こたつ

冬部 圭

こたつ

「ああ、幸せ」

 こたつに入ると暖かい。なんて幸せなんだろう。

「安い幸せだね」

 あきれたように七海が言う。

「いいだろ。誰に迷惑をかけるわけじゃないし」

 少し拗ねたような物言いになってしまう。

「別に悪いわけじゃないけど。私もこたつは好きだし」

 七海は少し申し訳なさそうにしながらそんな風に答える。

 灯油を切らしてしまって、ファンヒータの火が消えたときは、この世の終わりのような気がしたけれど、まだ、こたつがある。ただ、こたつは一度入ると出られないという大きな欠点がある。そんなことを言うと、

「それは宏明だけでしょ」

 と至極もっともな答えが返ってくる。

「七海もこたつに入ったままだとお風呂掃除も晩御飯の用意もできないでしょ」

 なんて指摘したら、

「一度こたつに入ったら出られないなんて軟弱なことを言うのは宏明だけだよ」

 と言って、七海はこたつから出て晩御飯の支度を始めてくれた。素晴らしい。この調子でお風呂も洗ってほしい。

 こたつに入ったまま本を読んでいると少しずつ眠くなってくる。これはいけない。堕落してしまう。

「ごはん、できたよ」

 七海が声をかけてくれたのでかろうじて意識を失わずに済む。暖房が無くて寒々とした食卓につくと、温かそうなクリームシチューが饗されている。

「温かい」

 一口、口に運んで感想を述べる。

「それはそうだよ。作り立てだもの」

 七海がまたもあきれた様子で答える。今日はあきれられてばかりだ。

 僕がこたつでご飯を食べたいと言い出さないための献立のようだと思うのは穿ちすぎの見方だろうか?

 晩御飯を食べてからこたつに入ると、今度こそこたつを出られなくなると思ったので、こたつに入る前に風呂掃除をする。

「灯油、買ってくる」

 明日の朝、辛くなるのが嫌なので、覚悟を決めて七海に宣言する。

「寒いから風邪ひかないように」

 七海はそっけなく送り出してくれる。

 車を出してガソリンスタンドまで行って灯油を買う。灯油をポリタンクに注ぐ間、風が冷たい。

 家に帰って早速ファンヒータに灯油を補給する。

「こたつ、こたつ」

 ファンヒーターに燃料を注いだけど、やっぱりこたつがいい。七海もこたつに入ってテレビを見ている。

「お疲れ様。灯油ありがとうね」

 バラエティ番組を見ながら七海が声をかけてくれる。少し僕の株は持ち直したみたいだ。

「外は寒いね」

 こたつに入って暖まりながら内容のない言葉をかける。

「朝は家の中も冷えるよ。ファンヒータがあると助かる」

 朝、七海の方が出勤は早いから、僕より大変な思いをしているのかもしれない。僕は七海がファンヒータを付けてくれた後で起き出るので一番寒い時間は布団の中にいる。

「でも、今はこたつ。ああ、暖かい」

 僕は間の抜けたことを言いながら読みかけの本を手に取る。しばらく本を読んでいると七海が見ていた番組が終わる。

「先にお風呂使うよ」

 七海がこたつを出る。

「どうぞごゆっくり」

 本を読みながら適当に声をかける。

 しばらく本を読み進めていると、

「宏明さん」

 僕を呼ぶ声がする。七海の声のような気もするけれど、七海は僕のことをさん付けでは呼ばない。

「誰?」

 いつの間にか僕は横になっていて、誰か女性に膝枕をしてもらっている。読んでいた本は見当たらない。

 体を起こして膝枕してくれていた女性の顔を見る。七海のような何か違うような面差しの誰かは、どこかで見たことのあるような柄の少しくたびれた服を着ている。七海はそんな柄の服は持っていなかったと思うのだけど、見慣れた柄のような気もする。

「どうしたの?」

 七海のそっくりさんは何か困っているような気がする。何を考えているのかわからないので、素直に聞いてみる。

「命の紐が切れそう。危ないよ」

 七海のような誰かはそんな物騒なことを言う。何のことを言っているのかよくわからない。

「何のこと?」

 問いかけてみるけれど、答えはない。意識が遠のくような気がする。

「こたつで寝てると風邪ひくよ」

 七海の声が聞こえて意識が戻る。少し眠っていたみたいだ。さっきの七海は夢だったか。

「変な夢を見た。七海に似た女の人が命の紐が何とかって。命の紐って何だろう?」

 寝ぼけて変なことを言っている自覚はあるけれど、七海は首をかしげながら一緒に考えてくれる。

「へその緒とか?」

 違う気がする。お腹の中にいる時にへその緒は切れることはないだろうし、生まれてきたら切るものだし。

「寝ぼけたかな」

 そう言って頭を搔くとこたつ布団に目が行く。さっきの七海のそっくりさんが着ていた服の柄はこたつ布団と同じ柄だ。

「さっきの七海はこたつ布団と同じ柄の服を着てた」

 おかしな夢のことを思い出しながらそんなことを七海に告げる。

「こたつの命の紐ってなんだろう?」

 馬鹿げた独り言をつぶやく。

「電化製品にとっての命の紐って言ったらコードじゃない?」

 七海は真面目に取り合ってくれる。

 こたつ布団をまくってコードを確認する。切れかけているように見える。

「危ない。切れそう」

 慌ててこたつのスイッチを切る。

「さっきの夢はこのことだったのかな」

 キツネにつままれたようなことって、こんなことなのかななんて考える。

「よくわからないけど、こたつの精でも見た?」

 七海のコメントもメルヘンだ。

「そうかもね。今度、新しいコードを買いに行かないと」

 ついでに新しいこたつ布団を買ってあげよう。可愛いこたつの精のために。

 新しい服を着たこたつの精に再会してお礼を言ってもらうのだ。なんてふざけたことを考えていことは、七海にはバレバレだったみたいだ。

「浮気だ。私よりこたつの方がいいのね」

 と七海はふざけ半分で言って笑う。

「七海がかわいいこたつ布団を買ってくれたら、七海のところにお礼を言いに会いに来てくれるかも」

 考えていたことがばれていたので、正直に口にする。

「私はこたつで寝たりなんかしないから会えないよ」

 七海は少し残念そうに言う。


 こたつの精には会えないよなんて言った割には週末の買い物で七海は楽しそうにしながら新しいこたつ布団を選んでくれた。

「また、こたつの精に逢えるといいね」

 こたつ布団を買うと、七海がそう言ってくれた。なので、僕は七海が公認してくれたこたつでのうたたねを今日も楽しんでいる。

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こたつ 冬部 圭 @kay_fuyube

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