刑事総務課の羽田倫子は、安楽イス刑事でもある その九

久坂裕介

第一話

 雨が降る日が減り、梅雨つゆの終わりが近づく六月下旬。私、羽田はねだ倫子りんこは職員が約三十人の、刑事総務課で働いていた。よし、今日も雨は降っていない。気持ちが明るくなる。よし、仕事をがんばりますか! と考えた私は、ふと気づいた。


 天気が良い日に仕事をがんばるって、どうなんだろう。どうせならこんな日は、自然を感じながら散歩でもしたいものだ。あ、森の中とか良いな。うん、こういう日は森の中を散歩したい!


 と私が全然、仕事をせずに現実逃避げんじつとうひしていると新人職員の吉高よしたか彩里さいりちゃんは、せっせと働いていた。う。これはマズイ。新人の彩里ちゃんが働いているのに三年目、二十一歳の私が働かないのはマズイ。


 それにしても新人職員、十九歳の彩里ちゃんはがんばっている。刑事たちから依頼いらいされた仕事を笑顔で引き受けて、仕事をしている。


 これはもう、アレだよね。彩里ちゃんはもう、この刑事総務課の女神めがみだよね。いや、女神はちょっと重いか。もうちょっと軽くて、可愛かわいい感じだと……。アレだ!『妖精ようせい』だ! 彩里ちゃんはこの刑事総務課の、『妖精』だ! 刑事たちから仕事の『要請ようせい』に、いつもこたえているから! いや、こんなオヤジギャグは『よぅせぃ』(よせ)!


 ……、ダメだ、私は二十一歳の女性として終わった。こんなにポンポンとオヤジギャグが出てくるようでは、終わった……。これも私が、『青柳あおやなぎ真澄ますみ』というペンネームで推理小説を書いているせいか?! 


 大体、今時は小説を読む若い人は少ない。だから小説を書くという感覚そのものが、もう古いのでは?! 更に推理小説なんて、一部のマニアしか読まない。つまり私はもう、古くてマニアックなのか?!


 いやいや。でも、売れている小説も確かにある。恋愛小説なども、大ヒットする時もある。そりゃあ私も書きたいよ、恋愛小説を! 読者に『まあ、青柳真澄さんてきっと素敵すてきな恋愛をしてるんだわ! 素敵!』とか言われたいよ! でも、どうがんばっても恋愛小説のアイディアは出てこない。推理小説のアイディアならポンポン出てくるというのに、このドチクショー!


 あ、ダメだ。ちる。私の心が、ダーク・サイドに堕ちる……。すると彩里ちゃんに、声をかけられた。

「どうしたんですか、倫子さん? 何だか、疲れた顔をしていますけど?」


 いやいや。こんなくだらないことを、彩里ちゃんにいう訳にはいかない。なので私は、答えた。

「うん、ちょっとね。こんなに天気が良い日は、森の中を散歩したいなーとか考えてたの」


 すると彩里ちゃんは、はじけるような笑顔を見せた。

「良いですね、森の中を散歩。仕事が終わったら、行きませんか? 最近はずいぶん、日も長いので」


 彩里ちゃーん! 元気が出てきたよ、その一言で。彩里ちゃんは皆を元気にする、アイドルだよ! うん? アイドル? そうか、これでいいんだ! 彩里ちゃんはこの刑事総務課の、アイドルだよ! なので私は、答えた。

「うん。仕事が終わったら、散歩に行こう! ありがとう、刑事総務課のアイドルさん!」


 すると彩里ちゃんは少し、疑問の表情になったがうなづいて自分の席に戻った。さあ! 彩里ちゃんに元気をもらったことだし、仕事をがんばりますか! そう決意した次の瞬間、スマホが鳴った。ま、まさか……。


 私がおそるおそるスマホの画面を確認すると、予想通りのメッセージが表示された。『新藤しんどうだ 今すぐにいつもの場所にきてくれ』。はあ、やっぱり……。人がせっかく仕事をする気になったのに、それを邪魔じゃましますか?……。


 でも新藤刑事に呼ばれたら、私は行くしかない。なぜなら新藤刑事は私が、『青柳真澄』というペンネームで推理小説を書いていることを知っているからだ。


 私は警視庁の職員なので、地方公務員だ。そして公務員の副業ふくぎょうは、微妙びみょうだ。だから私は推理小説を書いていることを、誰にも話さなかった。だが以前、このことを新藤刑事に知られてしまった。


