変身洗濯機

クロノヒョウ

第1話




 愛しいユリちゃんがボクのことを見つめている。

 怖がらせてごめんね。

 でも、その怯えた表情もすごく綺麗だよ、ユリちゃん。

「あ、もしもし淳くん? 今からうちに来れる? うん、そうなの、またなの。確かに洗濯機に入れたの。でも終わって開けてみたら空っぽなのよ。シャツもスカートも下着もなくなってて。そう、私怖くて」

 ユリちゃんはカレシの淳くんに電話しているみたい。

 淳くんが来たところでどうしようもないけどね。

 ユリちゃんのお洋服や下着はボクが飲み込んだんだ。

 ボクは知ってる。

 ユリちゃんはお化粧もなぁんにもしない、お洋服も着ていない、生まれたままの姿が一番美しいってこと。

 だからボクはユリちゃんが身につける物を全部食べてあげるんだ。

 ユリちゃんには必要ない。

 あ、ユリちゃんがまたボクのことを見つめてる。

 綺麗だよ、愛しいユリちゃん。

 あれは一年前、ボクもユリちゃんも初めての一人暮らしだったんだよね。

 ボクはちゃんとうまくお洗濯できるか不安だった。

 でもユリちゃんはいつもボクが洗った物を嬉しそうに眺めてくれていたんだ。

 毎日毎日、ボクに笑いかけてくれるユリちゃん。

 ああ、ボクもユリちゃんとお話したいなあ。

 ユリちゃんを抱きしめてみたいなあ。

「はーい」

 チャイムが鳴った。

 淳くんが来た。

「ごめんね淳くん。ちょっと見てみてくれる?」

 ユリちゃんは淳くんを連れてきた。

「ああ、空っぽだな。本当に入れたんだよな?」

「うん。絶対お洗濯物入れたよ。この前も、その前も。でも終わって開けたらなくなってるの。私がおかしいと思ってちゃんとカメラまわした。ほら」

 そうか、だからさっきユリちゃんはボクにスマホを向けていたんだね。

 ずっとそばにいてくれたのはそういうことか。

「うーん、ちゃんと入れてるな」

「でしょ? ねえ、どう思う?」

「どうって、警察に言う?」

「私もそう思ったけど、ここには私しかいなかったし」

「だよな。もう洗濯機買い換えるしかなくない?」

「うん。これ気に入ってたんだけどな。そうする」

 ユリちゃんはそう言って部屋に戻っていってしまった。

 もしかして、ボクはユリちゃんとお別れしないといけないの?

 ボクは捨てられちゃうの?

 そんなの嫌だよユリちゃん。

 もうお洋服も食べないから、だからボクを捨てないでよ。

「どこにも挟まってないしなぁ」

 淳くんがボクの中に頭を突っ込んできた。

 淳くんはいいよな。

 ユリちゃんと一緒にいれて。

 ボクも淳くんになりたいな。

 そうだ!

 そうしよう!

 ボクは淳くんの体を思いきり引っ張った。

 淳くんを口の中に入れて蓋を閉じた。

 水をかけてくるくる回す。

 ボクは溶けてゆく淳くんの細胞に絡みついた。

「淳くん? 何してるの?」

 部屋の中からユリちゃんが呼んでいる。

 ちょっと待ってね、すぐに行くから。

「もういいよ淳くん。今ネットで新しい洗濯機頼んだから。この洗濯機も引き取ってくれるって書いてあった」

 ボクは以前のボクの中から飛び出した。

「きゃっ、淳くんどうして裸なの!?」

「ユリ、ちゃん」

 ああ、ボクは淳くんに変身したんだ。

 これでずっとユリちゃんと一緒にいられる。

「やだもう、淳くんってばぁ」

 ボクは腕を伸ばしてユリちゃんが身につけている服を剥ぎ取った。

 綺麗だよ、ユリちゃん。

「ちょっと、ここで?」

 顔を赤くしたユリちゃんが洗濯機に両手をついた。

 ボクは後ろから思いきりユリちゃんを抱きしめた。

 ああ、ユリちゃん。

 ずっとこうしてみたかった。

「あんっ」

 ボクとユリちゃんの激しい動きのせいなのか、洗濯機はガタガタと音をたてていた。



           完




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変身洗濯機 クロノヒョウ @kurono-hyo

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