第7話 戦闘は経験がものを言うらしい。
目の前に現れたのは、赤い目をしたウサギのような魔物―――ホーンラビット。
ふさふさの白い毛並みに、鋭く伸びた一本の角が特徴的な魔物だった。
「ホーンラビットですね。スライムより素早く、突進攻撃をしてきます」
ヴェルトが穏やかに説明する。
「ユーマさん、まずは観察してみてください。動きの癖を掴むと、戦いやすくなりますよ」
「うん、わかった」
僕は慎重にホーンラビットを見つめた。
ゲームにはまだ慣れていない。でも、戦闘の経験はある。
ずっとやり込んできた一人用のVRゲームで培った、戦闘の基本は身についているはずだ。
(相手の動きを見極めて、攻撃のタイミングを計る……いつも通りだ)
ホーンラビットはぴょんと跳ねたかと思うと、地面を蹴って一直線にこちらへ向かってきた。
突進攻撃―――予想通りの動きだ。
そのまま直撃を受けるわけにはいかない。
「っ……!」
僕は反射的に一歩横に跳び、ギリギリのところで回避する。
地面を蹴る感触も、視界の流れもリアルそのものだ。
だけど、驚くほど自然に動けた。
(動きに違和感はない。これなら……いける!)
スライムとは違い、ホーンラビットは動きが速い。
じっとしていることはなく、常に跳ねながらこちらを狙っている。
狙いを定めるのは難しいが、相手の動きを見極めれば――。
「ここだっ!ファイアボール!」
僕は突進してきたホーンラビットの進路を読んで、炎の球を放つ。
狙いはホーンラビットの着地地点。
ゴォッ!!
炎の塊が炸裂し、ホーンラビットの身体が弾かれる。
(……よし、当たった!)
しかし、まだ倒れていない。
すぐに態勢を立て直し、再びこちらへ向かってくる。
(リキャストが終わるまで、どうしよう……)
僕は後ろへ跳びながら、ホーンラビットの動きを観察する。
左右へフェイントを入れながら突進する動き。
単純に見えて、意外と回避しづらいパターンだ。
でも、軌道を読めば対処できる。
「ファイアボール!」
二発目の火球を、フェイント後の軌道を読んで放つ。
見事に直撃し、ホーンラビットの体が大きく揺れた。
だけど、まだ少しだけ体力が残っている。
リキャストを待つ時間はない。
(それなら!)
確実に仕留める方法を選ぶべきだ。
僕は躊躇なく前へ踏み込んだ。
素早く杖を振り下ろす。
「―――っ!」
ゴンッ!
杖がホーンラビットの頭部を直撃すると、ホーンラビットはぴくりと震え、そのまま光の粒となって消えていった。
その場に、小さな角のアイテムが転がる。
「……やった」
思わず息を吐く。
スライムとは違い、かなり動きのある相手だったけれど、対処できた。
「お見事です」
ヴェルトが微笑みながら拍手を送る。
「ユーマさん、まるで長年この世界で戦っていたような動きでしたね」
「え、そんなこと……」
「ふふ、謙遜しなくてもいいですよ。スライムの時よりも、さらに戦闘に慣れてきた感じがします」
ヴェルトの言葉に、僕は少し考える。
確かに、まだこのゲームを始めて間もないけれど、少しずつ戦闘の感覚が掴めてきた気がする。
「ありがとう。システムに、ちょっと慣れてきたかも」
そう素直に言うと、ヴェルトは優しく微笑んだ。
「それは何よりです。少しずつ、この世界の戦闘にも馴染んでいきましょう」。
その時。
「……っ!」
ヴェルトがわずかに目を細めた。
直後、草むらの奥から三匹のホーンラビットが姿を現す。
「ホーンラビットがリンクしましたね。戦闘の気配に反応して、周囲にいる同系統の魔物が集まってくる現象です」
「……マズい?」
「いえ、大丈夫です」
ヴェルトは微笑みながら、一歩前へ出る。
「少し、お手本をお見せしましょうか」
ヴェルトの手がすっと宙をなぞるように動く。
次の瞬間。
「エアブレード」
ヒュンッ!!
目に見えない刃が空気を裂き、三匹のホーンラビットを一瞬で切り裂いた。
一拍遅れて、静寂が訪れる。
次の瞬間、ホーンラビットたちは微動だにせず―――そのまま光の粒となって消えていく。
その場には、それぞれのアイテムが落ちていた。
「…………」
僕はしばらく呆然としていた。
……一瞬だった。
「ユーマさん、どうかしましたか?」
「……いや、すごすぎない?」
「そうですか?」
ヴェルトは涼しい顔をしている。
「これくらいなら、まだまだ基礎レベルですよ」
(基礎レベルって……こんなの、普通の初心者には絶対できないよね)
改めて、ヴェルトがどれほどの実力を持っているのかを思い知らされる。
「これが……プレイヤースキルの差、なのか……?」
呟いた僕に、ヴェルトはにこりと微笑む。
「ユーマさんも、すぐにこうなれますよ。今の動きを見て、何か気づいたことはありますか?」
「えっと……動きが無駄なくて、範囲魔法?」
「正解です」
ヴェルトは満足そうに頷いた。
「魔法の扱い方は、一つではありません。状況に応じた選択をすることで、より効率的に戦えますよ」
「なるほど……」
こんな戦闘ができるようになったら――もっと楽しいかもしれない。
「よし、じゃあ、もう一戦やってみよう!」
ヴェルトのように、とはいかないかもしれないけど、もっと上手く戦いたい。
自然と、そんな気持ちが湧き上がっていた。
「ふふ、いいですね。では、次は少し違うタイプの魔物を相手にしてみましょうか」
ヴェルトが示したのは、さらに奥の草むら。
そこには――また新たな影が動いていた。
(まだまだ、ここからだ……!)
僕は再び杖を構え、新たな戦いに備えた。
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