 なので私は口が軽い新藤刑事がこのことを言いふらさないように、新藤刑事に呼ばれれば事件の解決に協力してきた。


 そして、今日も行くしかない。私は私と同じ制服、白いワイシャツに黒のベストにひざまでの長さの黒いスカートを穿いている隣の職員に告げた。

「ちょっと鑑識課に、行ってきまーす」


 そして私は鑑識課の隣にある、部屋に入った。そこにはいつも通り、鑑識課の職員の徳永とくなが由真ゆまさんと新藤刑事がいた。この部屋は私たち三人が入っただけでせまさを感じるが、壁は温かさを感じるベージュ色だ。そして事務用のグレーの机とパイプイスがある。


 ふと見てみると由真さんは、ツナギのような青い鑑識課の制服を着て髪型はショートカットでいつも通りニコニコしていた。そして新藤刑事は黒いスーツを着て、いつも通りムダにイケメンだった。


 新藤刑事は、確かにイケメンだ。それは認めよう。髪は軽くパーマがかかっていて、すず目元めもとをしている。そして、スタイルも良い。だから私が所属している刑事総務課には、彼のファンクラブまである。


 だが私は、彼のことがあまり好きではない。なぜなら彼は口が軽くて、いつも根も葉もないウワサ話ばかりしているからだ。私はそういう男は、信用しない。まあ、私とそんな新藤刑事が二人きりでコソコソと話をしていたら、とんでもないウワサが広がるだろう。なぜなら私は、可愛いからだ。


 髪型は肩までの長さのセミロングで、目はパッチリとしている。そしてあしも細く、もちろんスタイルも良い。だからよく刑事たちに、『可愛いね』と言われる。そんな私たちが話しているところを見られないように、この部屋でしかも三人で話をするという配慮はいりょはありがたいが。


 でも、この部屋に呼ばれたということは、また何か警察が解決できない事件が起きたんだろう。私は推理小説を書いているので、色々な犯罪にくわしい。なので、そういう事件が起こると新藤刑事は私に事件を解決するためのアドバイスを求めてきた。


 そして私が的確なアドバイスをすると、事件は解決する。だから新藤刑事は警察が解決できない事件が起きると、また私にアドバイスを求めるという悪循環あくじゅんかんに今、落ちている。私は新藤刑事に、確認してみた。

「私がここに呼ばれたということは、また警察が解決できない事件が起きたんでしょうか?」


 すると新藤刑事は、首を左右に振った。

「いや、今回は違う」


 え、今回は違う? それじゃあ私は一体、何のためにここに呼ばれたんだろう? そう聞いてみると、新藤刑事は話し出した。

「お前は俺の大学の時の友達の、中越なかこしという男をおぼえているか?」


 私は記憶を辿たどってみると、思い出した。

「ああ、確か国税査察官こくぜいささつかんをしているんでしたよね」


 そう言った時、カンが良い私は気づいた。

「まさか今回も、脱税事件だつぜいじけんにアドバイスをしろって言うんですか?!」


 すると新藤刑事は、当然のように頷いた。

「ああ、その通りだ」

「何だ、今回は脱税事件ですか……」


 すると新藤刑事は、少しイラっとした表情になった。

「何だとは、何だ。脱税だって、犯罪だぞ。事件だぞ」

「はいはい。それは、分かってますよ」

「だから今回も、がんばってくれ」


 私はその言葉に、イラついた。私が脱税事件にアドバイスをすることを、当然のように思っているからだ。なぜ刑事総務課で働いている私が、そんなことをしなければならないんだろう。なので私は、この部屋にあるパイプイスに座ってふんぞり返った。


 そしてイラついた気持ちを落ち着かせるために、机を右手の人差し指で軽くたたいた。コンコンコンコンコンコンコンコン。すると少し気持ちが落ち着いたので、私は新藤刑事に聞いてみた。

「それでは、詳しい話を聞かせてください。でもその前に、一つ条件があります」


 新藤刑事は、疑問の表情になった。

「条件?」

「はい。私がその脱税事件にアドバイスをしたら一体、どんなメリットがあるんですか? 報酬は何ですか?」


 すると新藤刑事は、少し考える表情になった後に答えた。

「それじゃあ明日一日、刑事をやってみるっていうのはどうだ?」


 私はもちろんその提案に、飛びついた。い、一日、刑事になれる?! もし、そうしたらそれは貴重な経験になることは間違いない。それを経験すれば色々な事を知ることができて、私が書いている警視庁の刑事が主人公の推理小説が、よりリアルになって面白くなること間違いなしだからだ! だから私は、新藤刑事をかした。

