【異世界便秘】トイレするほど強くなる 〜経験値が発酵したらスゴかった〜

@mugibouzu

第1話 便秘で死んだ男、異世界へ

俺の人生、 まさかこんな形で終わるとは思わなかった。




壮絶な戦いの末──ではなく、便秘で死んだ。




冗談みたいな話だが、本当の話だ。




数日前……

俺はバイトを辞め、

ゲームに明け暮れていた。


昼食をとるのも忘れ、ただひたすらにプレイを続けていた。


気づけば夜になっていて、腹が減ったのでコンビニで買った大盛りカレーと唐揚げ弁当を一気にかき込んだ。


さらに、デザートにプリンとシュークリームを流し込む。


満腹になった俺は、再びゲームを始める。




それから数日、俺の生活は変わらなかった。


ゲーム、飯、寝る。


これを繰り返すだけの引きこもり生活。


唯一の問題は──便が出ないことだった。




「まぁ、そのうち出るだろ」




そう高を括っていた。


だが、それは甘かった。




三日が経ち、四日が経ち、五日が経った。


下腹部がパンパンに膨れ、痛みがじわじわと強くなっていく。




六日目。痛みは限界を迎えた。


冷や汗が止まらない。脂汗が額を流れ、顔は青ざめていく。




「くそっ……なんでこんな……っ!」




意を決して、トイレに駆け込む。


便座に座り、深呼吸。両手を握りしめ、全力で腹に力を入れた。




「ぐぅぅ……く、くるか……? いや、まだ……! もう少し……!」




膨れ上がった腹が、まるで爆発寸前の風船のように悲鳴を上げている。




「頼む……出てくれ……!!」




しかし、便意はあるのに、まるで動く気配がない。




七日目、もはや腹が痛いのか、苦しいのか、何もわからなくなっていた。


身体が重く、動くたびに鈍い痛みが走る。




「もう……ダメかもしれん……」




俺は便座に座ったまま、意識が遠のいていった。




「こ……のままじゃ……出る前に……俺が……」




最後の力を振り絞るが、視界は暗転し、俺は意識を手放した。




そして──俺は、死んだ。






---






目を開けると、そこは真っ白な空間だった。




「お前、便秘で死んだのか? やばすぎだろHAHAHAHAHAHA!!!」




目の前には、光輝く神がいた。




いや、笑いすぎだろ。


神が涙を流して腹を抱えて笑っている。




「お前、前世でどんな生活してたんだよ!」




「……引きこもってゲームして、飯食って、寝てました……」




「HAHAHAHAHAHA!!!」




神はまたしても大爆笑する。




「お前、面白いから異世界転生させてやるよ! ただし──」




「レベルアップ無しな!」




「はぁ!?」




「だってお前、便秘で死んだんだろ? それで最強とかになったら俺の腹筋崩壊するから、成長できない体にしとくわ」




「フザけんな!!」




「ついでに、名前は『便太郎』で決定な!」




「フザけんなああああああああ!!!」




俺は光に包まれ、強制的に転生させられた。




---





転生した瞬間、俺は地面に放り出されていた。




「い、いきなりかよ……!」




周囲を見渡すと、そこは森の中だった。


木々の間から差し込む陽光が目に痛い。鳥のさえずりが響き、土の匂いが鼻をつく。




「……とりあえず、状況を整理しないと」




俺は立ち上がり、服装を確認する。




「なんだよこのダサい服……!? 」




Tシャツと短パンとサンダルって…




もう少しなんとかしてくれよ!神!




そんなことを愚痴っていると、突如、茂みの奥から獣の唸り声が聞こえた。




「やば……え、なに、モンスター!? ちょっ……!!」




突如飛びかかってくる巨大な狼!


俺は必死に後ずさるが、間に合わない!




「うわあああああ!!」




しかしその瞬間、




ズバァッ!!




