第一章 1
――いつの日からだろう、師を異性として見るようになったのは。
グラツィアは水晶玉を見つめながら、あの日のことを思い出している。
晴れの日、雨の日、雷の日、どんな日でも、師と私は笑っていた。どんな日でも、輝いていた。私たちは、確かに愛し合っていた。師と弟子として。
カランと扉が開いて、客がやってきた。
グラツィアは水晶玉をしまって、顔を上げた。
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この剣と魔導が支配する世界において、いつしか魔導は廃れ、剣が台頭していった。魔導を行うものはいなくなり、代わりに天体や紋章の力を借りて魔導を行う者が出現し始めた。魔導を行うことは軽んじられ、蔑まれ、貶められるようになり、魔導師は蛇蝎の如く嫌われ、娼婦のように忌まれていった。
それでも隠れ魔導師というのは点在していて、大抵は迫害を恐れて身分を隠して普段は身を潜めて暮らしている。もし彼らが魔導師だということが世間に知られてしまえば、住んでいる街や村からは間違いなく追放されるし、場合によっては命も危ないだろう。
そんな身の危険を冒してまで身分を晒す必要などないし、おとなしくしていればいいのだから、だいたいの魔導師たちは息をひそめるようにして生活している。実力に見合わない生活を強いられているのであれば気の毒な話ではあるが、命と引き換えならば話は別だ。 元はと言えばそんな才能を持って生まれてしまったことが不運の始まりなのだろうが、魔導師というのはそもそもが器用な者が多いので他の職業に身をやつすことにそう苦労するものではない。
そうして彼らは身分を隠して世間の目を誤魔化しているというわけだ。
さてそんな世間の日常のある日、ドーン王国の昼下がり、エスラスはキーウェに乗って王国に到着していた。相変わらず、相棒は気が荒い。
「よしよし、怒るな怒るな。えさをもらってきてやるから」
そう言って首から降りてキーウェの鱗を撫でると、機嫌が悪そうにひと鳴きする。
こら、街の住民が気がついてしまう。やめろというに。俺が困るのを知っていてやっているな。
キーウェをそこにあった巨木に繋いで、それでは少し心許ないな、と思いながらも、エスラスは王国の城門に向かって歩き出す。
城門に入ると、途端に住民に囲まれた。これにも慣れっこだ。
「あんた、竜騎士だろ。さっきの鳴き声は、あんたの竜かい」
「竜騎士様かあ、なあ、鎧に触ってもいいかい」
「素敵な髪ねえ」
「ねえ、私の耳飾りがなくなったの。探して下さらない」
それらの声を躱して、城へ向かう。いちいち住民の言葉に耳を貸していたら、日が暮れてしまう。
城主に会いたい旨を告げると、驚くほどあっさりと通される。これも、予想通りだ。
あとはなんだろう。娘の婿になってくれだとか、息子の剣の相手になってくれだとか、そんなところかな。
まずは、夕食だろう。
広い客間に通され、浴室を使わせてもらい、相棒のためのえさをもらい、キーウェにえさをやりにいく。相棒の鱗の手入れをしてやると、ようやく機嫌が直ったようだ。
「今晩はどんな依頼をされるかな」
と問い掛けると、キーウェはギャア、と小さくひと鳴きした。
城に戻ると、歓待のための小さな宴が催された。城主には婿に欲しいと言われるような娘はおらず、息子は剣の相手をするにはまだ幼く、それにほっとしていると、
「一つお願いがあるのですがな」
とおもむろに切り出された。
やっぱりきたか、と杯を置く。
「なんでしょう」
「実は、身内の恥をお話しするようで恐縮なのですが……」
城主の話はこうだった。
彼の妻には弟がいて、この弟が身持ちが悪く、あちらの女こちらの女に手を出しては問題を起こし、別れ話で拗れては姉に手切れ金をせびるといった具合だというのである。 そしてある日、とうとうその金に困った弟は、姉の鏡台から真珠の首飾りを持ち出し、どこかへ隠してしまったというのだ。
「それは……」
エスラスは返答に困って手元を見た。
