夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯

第1話

 マリアーヌ・カッセルは自分の耳を疑った。

 目の前にいる夫のシャルル・カッセルが、急におかしなことを言い出したからだ。


「今、何とおっしゃいましたか?」


 聞き間違いかもしれない、とマリアーヌは思った。

 夜も更けた時間だし、夫のシャルルは大量の酒を飲んでいて顔が真っ赤だ。


 しかしシャルルは聞き返されると、苛立ちを隠さずにテーブルをバンと叩いた。

 そこに置かれていた紙にくしゃりとシワが寄る。


「だから、もう離縁するって言ってるんだ! お前とは夜を共に過ごす気にならない。何度も言わせるな」


 彼がトントンと指差した紙は離縁状だ。

 これを提出したらマリアーヌとシャルルは他人に戻る。


(まだ結婚してから五ヶ月しか経っていないのだけれど……)


 マリアーヌは離縁状をぼんやりと眺めた。


「さっさと名前を書け。俺は忙しいんだ」


 シャルルがさらに苛立った様子でテーブルをバンバンと叩く。

 テーブルの上のワイングラスが今にも倒れそうにグラグラと揺れている。


 こうなっては何を言っても無駄なのだ。

 マリアーヌはそれをよく分かっていた。


「……分かりました」


 言われるがまま、離縁状にサインをする。


「まったく、お前と結婚したのが間違いだったんだ。オージェ子爵家の娘だから資金援助のために仕方なく縁を結んだが……もう限界だ! 地味で面白味の欠片もないお前のどこを見れば楽しめるんだ! そんな貧相な身体では子も授かれぬだろうに」


 シャルルがマリアーヌの身体を舐め回すように眺める。


 確かにマリアーヌは黒髪で地味顔だし、身体つきは豊満とは言い難い。

 子を授かっていないのも確かだ。


(だけど、ご自分の身体を思い返してから発言してほしいものね。みっともないのはお互い様よ)


 シャルルは肥満を通り抜けて風船のように膨れた身体をしている。医者にも再三注意されているというのに、どんどんと大きくなるばかりだ。


 マリアーヌが黙っていると、夫はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべた。


「おい、何をぼんやりしている。俺達はもう他人なんだから、このカッセル家からさっさと出ていけ」

「……はい」


 婚約してから二年、結婚後わずか五ヶ月でマリアーヌは夫シャルル・カッセルに捨てられたのだった。


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