「それじゃあ、その脱税事件のことを詳しく教えてください!」


 するとこの言葉を聞いた由真さんは、うれしそうに更にニコニコした。

「あら~、倫子ちゃん。今回も、やる気になってくれたのね~。がんばってね~」


 うん。いつもお世話になっている、由真さんも期待している。これは、がんばらなければ! そう決意すると新藤刑事は、資料を見ながら脱税事件の説明を始めた。


   ●


 今回、中越たち国税査察官が捜査そうさしたのは白洲しらす美央みお、四十三歳。今、最も売れてるオールインワンの化粧品を作って売っている会社の社長だ。


 オールインワンの化粧品とは化粧液けしょうえき美容液びようえき乳液にゅうえき、クリームの美容成分がまとまって入っている化粧品なので最近、よく売れている。


 でも去年、納税のうぜいした金額を調べてみると予想よりもだいぶ少なかった。なので中越たちは美央がもうけた金を隠して所得しょとくを少なく見せて、少なく納税したのではないかと考えた。それで美央の自宅を、捜査した。


 美央は独身で、都内の大きな一軒家に一人で住んでいた。だがやはり一人暮らしは、さびしいのだろうか。美央は、犬をっていた。玄関の脇に犬小屋いぬごやがあり、その中に一匹の柴犬しばけんがいた。


 犬小屋は側面が一部、断面だんめん台形だいけいの茶色のレンガのようなモノで作られていて、その他は普通の茶色のレンガで作られていた。中越たちが玄関にあるインターフォンを押すと、不機嫌ふきげんな声が返ってきた。

「何? どちら様?」

「国税査察官です。失礼ながらあなたに脱税の容疑がかかっているので、お宅を捜査させていただきたいんですが」


 すると美央の、冷静な声が返ってきた。

「どうぞ、お好きに。私は脱税なんて、していないから」


 そうして中越たちの、捜査が始まった。美央の家にはリビングにキッチン、風呂場にトイレ、寝室に書斎しょさいなどたくさんの部屋があった。もちろん全ての部屋を、すみずみまで探した。だが隠してある現金や金目かねめのモノは、見つからなかった。


 一軒家の横にプレハブの小屋があったので、当然そこも探した。だがやはり、金目のモノは無かった。なので中越たちは、美央が借りているレンタルルームを調べ出して探したが、やはり金目のモノは無かった……。


   ●


 私は由真さんがれてくれた美味おいしいコーヒーを飲みながら、頷いた。

「なるほど」


 すると早速さっそく、新藤刑事は聞いてきた。

「どうだ、分かったか、美央が金目のモノを隠している場所が? それとも美央は、実は脱税はしていないのか?」


 なので私は、答えた。

「いえ、脱税しているでしょうね。国税査察官が納税額が少ないと目を付けたなら、やはり脱税しているんでしょう」

「そ、そうか。で、どうやって脱税したか分かったのか?!」


 私は、少し考えてから答えた。

「やはり、もうけたお金であるモノを買って所得を少なく見せて、少ない金額で納税して脱税したのでしょう」


 すると新藤刑事は、真剣な表情で聞いてきた。

「だから、その方法は分かったのか?!」


 相変わらず新藤刑事は、事件を解決するためには真剣になる。そしてそこだけは私は、尊敬そんけいしている。だから、教えた。

「中越さんに、伝えてください。犬小屋を、調べてくださいと」


 すると新藤刑事は今度は、疑問の表情になった。

「は? 犬小屋? どうして、そんな場所を?」


 はあ。今、その疑問に答える時間がもったいない。なので私は新藤刑事に、発破はっぱをかけた。

「いいから、この脱税事件を解決したかったらすぐに伝えてください!」


 すると新藤刑事は、「あ、ああ。分かった」と言い残してこの部屋を出て行った。すると一安心した私に、由真さんが聞いてきた。

「う~ん。私にも、分からないんだけど~。ひょっとして犬小屋の中に、お金を隠しているとか?~」

「いえいえ。さすがにそれでは、国税査察官にすぐに見つかってしまうでしょう」

「え~。それじゃあ、どこに隠したのかしら~」


 なので私は、答えた。

「私は思うんですよ、由真さん。この世には、断面が台形っていう不自然なレンガなんて無いって」

「え?」


 まだ由真さんは疑問の表情だったが、私はこの部屋を出た。

「事件が無事に解決したら、ちゃんと説明しますよ。それじゃあ今日もコーヒー、美味しかったですよ」と言い残して。


   ●


 昼休み。私は刑事総務課の自分の席で、まったりとしていた。さっき彩理ちゃんとこの警視庁内の食堂で食べた、カツカレーを思い出していた。もちろん、美味しかった。本当に、カツカレーを考えた人って天才だと思う。カレーとカツ、それぞれが美味しいのによく、組み合わせてくれました! 