「古物商を当たった方がよろしいのでは」
「無論国中の商人を探しました。しかし、それらしい品物を扱ったという人間はいなかったというのです」
「国外に持ち出したのでは」
「国の外に出た形跡はないのですよ」
エスラスはうーんと唸って腕組みをした。
「評判の竜騎士様ならなにかしらして下さるかと思って……」
弱りはてた様子で、奥方が横から言う。
困ったな、エスラスは内心そう思う。これは、断りにくい。もう歓待されてしまった上に、一宿一飯の恩義があるというものだ。キーウェのえさももらってしまったし、こりゃ引き受けなかったら牢屋に入れられるな。
仕方なしに仕事を引き受けて、エスラスは翌朝街に出かけて行った。
いくつか酒場を当たったが、それらしい情報はない。
しかし、聞き出せなければ牢屋行きであるという切羽詰まった思いが彼を必要以上に動かした。こうなれば自棄である。
街中の酒場を当たってやれ、と何件目かの酒場に入った時、大声で怒鳴る声が聞こえてきた。
「なんだと。もう一回言ってみろ」
「ああ何度でも言ってやらあ。お前の妹なんざ、今頃どこかの裏路地で下の下の娼婦に成り下がって男とよろしくやってお前のことなんかすっかり忘れちまってるさ」
「なんだと!」
見れば、怒鳴っているのは自分と同じくらいの背丈の青い目の男、それと対峙しているのは三人組である。三人組の方は、こちらはひどく酔っているようだ。
「忘れるどころか、男のものをくわえすぎて頭のなかがとろけちまってるだろうよ」
「こ……の」
男が三人組に掴みかかって、多勢に無勢で突き飛ばされた。体格は男の方がしっかりしているが、三人がかりでは太刀打ちできないだろう。
「おっと」
男が自分の方まで吹っ飛ばされたので、エスラスは思わずそれを受け止めた。
「卑怯じゃないか、三人対一人だなんて」
「なんだてめえは」
「こいつ、昨日お城に来た竜騎士だ」
「竜騎士……?」
「へえ、竜騎士」
男たちが囁き合う。エスラスの身なりを見れば竜騎士ということは一目瞭然だろうし、隠そうとしても無駄だというものだ。鎧を脱いで来ればよかったかな、とちらりと思ったが、もう遅い。
「なんだあんた、こいつに助太刀すんのか」
「面白れぇ。竜騎士竜騎士って、ちょっと珍しいからって調子に乗りやがって」
「試してみようじゃねえか。どれくらい強いのか」
「いいけど、後悔しても知らないよ」
三人組が大笑いした。
「若いくせに言いやがる」
「こっちは三人だ。やってやろうじゃねえか」
で、二対三で大喧嘩となって、酒場で大乱闘となり、机はひっくり返り、柱は折れ、酒瓶が割れ、結局男とエスラスが勝って、女将がかんかんになってエスラスに弁償を求める段になって、エスラスは財布がすっからかんらなった。
カウンターでエスラスは、この代金もあの城主に請求できるのかな、などと考えながら、急遽同志となった男と話しながら、なんでこんなことになったんだろうと思いながらも酒を飲んでいた。
「いやああんた強いなあ。さすが竜騎士だ」
男はガウェインと名乗った。旅の戦士だという。
「妹を探して旅してるんだ。もう七年になる」
「いくつのときから探してるんだ」
「十一だ」
「じゃあ俺と同い年か」
「妹は九つだった。俺が漁から戻ったら、いなくなってたんだ。黙っていなくなるような妹じゃねえ。きっと誰かにさらわれたか、人買いに無理矢理連れていかれたんだ」
「それであちこち探してるのか」
「ああ。よく当たる占い師に、人が大勢いる場所に行け、運命の人間に出会えるから、そこでそいつと旅に出ろって言われたんだ」
「占い師か……」
「あんたはなにしに来たんだ。依頼だろ」
「ああ。探し物をしてる」
「だったら、俺を見てくれた占い師に見てもらいなよ」
「うん?」
「すごいんだぜ。俺の名前や妹の名前、生まれた村の名前から出身の大陸の名前までぴたりと当てちまったんだから。だから俺はこうして人がたくさんいる場所に来て、運命の人間を探してるってわけさ」
