第13話 『一緒にいたい』がスキルになりました。

「では、次は『緑乱の賢者』の能力を決めましょうか」

 契約を終えたばかりの僕に向かって、ヴェルトがやわらかく微笑む。

「え?」

 草の香りと星の輝きの中で、彼の声だけがやけに真っ直ぐに響いた。

「緑乱の賢者として、あなたが使う力の内容です」

 ヴェルトの口から飛び出したその言葉に、僕は思わずまばたきした。

「えっ、スキルとかじゃなくて?」

「そうですね。正確には状態です」

「状態?」

「これは通常のスキルのように使い切りや装備ではなく、変身や覚醒のような一時的な特殊状態です」

「なるほど」

 特殊なバフみたいなものってことか。

「あなたが緑乱の賢者として覚醒したときに、どんな能力を持つか。その詳細を、これから一緒に決めていきます」

「そんなの、僕が決めていいの?」

「もちろん。契約者の意思に沿って、力の形は調整されるんです。竜の力は『選ばれた者の望み』に呼応するものですから」

 まるでキャラクリ画面で【ボーナススキルを選んでください】と言われた時のような感覚。

 でも、雰囲気はそれよりもっと重い……いや、神聖というか、荘厳な感じさえある。

「じゃあ、たとえばどんな?」

「どんなのって、何でもです」

「へ?」

「空を飛びたいとか、変身したいとか、最強の攻撃力が欲しいとか、どんな攻撃でも死なないとか……まあ、この世界で再現できるものなら何でもです」

「何でも……」

 ゲームの世界でどんな力でも作れる。

 そんなことが可能だなんて。

 でも、そんなことをしてゲームバランスは崩れないのだろうか。

 疑問に思ってしまう。

「ねぇ、何でもって、そんなことをしたら大変なんじゃない?」

「まあ、そうですね」

 ヴェルトはクスッと笑った。

 いつもの彼とは違う雰囲気の笑顔。

「作ったスキルによってはペナルティや制限が発生しますね」

「やっぱり……」

 そうじゃないかと思っていた。

「でも、それはスキルを決めてからになります。内容によって決まるので」

 ヴェルトはジッと見つめてきた。

「ユーマさん、あなたはどんな力が欲しいですか?」

 そう問われて、僕は言葉に詰まった。

 戦闘に役立つスキル……攻撃力?防御力?回復?

 いや、そんなことよりも、もっと根本的なものが――。

(僕が……欲しい力……)

 心の奥をそっと覗き込むように考えてみる。

 そうして浮かんできたのは、誰かと一緒に戦いたい、という気持ちだった。

 ひとりで戦うのは怖い。

 ひとりで考えて、決めて、失敗して――責められるのが怖い。

 でも、誰かと一緒なら。

 ヴェルトが隣にいてくれるなら。

 きっと、もう少しだけ前を向ける気がした。

「……一緒にいたい」

 口から漏れたのは、たったそれだけの言葉だった。

「え?」

 ヴェルトが少し目を見開く。けれど、すぐにふっと微笑んだ。

「それが、あなたの望みですか?」

「僕は……強くなりたいわけじゃない。誰かと、ちゃんと並んで、戦えるようになりたい……ヴェルトと、一緒に、同じ目線で」

 戦い方を教えてくれたのも、支えてくれたのも、最初に優しくしてくれたのもヴェルトだった。

 ずっと隣にいてくれたから、今の僕がある。

 そんな彼に、ただ守られてばかりなのは嫌だった。

 だから――。

「僕、君と……一緒に入れたら、嬉しいな」

 その言葉に、ヴェルトの表情が静かに変わった。

 まるで、風が緑の葉をそっと揺らすように。

「……それは、同化ですね」

「……どうか?」

「いえ。いい案です。『緑乱の賢者』として、竜の力と完全にリンクし、一時的に僕と一つになることで、竜の力そのものを宿す状態になります」

「それって……いや、そういう意味じゃなくて」

『一緒に戦いたい』って考えただけで、一つになりたいって言ったわけじゃなくて。

 でもヴェルトの説明は止まらない。

「単純なスキル内容ですが、単純だからこそ、強いスキルです」

 戸惑いはあった。

 まさか『同化』なんて言葉が返ってくるなんて思ってもいなかったし、言った本人としてはそこまで深く考えていたわけでもない。

(僕が欲しかったのは、並んで戦える力であって、一つになるって……)

 でも、ヴェルトの説明を聞くうちに、少しずつ、その意味が変わっていく気がした。

 一緒に戦う。

 一緒に動く。

 思考も感覚もリンクして、まるで二人で一人になるような戦い方。

 それって――ちょっと、面白いかもしれない。

 ソロプレイしかしてこなかった僕にとって、そんな連携は未知で、でもどこかワクワクするものだった。

「当然、強力です。ですが、このスキルだと」

 ヴェルトが指先を立て、やわらかく言った。

「デメリットも生まれます。その力は、あなた自身のレベルを燃やして引き出されるものです。発動中は、毎分レベルが2ずつ低下します。1になれば、強制解除される」

「……なるほど」

 簡単に強くなれるわけじゃない。

 ちゃんと代償がある。

 でも――それでもいい、と思えた。

 僕は、ヴェルトと一緒にいたいから。

 その力を、使いたいと思ったから。

「これで、決まりですね」

 ヴェルトが手を差し出す。

 僕もそっと、その手を取った。

 心の奥に、やわらかく光が灯るような感覚。

 そうして、生まれた力の名前が、頭の中に響いた。

 ――《緑乱の賢者》

 草原を風が渡っていく。

 その風の中で、僕たちは確かにつながった。

 ヴェルトは僕の目を見つめる。

 その緑の瞳は、夜の草原よりも深く澄んでいた。

「これは、あなたと私、ふたりの力です」

 契約は終わった。

 能力は決まった。

 でも、それは始まりでしかない。

 風が揺れる。

 遠くで梢がそっと鳴いた。

 僕は、うなずいた。

「うん。一緒に、がんばろうね」

「ええ。ユーマさん」

 微笑み合う僕たちの頭上、星々が静かにきらめいていた。

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