俺の目の前で、狼の魔物が真っ二つになった。




「……え?」




「おい、大丈夫か?」




俺を助けたのは、鎧を着た戦士の男だった。




「ラッキーだったな。レベル上がっただろ?」




「え?」




「今倒したのはかなりの高レベルモンスターだ。共闘扱いだから、お前も経験値入ったはずだぞ?」




「まじで?」




戦士が俺のスキルボードを開いて確認する。




「……お前、レベル上がってねぇのかよ!!!しかもレベル1って!!!」




戦士は爆笑しながら去っていった。




「本当に上がらないのか……なんで俺だけ……」




俺は呆然と立ち尽くした。





---





最弱のスライム相手に、俺は死に物狂いだった。


「くらえええええ!!」


必死の剣撃を振るう。


ぬちゃっ。


……手応えがない。


俺の木の棒がスライムの体を叩くが、ぷるんと弾かれるだけ。


「な、なんで!? なんで効かねぇんだよ!」


スライムはのんびりと跳ねながら、じわじわと近づいてくる。


「やべぇ、こいつ殺る気だ……!」


焦る俺の足元に、スライムの粘液がじわじわと広がっていく。


「うわっ、足が……!」


靴底が粘液に絡まり、動きが鈍る。


「こ、こんな奴に負けるわけには……!」


俺は振り上げた木の棒を、ありったけの力で叩きつけた。


バチン!!


木の棒が跳ね返され、衝撃が俺の手に伝わる。


「ぐっ……クソッ……!!」


手がしびれ、汗が吹き出る。


その間にスライムが体当たりしてきた。


「うわあああ!!」


ボヨン、と弾力のある衝撃が俺の腹を襲う。


吹っ飛ばされ、地面を転がる。


「がっ……痛ぇ……!」


体中が砂だらけになり、膝をつく。


スライムはまるで俺の苦痛を楽しむかのように、跳ねながら迫ってくる。


「くそっ、もうダメだ……!!」


俺は必死に立ち上がり、走った。


もう、戦うどころじゃない。


「やめろおおおお!! こっち来んなあああ!!」


涙目になりながら、俺はスライムから逃げ続けた。


そして、ようやく視界の端に森の出口が見えた。


「た、助かった……!」


全力で駆け抜け、街へと転がり込む。


こうして、俺はスライムにすら勝てず、ただ逃げ延びるしかなかったのだった。





---





スライムにすら勝てない俺は、その後も苦難の日々を送っていた。


そして、街へ行けばレベルが上がらないことを馬鹿にされ、街人に笑われる。


「なあ、聞いたか? あいつ、どれだけ戦ってもレベル上がらないらしいぜ。」


「マジかよ、そんな奴いんのかよ? そもそもどうやって生きてるんだ?」


「しかも格好があれだぜ?」


くすくす……


「Tシャツ、短パン、サンダルって!!」


「ははは、場違いすぎるだろ! あれで冒険者かよ!」


「しかも、モンスター倒しても経験値が無駄になるとか……いや、そもそも入ってないのか? どっちにしろ意味ねぇな!」


「なんか哀れになってきたな……いや、でも笑えるわ!」


あの戦士が言いふらしたんだろうか……


俺のことを知らない人間まで、まるで見世物のように噂をし、指をさしてくる。


悔しい。怒りが込み上げる。しかし、何も言い返せない。



そして、あの戦士が偶然通りがかった。



「どけゴミ」


と冷たく吐き捨てるように言われた次の瞬間、強烈な蹴りが便太郎の腹に突き刺さった。


「ぐっ……!!」


衝撃で体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。背中に激痛が走り、肺の中の空気が一気に押し出された。


「がはっ……」


砂埃が舞い上がる中、しばらく呼吸すらままならない。


戦士は嘲笑いながら足を鳴らし、吐き捨てるように言う。


「邪魔なんだよ、レベル1のくせに街をウロウロしてんじゃねえ」


周囲にいた他の冒険者たちもクスクスと笑い声を漏らす。


「また吹っ飛ばされてるよ、あいつ」


「ほんと、見てて情けねえな」


体中が痛む。しかし、痛み以上に悔しさが込み上げる。


涙がこみ上げそうになるのを必死にこらえ、震える腕でなんとか上体を起こす。


(クソ……なんで俺だけ……こんな目に……)