連れて行ってやるよ、と言われ、それも手かもな、と思い、エスラスはガウェインの言う占い師の元へ行くことにした。
そこまで当たる占い師ならば、街中の酒場を巡るよりかはよほど効率がいいかと思ってのことである。
連れ出されたのは、およそエスラスのような人間には縁のない、通ったこともないような裏通りの汚い店だった。
白い、薄汚れた木の扉を開けると、カランとベルが鳴る。途端に、あやしげな香の香りがした。にゃお、と猫の鳴き声がしてぎょっとして辺りを見回すと、一面真っ黒い壁である。
「いらっしゃ……あら、あなたまた来たの」
リーンリーン、という音がする。なんだろう、と思ってそちらに目をやると、眩しい光と共に水晶玉が浮いている。その下には、若い女が座っていた。
「当たらなかったの? そうだとしても、お金は返せないわよ」
それも意外だった。よい当たる占い師といえば、老婆と相場が決まっている。よぼよぼの背中、しわしわの手、老獪な瞳。
しかし、この女はそれのどれとも違う。
背中はまっすぐだし、肌は透き通るように白いし、おおきな瞳はまるで森の緑のようだ。
黒い髪が背に流されていて、真っ黒い壁に同化している。
「違うって。このひと、竜騎士なんだ。探し物をしてるっていうんだ。探してやってくれよ」
「竜騎士?」
女がこちらを見た。それだけで、どきりとした。つまり、それだけ目が大きいのだ。
「あ、え、いや」
こちらの動揺を悟られまいとして、却って動きが怪しくなってしまった。エスラスは慌てて口を動かした。
「実は、内密の話があるんだ」
ちらりとガウェインの方を見て、
「席を外してくれないか」
と言い、女を見て、
「君は口が堅いかい」
と尋ねた。
女は肩を竦めて、
「顧客の秘密が守れないようじゃ占い師なんかやってられないわ」
と言った。
「じゃあ頼むよ」
「俺は表に出てる」
と、ガウェインが外に出ていき、女と二人きりになって、エスラスは城主に頼まれたことを女に話した。
「話はわかったわ」
女はうなづいた。
「探し物なら、水晶玉ね」
相変わらず頭上でリーンリーンと涼しい音をたてて続ける玉を手に取り、女は座り直した。
そして水晶玉をテーブルの上に置くと、何事か唱え始めた。
ごくりと唾を飲んで事態を見守るエスラス、水晶玉を睨む女、室内は水を打ったように静まり返った。
しばらくして、女は言った。
「……悪いけど、いい知らせじゃないわ」
「なんだ。言ってくれ」
「行かない方がいい。凶と出ているわ」
「そんなはずはない。もう一度見てくれ」
「ちょ、ちょっと」
エスラスは身を乗り出して、水晶玉を押しやった。
「カードとか薬草とか、もっと他にもあるだろう。なんでもいい。探してくれないか」
「いいけど、追加料金よ」
「金なら出すよ」
女は仕方なさそうにため息をついて、奥に行って大判のカードを持ってきた。
そして水晶玉をまた宙に浮かせてしまうと、カードをよく切ってテーブルの上にならべた。
「あなたが切って。三つの山に分けて」
言われたとおりにして、女が三つの山からまたカードを切ってなにか念じた。そして懐からなにか渋い緑色の干からびた草を取り出すと、それに火をつけてその煙をカードに吹きかけた。
「一番上のカードを取って」
エスラスが一番上のカードを取ると、それは見るもおぞましい魔物の絵が描かれたものであった。
「『水魔』よ。あなたの行く先には水難が待ち構えているわ。そのあとは女難。行かない方がいい」
エスラスは唸るように言った。
「……他にはなにかないのか」
女はため息をついた。
「追加料金よ」
「なんでもいい。試してくれ」
種占い、煙占い、水占い、渦占い、ありとあらゆる占術という占術を試みたが、結果はどれも同じだった。
エスラスは不満そうに言った。
「よく当たると聞いてここに来たんだが、間違いだったようだな」
女はそれに気を悪くした様子もなく、淡々とこたえた。
「あなたの行く先に幸運がありますように」
エスラスは追加料金をすべて払い、ぶつぶつ言いながら通りに出た。ガウェインが待ち構えていて、
