偶然を装う
蒼太さん自身は自分の昔の空想話については――自分より年上とはいえ――幼い頃に聞いただけでそれ程気に留めてないかもしれない。けれど、やはりこの場で杉本さんの『もう一人の自分』について深堀りはしづらかった。仕方なく、お休みのあいさつと、アルコールの危険性を蒼太さんに注意しただけで部屋を後にした。
翌日、二人は登校時間までには起きて来ず、帰りにおじさんの家に寄った時にはすでにいなかった。
何も聞くことが出来なかった。
「杉本さん?」
杉本さんは驚いた顔をしていた。
「あれ? 村山の、確か従兄弟の……」
「美久です。一昨日はどうも」
こちらがあいさつすると杉本さんも頭の後ろをかきながら、
「どうも、何か迷惑かけまして」
と返事をした。今日はまともな顔色だ。
杉本さんと再び出会ったのは、おじさんが経営している『果樹園』という名前の喫茶店の前。立地としては自分の家とおじさんの家との中間ぐらいにあり、通っている中学にも比較的近い。外見はレトロ調、というより年季が入っていると言った方がいい。一見さんは入りにくいかも。杉本さんは先程からこの店の前をウロウロしていた。
「えっと、ここで合ってる? 村山のお父さんのお店」
「ここですよ。蒼太さんにでも呼ばれたんですか?」
「うん。この前村山の部屋で忘れ物してて。昨日の夜見つけてくれたらしいけど」
「ああ、発掘したんですね」
「発掘……、そうだね」
さぞや大仕事だっただろう。二日前に見た蒼太さんの部屋の様子を思い返す。
「大変だったと思うよ。それで、学校ではバイトとか取ってる講義とかタイミングが合わなくて、この店で待ち合わせって言われてるんだけど」
「そうなんですか。自分はおじさんから預かってほしいものがあるってお父さんに頼まれてて。……とりあえず、中入りませんか?」
店の扉を開けるとカランカランと鈴が鳴り、カウンターでグラスを拭いていたおじさんがこちらに気づいた。
「いらっしゃい美久ちゃん、と、あれ? 杉本君も一緒かい?」
「たまたま店の前で会ったから」
「どうも、お邪魔します。先日は泊めていただいてありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ蒼太がお世話になって」
本当に。
店内には他にお客さんもいない。
「いつもの席空いてるよ」
端っこなので落ち着くお気に入りの窓際の席に座り、入り口近くで落ち着かなさげにきょろきょろとしている杉本さんに、「どうぞ」と同じ席に座るように促した。
ここまではほぼ予定通り。杉本さんとこの店で会ったのも、二人でじっくり話せる状況になったのも偶然ではない。昨日、おじさんの家に寄った時に杉本さんの忘れ物があることと、この喫茶店で受け渡す事を聞いていたので、ここで待ち伏せる予定だった。店にほぼ同時についたのは偶然。おじさんからお中元のあまりを学校の帰りにでも取りに来てほしい、とお願いされたのも偶然。
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