---





翌日、

悔しくてスライムを必死で倒そうと試みる便太郎。


しかし、何度叩いても弾かれる。木の棒を振るっても、ただぷるんと跳ねるだけ。


「なんで……なんで倒せないんだ……!」


息が上がり、全身が汗だくになる。目の前のスライムは何も気にせずのんびりと跳ね続けていた。


---



それでもレベルアップを諦めきれず、

冒険者を見つけては、恥を捨て、「共闘させてください」と懇願し、

なんとか経験値を得ようとする便太郎。


しかし、どの冒険者も鼻で笑い、


「お前と共闘しても足手まといになるだけだろ?」


「共闘? ただの寄生じゃねえか」


と冷たく突き放す。


それでも諦めず、何度も声をかけ続ける。


ある時、一人のベテラン冒険者がため息をつきながら教えてくれた。


「この世界の平均レベルは4だ。普通に暮らしてりゃ、そこまで上がる」


「強い戦士でレベル7。そんなのは限られたやつだけどな」


「お前は……レベル1、だろ? しかも、上がる気配すらねぇ……」


冒険者は呆れたように首を振る。


「なんで俺だけ…」


膝をつき、拳を地面に叩きつける。


どれだけ努力しても、どれだけ頑張っても、何も変わらない。


時には馬鹿にされ、時には罵倒され、それでも食い下がる便太郎。


そんな日々が何日も続くも、


それでも一向にレベルはあがらず……


身体だけが疲れ果て、心だけがすり減っていった。


「もう……無理なのか……?」


空を仰ぐ。


何も変わらない世界が、ただ広がっていた。





---





便太郎は、レベルアップをしないだけで経験値は付与されてはいた。


しかし、便太郎のスキルボードに反映されることはない。

あたかも存在しないもののように、ただ蓄積されるだけだった。


本来ならば、経験値を獲得すれば一定の数値に達した時点でレベルアップという形で解放され、身体能力の向上や新たなスキルの習得が可能になる。

しかし、便太郎の場合、その機能が完全に停止している。


経験値はどんどんと溜まり続けるが、出口を塞がれたダムのように発散されることがない。


体の内側に見えない負荷がかかり続け、徐々に異常な圧力となって便太郎を蝕んでいく。


そして、あろうことか昇華できない経験値が体の奥深くに滞留し、まるで異物のように蓄積されていった。


これは、まさに“経験値便秘”だった。


普通の冒険者であれば、獲得した経験値は成長の糧となり、自身を強化していく。

しかし、便太郎の体はまるで膨れ上がる風船のように、不要な負荷を抱え込み続けていた。


やがて、それは次第に変質していく。


蓄積され、飽和状態となった経験値は、ある時点を境に異質な変化を見せた。


それはまるで、時間をかけて熟成された発酵物のように。





---





そして、とうとうお腹が痛くなり、 トイレへ駆け込む便太郎。


突如として腹の奥底から強烈な圧力が襲いかかる。

全身に冷や汗が滲み、額からは脂汗が滴る。


「くっ……なんだ、この痛み……!」


まるで体の中で何かが暴れ、出口を求めて蠢いているかのようだった。

胃の奥が軋み、腸がねじれたような感覚が襲う。


便太郎は急いで便座に座り、息を整える。


「頼む……出てくれ……!また便秘で死ぬなんてごめんだ!」


全身に力を込める。

しかし、それだけでは足りない。


「ぐっ……くそ……なんで……こんなに……っ!」


腹の中で何かが渦巻く。

圧縮された何かが破裂しそうな感覚。

これまでに経験したどんな痛みよりも強烈だ。


「こんなの……死ぬ……!!」


全身の血管が膨れ、額には無数の汗が滲む。


その瞬間——


「うおおおおおおおお!!!」


全身を貫く衝撃。

まるで一気に体の中の膨れ上がった風船が弾けるような衝撃が走る。


便太郎の体がビリビリと震え、視界が一瞬白く飛ぶ。


「な、なんだ……これ……!」


張り詰めた何かが一気に弾け、全身の内側から解放される感覚。


「す、すごい……! いや、なんだこれ……!」


久しぶりの便通に喜ぶ便太郎。


しかし!