「どうだったい」
と聞いてきたが、無言で返した。このまま城に戻るわけにはいかなかった。
仕方なしに酒場に行くと、なにも言わずに黙って酒を注文した。キーウェの様子も見に行かなくてはいけないし、今日はここで夜を過ごすか。
「なあなあ、なんて言われたんだい」
「言いたくない」
酒をがぶがぶと飲んでも、少しも酔えない。楽しくない酒だった。
仕方なしに、ガウェインと身の上話になった。
「あんたはなんで旅なんかしてるんだい」
「俺か。俺は捨て子で、気がついたら森にいたんだ。それでキーウェに会った。あいつとはそれからの付き合いさ。それで知らないうちに竜に乗れるようになって、気がついたら竜騎士なんて呼ばれるようになってた」
「へえ、じゃあどこかの王国で訓練してなった竜騎士ってわけじゃないのか。それはそれですげえな」
「なに、単なる野良騎士さ」
口元を歪める。それは本当のことだ。口の悪い人間は、エスラスをそう呼ぶ。
竜はこの世界では希少な存在で、もう数えるくらいしかその数がいない。
そのなかでも竜を乗りこなし、共に戦う人間を畏敬をこめてひとは竜騎士と呼んだ。
「ここからちょっと行ったところに、竜舎のある国があったはずだぜ。行ってみたら?」
「そうだな。時間があったら挨拶にでも行ってみるか」
野良騎士と正規の竜騎士では、立場が違いすぎる。士官を夢見たこともあったが、とうの昔に諦めていた。
「あんたは?」
「俺? 俺は簡単さ。両親が流行り病で死んじまって、妹と二人っきり、頼れる親類がいなくて、助け合って生きてきて、その妹がある日いなくなって探してる。口元の、ここんとこに色っぽいほくろのある子なんだ。会えばすぐわかるさ」
「ふうん……」
「誰なんだろうなあ、俺の運命のひとって」
ガウェインが両手を頭の後ろで組んで、カウンターに寄りかかって酒場を見回したときのことである。
「あっ」
酒を運んでいた女中がけつまづいて、持っていた杯をひっくり返した。そしてそれはそのまま、まっすぐ宙に浮いてエスラスの頭の上にかかった。
「……」
エールを頭から嫌というほど浴びて、エスラスは言葉が出ない。
「あーあーあーあー。だいじょぶかよ。拭くものもらってきてやる。待ってな」
ガウェインがカウンターの親爺に言葉をかけている間も、女中が謝りにきてエスラスの服を拭いている。しかし、それだけでは足りるというものではない。
水難、か。
あの女の言葉が蘇る。
その後は女難とあったな。それはまさか、当たるまい。偶然だ。
ガウェインが身体を拭くものをもらってきてくれて、場所が悪い、酒場を代えて飲みなおそうとカウンターで支払いを終えた時、でっぷりと太った女がエスラスに近寄ってきた。「あんた、竜騎士なんだって? あたし、最近眠れないのよう。今夜一緒に寝て、眠らせておくれよう」
せまられて、エスラスは真っ青になって回れ右をし、一目散に駆けだした。ガウェインがげらげら笑いながら後を追い、女が口汚く罵るのが聞こえてきた。女難だ。
「おい、どこ行くんだ」
「あの占い師のとこだよ」
行ってもう一度占ってもらおう――エスラスはそう思っていた。今度は俺のことじゃなく、探し物のことを。
裏通りに行くと、あの女は店じまいをして、水晶玉を懐にしまって扉に鍵をかけているところであった。足元には、黒い猫がいる。
「あら、またあなたたち? お金は返さないわよ」
「返さなくていい。占いは当たった」
「――え?」
「もう一度見てくれ。今度は探し物だ」
「いいけど、今日はもう終わりよ。明日また……」
エスラスは女の肩をぐっと掴んだ。
「今日、見てくれ」
その、真剣な黒い瞳の光に押されて、女は黙った。そしてしばらくして、
「……仕方ないわね」
とため息をついて、
「でもここでは占えないわ。うちに来て」
と歩きだした。黒猫がそれにとことことついていった。エスラスとガウェインは顔を見合わせていたが、二人がついていこうがいくまいが知ったことではないとでも言いたげな迷いのない女の足取りに、慌てて彼女の後を追った。
