出せた……一言一句間違えずにセリフすら言えるだろう。

 

「……こんなに好きなのに……なんで……」


 ドサッ。


 俺はスマホを放り投げ、ベッドに倒れ込んだ。

 一人で騒いで、一人で盛り上がって、一人で落ち込んで。


「ほんと、バカみたいだな」


 ・・・・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・


【なんでこんなバカみたいなことやってるんだ‼ 十理とおり‼】


 ふと頭をよぎった父親の言葉……俺の父、高蔵寺 重蔵は厳しい人間だった。

 幼い頃からゲームや漫画は全て取り上げられ、ひたすらに与えられたのは勉強、勉強、勉強、勉強、勉強。

 おかげ様でそれなりの大学に入れはしたが、子供の頃の反動で良い年した大人になってから俺はガチオタ化したわけだ……結果、フューたんに出会えたわけだから本当におかげ様である。

 

「でも、親父の言う通りバカみたいなことだったのかも……」


 心は暗黒界に落ちる一歩寸前だった。あと一つ、なにか些細なネガティブ要素が揃っていたら魂の全てがダークフォースに持っていかれてたに違いない。



〔チケット外れたパシリスさん、本当ゴメンね;; マジで配信でも楽しめるようにあーし頑張るから‼︎ そんでもってあーし。絶対、パシリス全員が入れる会場取れるくらいまで有名になるからね‼︎〕



 スピーカーから聞こえてきたフューたんの声、その声は力強く……ぼやけた視界が徐々に焦点を合わせた画面の中でキラキラと輝く彼女に、俺は背中を蹴り飛ばされた気がした。


 カサッ。


 枕元、ジョン松との通話中にコール練習をしようとして放り投げたオリ曲の歌詞カードが、起き上がろうとした手に触れる。


『そう、私は究極で最強のアイドル。なら、あなたは? いや、あなたも』


 なんてことはないサビ前のワンフレーズ。

 だがそれを目が捉えた瞬間、完全に消沈していた心に小さな火が灯った気がした。


「完璧で無敵じゃないと釣り合わないでしょ……」


 歌の続きは無意識に口から零れた。


 そうだ……

 俺が死にものぐるいでヴァペックスをやってきた理由はなんだ?


 最先端のエンタメであるVtuber、フューたんはさらにその先頭を全力で走り抜けているトップアイドルだ。夢の向こう側を見据えた彼女が、とぼとぼ後ろを歩いている一般人なんかに振り返るはずがない。 

 彼女に……この人の視界に入るには、その前へ抜きんでないと……完璧で無敵じゃないとダメなのだ。


 世界九位になれば彼女と肩を並べられるのか? いや、まだ足りない。

 じゃあチケットが外れたくらいで腐ってる人間は? 論外だ。

 腐るな、嘆くな、歩みを止めるな、彼女と釣り合うのは ────

 

「こんな世界の終わりみたいに落ち込んでるオタクじゃねぇだろ……」


 こちとら人生かけて推しとるんじゃい。


 俺は身体を飛び起こした。


 考えろ考えろ考えろ、脳みそを回せ。

 何か手はないか? ……そうだ!!


 カタカタカタカタカタ、ダンダンダン。


 SNSに高速でつぶやきを投稿 ──── 。


「『チケット譲ってください、お金は払います』って、いやダメだ。これで転売ヤーから買うなんてこと、したらダメだろ。禁忌だぞ、バカか俺は」


 それに今は本人確認も厳しい。こんな転売でチケットが手にはいるわけがない。


 考えろ考えろ考えろ、発想を転がせ。

 絶対になにかある、詰んではいないはずだ!!


 ──────

 ────

 ──


 ・・・・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・


「・・・・・・・・・」 


 うん、詰んでた。


 おかしい……先ほどの俺のメンタル復活劇はどう考えても大逆転する流れだったのではないだろうか? 


「え、今の流れで結局どうにもならんなんてことある? アニメだったら勝ち確のパターン入ってたじゃん。……まぁ……現実は甘くない……か」


 ・・・・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・


「・・・・・・・・・」 


 全くのひとかけらもアイディアは湧いてこない……そもそも、抽選で外れた奴がチケットを手に入れる手段があるのなら、抽選なんてする意味はなく……。


 この日、俺のサードアニバーサリーは始まる前に終わりを告げたのだった。

   

 …………チッ


 …………チッ


 …………チッ


 いつフューたんの配信が終わったのかも覚えてない程の放心状態。心なしか世界は灰色に見え、静まり返った部屋の中では時計の秒針が時を刻む音だけが響いていた。


 ペコンペコンッ♪


 ペコンペコンッ♪


 ペコンペコンッ♪


 ペコンペコンッ♪


 陽気な音楽と共に、ディスプレイにポップアップされたのはジョン松とポコライオンさんのアイコンだった。


「……そうだった。今日ヴァペの約束してたんだ」


 この通知が俺にとってどれだけ救いになったことだろうか。

 もし二人からの誘いがなければ、俺はこのまま無限に椅子の上で打ちひしがれていたかもしれない。


「よし……」


 通話ボタンをクリックすべく、軟体動物と化していた身体になんとか力を込め、俺は姿勢を正した。

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