第5話 *「ジェンさん」*

ジェンさんは、トゥーリとラースが大きなまちにいくと、ほとんどいつも先にきていて会う、キャラバン隊の人だ。


やあ、また会えてうれしいよ。


そう言ってジェンさんは、きらきらの日の光といのちのはじまりをふくんだ初夏の風のようにさわやかに活き活きと笑う。


きれいにゆわれた長いくろいかみはいつもぬれているようにつやつやとしていて、ジェンさんがふりむくたびにせなかでさらりとゆれて、かすかに花のかおりがした。前にもかいだことがあるような、やさしくじょうひんなあまいかおりだった。

ジェンさんの目も、ぬれたかがみのように、ふしぎな光をともして、ずっと見ているとすいこまれそうになる。


前にトゥーリがそう言ったら、ふはっ、と笑われた。

くどきもんくのようだねえ、と笑うジェンさんに、トゥーリがくびをかしげると、ラースは、子どもをからかうなと、めんどうくさそうなかおをして言って、ジェンさんはさらに笑った。ジェンさんはよく笑うひとだ。


まちやその近くののやまでこまったことがあると、かならずジェンさんが助けてくれた。前に一度、プランダラーにおそわれていたところを助けてもらったとき、とっても剣がつよかった。せかいじゅうを旅しているうちに、しぜんとつよくなったと、ジェンさんは色んなぼうけん話といっしょに教えてくれた。


トゥーリがまいごになったときには、ラウリを見つけてきてひきあわせてくれたこともあった。おろおろしながらトゥーリトゥーリと呼んでいたからすぐわかった、と、ジェンさんはからからと笑って、ラウリは赤くなった。トゥーリも笑ったら、ほんとにしんぱいしたんだよ!と、真っ赤なままのラウリにおこられた。


ジェンさんはグオ家という大きなショウカ(商家)の人だといっていた。

トゥーリにはよのなかのむずかしいことがよくわからないけれど、キャラバン隊を組んで、世界中を旅しながら、いろんなものを売ったり買ったり、そのサポートをしたりするお仕事をしているかぞくなのだそうだ。


ジェンさんには十二人のきょうだいがいて、色んなまちで、いつもべつのキャラバン隊のきょうだいと会わせてくれた。おもしろいひともいれば、ちょっとぶっきらぼうなひともいた。


とくに、トゥーリと年の近いミンという弟にはよく会った。すこしクールですなおじゃないけど、ねっこはやさしくて、たまあに笑うとジェンさんにそっくりだった。そう言ったら、ミンは照れてそっぽを向いた。でもうれしそうだった。


トゥーリたちに会うとジェンさんはいつも、たくさんのおみやげをくれる。ジェンさんが旅のとちゅうでみつけためずらしいもの、保存食や新しい水とう、替えの服、とくべつなそうびやどうぐがひつようなときは、アドバイスもくれた。


そのかわりに、ラースも、ジェンさんに色んなことをおしえてあげた。どこそこのがけは、南がわからおりていくと安全だとか、どこそこの地方だと、なんとかが取れやすいからおすすめだとか、さいきんどこそこのちあんがよくないから気をつけろとか。


ひととおりお話をすると、ジェンさんは、また会えるといいね、と笑って、それじゃあ、と、かろやかに手をふって、おわかれするのだ。


もう一度手をふろうと思ってふりかえると、もうジェンさんとキャラバンのすがたはない。まるでまぼろしだったように、なにごともなかったように、まちのひとたちが行き交っているだけだ。風の中にかすかに花のかおりがのこっているようにかんじたけれど、すぐにふわりときえて、もうどんなかおりだったのか思い出せなくなった。けれど、またジェンさんに会ったときにはなぜかすぐに、ああ、ジェンさんのかおりだ、とわかるのだ。


ふしぎなひとだね、とトゥーリが言うと、ラースは、そうだな、と答える。すこしぴりぴりしているような、まだひとごみのなかにジェンさんをさがしているような、するどい目で。


トゥーリがラースの手をひくと、ラースはいつもどおりにもどって、今回はどんなミョウなものをおしつけられたんだ、と言う。


おしつけじゃないよ、くれたんだよ、おみやげ!ラースはすなおじゃないなあ、と、トゥーリはわくわくしながらジェンさんにもらったつつみをのぞきこむ。ラースはすこしすねたように、そうかよ、と言う。それがおもしろくて、トゥーリは笑った。


今回のおみやげは、トゥーリとラウリは好きでラースはあんまり好きじゃあない、しんせんやさいのつめあわせだった。

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