女は、裏通りのさらに裏を歩いた。路地を歩き、さらに裏路地を行き、どぶ板をまたぐようにして行けば、そこは『のみの背』通りと呼ばれる王国の裏路地である。
エスラスは呆然としてその通りを見ていた。およそ、彼には想像もつかない人々の暮らしがあった。
靴磨き、洗濯女、娼婦、煙突掃除夫、新聞配達、ありとあらゆる人間が集まって暮らしている。街にはいるけれど、どこで暮らしているかはわからない、そんな人々の生活圏が、そこにはあった。
「グラツィア、いま帰りかい。お疲れさん」
「ただいまおばさん。あんずを二つ」
グラツィアと呼ばれた占い師の女は屋台で果物を買うと、黒猫と共にずんずんと歩く。「おやグラツィア、今日は色男を連れてるね」
「追加のお客よ。どうしても見てほしいんだって」
「商売繁盛で結構だ」
通りで新聞を呼んでいた中年の男が彼女に話しかけ、グラツィアはまた歩き出す。帰りがけ、彼女はこうして屋台のあちこちで野菜や果物やちょっとしたものを買って帰るのが習慣のようだ。
グラツィア、グラツィア、彼女が歩くたび、あちこちから声がかかる。それに、女は笑顔でいちいち応じている。
「人気者なんだな」
ガウェインがぽつりと言った。
「ここよ」
着いたのはさびれた、二階建ての狭い建物だった。
「あなたたちみたいに図体の大きなひとを二人も入れるほど大きな家じゃないけど、なんとか入れると思う」
グラツィアはそう言って扉を開けると、黒猫をなかに入れて台所に行った。そして買ってきたものをしまうと、二人をそこに座らせた。テーブルは一つ、椅子も一つ。
「悪いけど、来客用の椅子はないの。床に座って」
グラツィアは蝋燭でカンテラに灯かりを点すと、自分も床に座った。
「だから言ったでしょ、水難だって」
「怖いほど当たった。あんた、なんなんだ」
「占いなんてただの手段よ。方法さえ知っていれば、誰にでもできる」
さて、と言い、彼女は水晶玉を取り出した。リーンリーンと鳴る玉が、辺りを明るく照らし出す。それをスッと宙に浮かせてしまうと、グラツィアの緑の瞳が闇に浮かんだ。
「なにを知りたいの?」
「城主の奥方の真珠の首飾りだ。弟が盗み出して、どこかに隠したらしい」
「どんなものか、具体的な形とか、聞いている?」
「ああ。大ぶりの真珠玉で……」
エスラスが首飾りの様子を詳しく語って聞かせると、グラツィアはしばらく何事かぶつぶつと呟いているようであったが、しばらくして黙り込んでしまった。二人はそれをじっと見守った。
台所で黒猫が小さく鳴く声だけが響き、辺りは静寂だけが支配している。
リーンリーン……
宙に浮いていた水晶玉に、スッと影が差した。
「……見えたわ。首飾りは北の森の、洞窟の奥の社のなかの箱に隠されている」
「北の森か。わかった」
「でも、あそこは迷路みたいな場所よ。案内人がいないと、よそ者は間違いなく迷子になるわ」
「あんた、誰か知り合いにいないか、そういう人間」
「知ってることは知ってるけど」
「じゃあ紹介してくれ。それと、あんたも念のため一緒に来てくれ」
「私? なんで?」
「その方が確実だろ」
「それは料金の内に入らないわ」
「追加と延長で払うからさあ、頼むよ」
ガウェインも横から口を挟む。大男二人に頼み込まれて、結局グラツィアは渋々北の森に同行することを了承させられてしまった。
「じゃあ、明日の昼。城門で待ってる」
エスラスとガウェインが帰って行って、室内にはグラツィアと黒猫だけになった。
足元にすり寄ってきた黒猫に、グラツィアは諦めたように言った。
「行くことになっちゃった、明日。まあいいか。追加料金もらえるっていうし。どうせ暇だしね」
それより今日はたくさん占ったから、いつもより豪勢な夕食よ、と黒猫に呼びかけて、グラツィアは台所に入った。
つましい暮らしのなかでも、それなりに幸せに暮らしていた。
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