「な、なんだこれ……!?」


便太郎は驚愕する。


とてつもないスッキリ感と解放感。

そして、今まで味わったことのない謎の充実感が体を駆け巡る。


「こんなに体が軽い……? 頭までスッキリしてる……?」


目を閉じると、全身を包み込むかのような暖かい感覚。

体の内側が透き通るような、未知の感覚が広がっていく。


胸の奥から、まるで新しいエネルギーが湧き上がるような感覚。


そして、あまりの快便感に、 いったいどんなモノが出たのかと確認する便太郎。


しかし、便器には一欠片の便もない。


「え……? いったい何が出たんだ……?」


違和感を覚えながらも、明らかに自分の体に異変が起きていることを感じる。


「何かが……違う……」


知らぬ間に体が軽くなり、周囲の空気が肌に心地よく触れるようになっていた。


指先を動かすだけで、まるで風を切るような感覚。

普段とは明らかに違う。


そして、その瞬間——


「……ん? なんだ?」


全身が淡い光の粒子に包まれた。


「うわっ……!?」


眩しい光が、ゆらめきながら便太郎の体を覆う。

温かく、優しく、それでいて力強い。


「これは……!?」


便太郎は気付いていなかった。


発酵した経験値が体から排出された瞬間、その発酵経験値がオーラとなり体を覆い、 便太郎を強化していたのだ。


全身から淡い光の粒子が立ち上る。


まるで、新たな力が生まれようとしているかのように。



経験値が発酵するなど、誰も知らない。


発酵経験値の効能など、神すらも知らない。



便太郎は呆然としながら、握った拳をゆっくりと開く。


その指先に宿る力。


「……力が、湧いてくる……!」


発酵経験値の効能は——


「異常レベルアップ」





---





トイレから出ると、 便太郎を蹴飛ばした、あの戦士が目の前に立っていた。


「おいおい、てめえ……どこ行ってたんだ?」


低く、冷ややかな声が響く。


 戦士は腕を組み、口元に嫌らしい笑みを浮かべていた。


「お前が便所だぁ? へぇ〜、ずいぶんと贅沢なこったな。いっちょ前に便所なんか使ってんじゃねえよ! 野糞しろ! 野糞! わははは!」


周囲にいた冒険者たちも、その言葉に同調するようにクスクスと笑い声を上げる。


「こいつ、本当にレベル1のままなのか?」


「そんなヤツが冒険者名乗ってんのが笑えるよな!」


「ああ、なんで生きてるんだろうな?」


笑い声がどんどん大きくなっていく。 


便太郎は歯を食いしばる。 悔しい。


 今まで何度こういう仕打ちを受けてきたかわからない。


「……」


戦士は、便太郎の沈黙を嘲るかのように、 「気に食わねえな」と呟くと、 無造作に足を振り上げた。


「とっとと消えろ、ゴミが!!」


鋭く放たれる蹴り。


しかし——


その瞬間、便太郎の体が勝手に動いた。


無意識に伸びた腕が、振り下ろされる足を払う。


「……は?」


一瞬の静寂。


次の瞬間——


ズガガガッ!!


轟音とともに砂煙が激しく舞い上がる。


 地面がえぐれ、 周囲にいた冒険者たちが一斉に息を呑む。


「……え?」


戦士は、気を失いかけながらも、信じられないという顔で地面に転がっていた。 


「な、なんだ……? 俺が……吹っ飛ばされた?」


戦士自身も状況を理解できず、 呆然と便太郎を見上げる。


便太郎は、まるで自分の体が別のものになったかのような感覚に襲われていた。


「ど、どういうことだ……?」


ゆっくりと開いた自分の手のひら。


 指先がじんじんと熱を帯び、 血が沸騰するような感覚が広がっていく。


まるで、 今までとは違う“何か”が目覚めたかのような感覚。


「お、おい……こいつ……」


周囲の冒険者たちがざわつく。


 誰もが信じられないような目で便太郎を見つめていた。


「レベル1のクズが……何をした?」


「いや、ありえねえ……ありえねえだろ……!」


戦士はよろよろと立ち上がろうとする。


 しかし、足が震えている。


「ちくしょう……」


悔しそうに拳を握りしめるが、 さっきまで余裕たっぷりだった顔には恐怖の色が浮かんでいた。


「俺……今、何をした……?」


便太郎は、自分の手を見つめながら、 得体の知れない感覚に困惑する。




なんだ今の力は……


いったい自分はどうなってしまったんだ?




便太郎は混乱する。


そして便太郎は、自分のしたことにいたたまれなくなり、その場から全力で走り去った。




背後で、まだ戦士が何か叫んでいたが、 それを振り返る余裕はなかった。


自分が“何をしたのか”を、 理解することができないまま——。



---


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