 カレーはちょっとだけからく、でも後を引く辛さだった。そして私はそれを、カツにかけて食べてみた。そうすると食べると少し肉ところもの甘さを感じるカツが、ご飯を食べたくなる辛さになる。そして私はカレーをかけたカツとご飯を、一緒いっしょに食べてみた! 


 するとご飯の甘みとカレーをかけたカツの辛さのハーモニーが、口の中に広がって私は生きている幸せを感じた。うん、すごく満足した。


 と、カツカレーの思い出にいつまでも、ひたっている場合ではない。小説のアイディアを、考えないと。私はスマホの、メモを開いた。


 今、考えている小説は異世界を舞台ぶたいにした、推理小説だ。勇者が剣にどくの魔法をかけて戦い、剣によるダメージではなく毒で魔王を倒すことは決めた。だが、これだけでは小説の量が足りない。勇者が魔王を倒すのは、ラストだ。それまでに、色々なエピソードを考えなくてはならない。


 最も妥当だとうなのは、魔王を倒す前にこまりごとがある町や村に立ち寄って、それを解決することか。うーむ、どういう困りごとにしようか?……。


 と、そこまで考えているとスマホが鳴った。スマホを見てみると、予想通りのメッセージが表示された。『新藤だ 今すぐにいつもの場所にきてくれ』。よし、今回も事件は解決したようだ。ならば、報酬をもらわねば!


 私は報酬欲しさに急いで、鑑識課の隣の部屋に向かった。やはりそこにはすでに、由真さんと新藤刑事がいた。私はすぐに、新藤刑事に聞いてみた。

「どうでしたか、新藤刑事! 事件は解決しましたか?!」


 すると新藤刑事は、説明を始めた。

「ああ。中越に『美央の自宅の犬小屋を調べろ』と伝えたら、やつはすぐに調べたそうだ。そして、金塊きんかいを見つけた。犬小屋の一部に使われていた断面が台形のレンガだと思われていたモノは、金塊だった。レンガと同じ茶色のペンキをって、カムフラージュされていたそうだ。だが、どうしてそれが分かった?」


 なので私は、答えた。

「そんなの、簡単ですよ。断面が台形になっているレンガなんて、見たことも聞いたこともありません。そのかわり、断面が台形になっている金塊なら有名なので知っていますけど。だからそれはレンガではなく、金塊だと思ったんですよ」

「なるほど」


 そして新藤刑事は、続けた。

「中越によると見つかった金塊の時価総額は、約五億円だそうだ。それだけの所得しょとくを、隠していたんだ。これは立派な、脱税事件だ」

「でももう、解決したんですよね」

「ああ、そうだ。お前のおかげでな」


 ならばと私は、新藤刑事を急かした。

「それなら、報酬をくださいよ! 明日一日、刑事になるという報酬を!」


 すると新藤刑事は、あっさりと答えた。

「ああ、それな。課長に聞いてみたんだが刑事総務課の職員を刑事にすることは、やっぱりダメらしい。てへ」


 そ、そんな……。明日一日、刑事になって色々な経験をして、それを元にしてリアルな推理小説を書こうと思ったのに……。いや、私はこの事態を予想していた。


 今まで新藤刑事には散々さんざん裏切うらぎられた。だから今回もこうなるんじゃないかと薄々うすうす、考えていた。だが明日一日、刑事になれるという報酬にられて、私はまた新藤刑事におどらされた……。


 するとその張本人ちょうほんにんである新藤刑事は、この部屋を出て行った。

「それじゃあ俺は、まだ仕事があるから」と言い残して。あと、ムダにさわやかな笑顔を残して。


 そしてそれを見ていた由真さんは、言ってくれた。

「今回も事件を解決してくれて良かったわ、倫子ちゃん~。これからコーヒーを淹れるけど、飲んでいく?~」


 私はもちろん、頷いた。そして由真さんが淹れてくれた美味しいコーヒーを、三杯飲んだ。ヤケ酒ではなく、ヤケコーヒーだった。それでも元気を取り戻した私は、由真さんにお礼を言って部屋を出て刑事総務課の自分の席に戻った。


 だが私は、ため息をついた。美央のこれからを、考えたからだ。脱税は、立派な犯罪だ。だから美央も逮捕たいほされるし、会社のイメージのダメージも大きいだろう。もはや以前のように商品は、売れないだろう。


 そうすると社員の給料にも当然、影響があるだろう。いや、もしかすると会社の売り上げが落ちて、リストラされる社員も出てくるかも知れない。


 たった五億円のために、ここまで大事おおごとになる。美央なら五億円くらい、簡単にかせげただろうに。やっぱり犯罪は、わりに合わないな。はあ……。

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刑事総務課の羽田倫子は、安楽イス刑事でもある その九 久坂裕介 @cbrate

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