恋の総当たり戦!

諏訪野 滋

One-Way Reverse Rotation!

 背の高い二人の女が狭い教室の中で向き合っていれば、嫌でも目立つ。遠巻きに眺めている同級生たちを意にも介さず、茶髪の女生徒がもう一方の黒髪へと鋭い視線を投げた。


「華道部部長の椎葉しいば桜子さくらこってのは、あんた?」

「そういうあなたはなぎなた部のキャプテン、天拝山てんぱいざんあおいさんですね」

「へえ、驚いたわね。私のこと知ってるんだ」

「ふふ。天拝山さんを知らない人なんていないです」


 柔らかく微笑んだ桜子に、葵はいら立ちをつのらせたようだ。


「あんたみたいなお嬢様までご存じだとはね。名前が珍しいから? それともマイナー部活ゆえに?」

「容姿と言動が目立つ、という意味ですよ。現に、ほら」


 周囲を見回した葵が、何見てんのよ、と一喝すると、熱い視線を送っていた少数の男子と大勢の女子たちが一斉に目をそらす。しかし自分自身も注目の対象になっていることに気が付かない点では、葵をあおった桜子も人のことは言えない。


「ちぇっ、ここじゃやりにくいな。授業が終わったら、少し顔貸してくれない?」

「でもわたくし、放課後は茶道部との合同活動が」

「逃げたら私の不戦勝だから。そんなの嫌でしょ?」


 桜子の顔から、すうっと笑いが消えた。


「……何の勝負だかわかりませんが、絶対に嫌ですね」

「決まり。それじゃ、体育館裏で待ってる」




「へえ、約束通り来たんだ。ほめてあげる」

「この桜子、椎葉流家元の名にかけて逃げも隠れも致しません。それで、お話って何ですの?」

「意外とせっかちだね。じゃあ、まずは誕生日からいこうか」


 いぶかしげに眉をひそめながらも、桜子は律儀に答える。


「十二月二十二日ですが」

「マジか。じゃあ、誕生日とクリスマスのプレゼントはまとめてもらいたい派? それとも別々がいい派?」

「……別々で」


 気持ちわかるよ、と葵は訳知り顔にうなずく。


「よし、次。好きな食べ物は?」

「冷や汁が好きです」


 葵は困ったように、小さく肩をすくめた。


「即答するほど好きなんだろうけれどさ、できれば普通に外食できるものを挙げて欲しいんだけれど。宮崎の実家で食べるおばあちゃんの味とかじゃなくて」

「……天拝山さん、なにげにお詳しいですね。それではオムライスということで」


 あ、可愛い、と上から目線の同意を与えながら、葵は先へと進んでいく。


「じゃあ、逆に食べるのが苦手なものを教えてもらおうかな。もしくは食品アレルギーの有無について」

「特にありませんが、それが何か」

「サプライズで焼き肉店を予約して、肉全般が駄目だったら気まずいでしょうが。次、好きになる人のタイプ……」

「ちょっとタイム!」


 話をぶった切った桜子は、さすがに不信感をあらわにしている。


「いったい何ですの、この質問攻めは。わたくしのことを知りたいのであれば、最初からそう言って頂ければよろしいのに」

「いや、私はそうしたいんだけれどね。なんというか、その……」


 急に歯切れが悪くなった葵の手元から、しわくちゃになった紙片がひらりと落ちた。あ、と葵が拾う間もなく、百人一首では県内無敵の素早さでそれをひっつかんだ桜子が朗々と読み上げる。


「行ってみたいデートスポット、理想の告白の言葉……これはいったいどういうことですの、天拝山さん?」


 うがー、と葵は頭をかきむしった。


「ああ、もう面倒くさい! 私の幼馴染があんたのこと好きだから、少しでも情報くれって私に頼んだのよ! B組の前原まえばる鉄平てっぺい、知ってる?」

「存じ上げませんが」

「でしょうねー、好きな奴に自分で告白もできない陰キャのヘタレだからね……まったく、なんで私がこんなこと。こっちの気も知らないで、あの馬鹿……」


 涙ぐむ葵を見つめていた桜子は、やがて静かに口を開いた。


「天拝山さん。わたくし、最後の質問にはまだ答えていませんが」

「え、今さら何」

「好きになる人のタイプ、ですよ」

「もう、やだ。鉄平にそんなこと伝えたくない」


 うつむいている葵の手を、桜子は両手で優しく包み込んだ。


「わたくしが好きになるのは、好きな人の幸せを一番に考えている人ですよ」

「……それって、どういう」

「あなたのことが今好きになりました、という事です」


 ん、ん!? と混乱している葵は、かろうじて言葉を絞り出した。


「え、えっと、私は鉄平のことが好きで、鉄平はあんたのことが好きで、それであんたは私の事が……ど、どうしろと」

「あら、体育会系の天拝山さんらしくもない。決まっているではないですか、総当たり戦ですよ。各々が他の二人とそれぞれ付き合ってみる。そうすれば、おのずと結論が出るのではないですか? カップルが全く成立しなかったり、一人勝ちのハーレム状態の者が出てくるかもしれませんが、それはそれで致し方なしです」


 葵は目を白黒させながら、文化系の桜子の自信満々な謎理論に圧倒されていた。


「そ、そういうものかな?」


 桜子は大きくうなずくと、にっこりと笑った。


「恋なんて、そういうものです」




「天拝山さん、ありがとうございます。わたくし、前原くんのことが好きになれそうです。一度あなたに好きだと言っておきながら、はしたないのですが」

「ああ、そうなの……」

「でも、一つ問題が」

「なに?」


 桜子は、悲し気に微笑んだ。


「彼、天拝山さんのことが好きになったからゴメンって。わたくし、見事に振られてしまいましたわ。でもお二人が幸せならば、わたくしはそれで」

「あー、そのことなんだけれど」

「どうかされましたか?」

「……私、どうやらあんたのことが好きみたいなんだよね」


 我が意を得たりというように、桜子はぽんと手を打った。


「左様ですか、わたくしがお話ししたとおりでしょう? 恋なんてしょせん、そういうもの……」


 沈黙。


「ん?」



――了!――

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