桜の咲く頃に

飴海 

第1話 

「あなたをあなた以外の人でたとえないで」

水沢妃咲みずさわきさきの言葉は、やってきたばかりの春風に乗せられて、蕾が開くのを待ち望んでいる川沿いの桜並木の方へ流されて行った。

「どういうこと。今日なんか妃咲変だよ」

横を歩いていた樹は眉間に皺を寄せて私の顔を覗き込む。大田樹おおたいつき、中学からの同級生だ。


 私が樹に初めて会ったのは、10年前のことだ。入学式の日、桜はすでに散っていて、「入学おめでとう」の文字の看板の上には、花を落として肩身の狭そうな枝と、夏を待ちきれない若芽が影を投げかけていた。

 今でも覚えている。まだ固いローファーに居心地の悪さを感じながら、私は背中を丸めてして校門をくぐり抜けた。校舎の中は浮かれた祝福モードだったが、私はこれから始まる学校生活に不安でたまらなかった。

「廊下や黒板に貼られた飾りが全部取れた明日、学校に馴染めるかが問題」

そう言う私に両親は不思議な顔をした。「まあ大丈夫よ」と母は言った。私は昔からそういう子だったのだ。つまり、祭りの最中でも、祭りの後の境内の寂しさを想像して楽しめないような子ども。両親はそんな偏屈な子どもには慣れていた。

 幸いにも、実際はそんな心配は杞憂となった。人気者にはなれなかったが、朝登校して教室に入ると誰か一人は私に挨拶をしてくれたし、教室移動で電気の消えた部屋に取り残されることもなかった。私の中学生活はそれなりに順調だった。


 一方で、クラスで最もうまくいっていなさそうだったのが、大田樹だった。

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桜の咲く頃に 飴海  @amemiharu

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