アンチクライマックス ケース#2 スター・マン 2

川内 祐

第2話 夕暮れに変わる街

第1話 Girl's Day

https://kakuyomu.jp/works/16818093094640948261/episodes/16818622170371800546


§


 事件が事件として認識され始めたのは一ヶ月前。六人目の行方不明者が出た時だ。

 クリスマス以降、若い売春婦たちがソーホーの街から次々に消えている。だが、その人数ははっきりとしない。十人とも、二十人とも噂されていた。

 いつの時代も理不尽に生命を弄ばれるのは、全てに飢え、生きる手段を選べない者たちだ。その者たちは、死に様も選べない。

「まだ発見された被害者は女性ってことだけしかわからないみたいね。年齢も十代後半から四十代。あの頭骨からだけじゃ、これ以上の情報は得られないかも」

 本格的な捜査が始まったばかりだというのに弱気な発言をするアマラに、ジェイは嘆息した。

「だったら俺らで調べ上げる。それが仕事じゃないのかい、ディテクティブ」

「それはそうなんだけどね、ジェイもこれ読んだでしょ?」

 そう言ってアマラは左上の角一箇所で纏められたコピー用紙三枚をひらひらと動かした。

 今二人はバルのテーブル席で向かい合って座っている。テーブルの上に置かれたグラスに注がれているクラフトジンはほとんど減っていない。
「このプロファイリング、どこまで信用できると思う?」

 アマラにしては珍しい質問の形をした嫌味に、ジェイは苦笑した。

「アマラは昔気質の現場主義だからなぁ」

「昔気質はないんじゃない? 今だって現場にある証拠が最優先なのは間違いないんだから」

「わかるよ、言いたいことは。確かに『犯人は日本文化に強い憧れを抱く三十代後半の大柄な白人男性』という予測をすぐに信用するようじゃ、いい刑事だとは呼べないかもしれない」

 その続きの言葉で、ジェイが自分を諭しにかかると経験から容易に予測できたアマラは、グラスのクラフトジンを一気にあおった。そして口を一文字に結び、ジェイの言葉を待つ。彼の額を焦がすかのような鋭い視線を向けながら。

 対するジェイは、そんな視線の鋭さなど一向に気にするそぶりも見せない。

「それどころか、俺はこの予測が間違いだと知っている」

 平然とそう言ってのけたジェイに、アマラはしばらく言葉を失っていた。喉を焼くような強い酒を一気に飲んだ自分を殴ってやりたいとも思っていた。

 アマラは、ジェイが何を言おうとしているのか、何を考えているのか、この事件がどこに進んでいるのか、その全てがアルコール分解のために早くなる鼓動と連動する頭痛の奥に消えていく腹立たしさで、ついに自分の頬を力一杯殴りつけた。平手ではあったが、それでも口の端が切れて口の中には血の味が広がった。

「おいおい、ディテクティブ。どうして自分を殴るんだい?」

 いつもの柔和な顔で微笑むジェイを見て、アマラはこめかみを揉んだ。

「ごめん、ちょっとこの状況に理解が追いついてこない。間違いだと知っているって何? 一体どういうこと?」

「言葉の通りさ。間違いなんだよ、これ。いや、正確に言えば、騙しているんだ」

「騙している? 分析屋が身内の私たちを?」

「いいや、そうじゃない。犯人を、だよ」

 再び笑みを消してそう口にしたジェイを見て、アマラは悟った。このプロファイリング結果は、公にはならない。NCA捜査官と、ジェイのような一部の協力機関の人間の中だけで共有される情報だ。

「つまり、今回の犯人も私たちの身内ってこと?」

 アマラはつい最近起きた「ウィスキー・マン事件」を思い出し顔を歪めた。そのアマラに、ジェイが無言で頷く。

「いやいや、ちょっと待って。それが本当だとして、私も知らないその情報をあなたが知っているのよ」

「それはちょっと語弊があるな。たまたま俺の方が先にギルモアから聞いたってだけだよ。複数犯であれ、単独犯であれ、少なくとも一人はNCAの人間の可能性が高いってね。で、ギルモアから君に伝えておくようにって言われたから今こうして」

「ああ! もういい、もうわかった。ひとりで騒いでいる私がバカみたいじゃない。つまりは、自己顕示欲の強い犯人に、わざと誤ったプロファイリング結果を見せて動きを誘っているってわけでしょ?」

「そういうことらしいね。犯人は日本文化に憧れていない。むしろその逆だろうっていうのが分析屋連中の読みらしい」

「日本に恨みがある。そういうことね。確かに本当は恨んでいるものを憧れているなんて推測されたら私でも腹がたつ」

 そう言って身体を斜めに構え、腕組みをしてジェイを下から睨んだアマラに、ジェイは舌を出して見せた。


to be continued...


第3話 電線のドラゴン

https://kakuyomu.jp/works/16818093094641303323/episodes/16818622170939186915

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