最底辺オークに転生した俺、エルフ擬態VTuberとしてうっかりバズってしまう。

猫目少将@「即死モブ転生」書籍化

1 底辺エルフ配信所

1-1 オーク転生した俺、VTuberになる

「くおらゴンゾー、はよ起きろっ!」


 ゴンっと殴られて目が覚めた。見回すと暗い洞窟。周囲のオークどもがのそのそ起き出している。魔族でもオークは底辺労働者なのでもちろん、寝具などはない。冷たくでこぼこした岩の床に、死体のように横たわるだけだ。


「……」


 いつまでも寝ていても殴られ蹴られるだけだ。洞窟最深部の魔鉱採掘現場に向かう列に並ぶ。のろのろ進む列の最後尾で俺は、絶望を味わっていた。


 底辺社畜だった俺は昨日死んで、このゲーム世界に転生した。多分、深夜に食った缶詰がヤバかったせいだ。賞味期限切れだったし、なぜか膨らんでいた。


 転生して訳もわからず呆然としている俺は、殴られ蹴られて「ちゃんと働け死ぬまでな」と、この洞窟に放り込まれた。いや前世も底辺だったから転生後底辺でも変わらないっちゃ変わらない。だけどここ酷いぞ。闇の魔法使いとかいうジジイにこき使われて、溶岩ドロドロで臭くて熱い現場でドカチンだ。昨日一日、俺が見ただけでも三人……てか三匹か……は死んでる。溶岩に落ちて燃えた奴に毒ガスで倒れた奴、それにツルハシが刺さって悶絶した奴と。あのクソ企業よりブラックとか、どういうことよ。


「ねえあんた、ゴンゾー」


 突然、横から袖を引かれた。


 ゴンゾーと言われてもな。とっ捕まった俺は「自分の名前すら思い出せない愚鈍」扱いされて、適当な名前で呼ばれるようになっただけで。自分の名を聞いても違和感しかない。


「……なんだよ」


 見るとドゥエルガーの女子だ。俺はオークだから身長は二メートルくらいある。こいつはドゥエルガーだから小さくて百五十センチくらい。銀髪で整った顔だが、顔と言わず腕と言わず、醜い傷跡が縦横無尽に走っている。


 どういう経緯で闇の魔法使いの元で暮らしているのかはわからない。原作ゲームのドゥエルガーは、独立心旺盛で孤独に暮らす、かわいい妖精だったからな。まあ多分……この傷跡と関係するんだろうけどさ。なんたってドゥエルガーはエルフの森を出奔して堕落した、元エルフの種族って設定だったし。


「ゴンゾーあんた、この鉱山やまで死ぬまでこき使われたい? オークは使い捨てだし……まあ半年くらいで死んじゃうとは思うけど」

「嫌に決まってんだろ」

「ならあたしと来なよ。頼みたい仕事があるんだ」


 俺の腕を掴むと、ぐいぐい引っ張る。


「抜けるわけにいかないだろ。見張りに殺される」

「平気だよ。グリモワールには許可を取ってある。どうせ死ぬから、適当なオークを一匹使い潰していいって」


 グリモワールってのは、闇の魔法使いの名前だ。だけどこいつ、なんで呼び捨てにしてるんだ。「さん」を付けろやデコ助野郎。てか「様」を付けないと即座に魔法で焼かれるって話なのに。


「どうせ……死ぬから……?」

「ああ、冗談冗談」


 ぺろっと舌を出す。


「多分死ぬから……いや、多分死なないから」

「どう聞いても不吉なフラグしか立ってないが」

「あんた、突然現れた新人でしょ。そんな不思議なこと、ここでは起こらない。ぜえったいなにかあるもん。あたしの実験にちょうどいい」

「実験……」


 睨んだら目を逸らした。


「あははははっ」

「ごまかすなっての。やなこった。嫌な予感しかしない」

「それならそれでいいけどさ……」


 見つめられた。瞳に傷はない。どこまでも銀色の、泉のように澄んだ瞳だ。


「でもあんた、こんなとこでこき使われて過労死して、それでいいの。そっちの道を選ぶの」

「いや」


 考えるより先に言葉が出た。前世、底辺社畜として人生、苦しみ抜いた。過労死直前でメンタルをやられ毎日、死ぬことばかり考えていた時期もある。あんな人生を送るくらいなら変な話、死んだほうがマシだ。


「……」


 改めて俺は、ドゥエルガーの女を見た。ふざけているようには思えない。俺を罠に嵌めようとしているとも。それになにより今、この状態が罠の中のようなものだ。天からカンダタの蜘蛛の糸が垂れてくるなら、しがみつかない手はない。


「すぐには死なないんだな」

「た、多分……」


 瞳が泳いでいる。こりゃ期待薄だな。


「……不吉だがまあいい。そのクソ提案に乗ってやる。どうせここでクソ死ぬのに決まってるし。こんなクソ人生どうでもいい」

「くそくそ言わないの」

「俺の勝手だ。……それで俺は、なにをやればいいんだ」

「契約成立だね。良かった」


 ほっと息を吐いた。俺の手を引くと、労働の列から脇に連れてゆく。汚らしくベタつくオークの手を握っても嫌がらないなんて変わってるな、この女。


 列から逸れる俺達を見た例の見張りがちっと舌を鳴らすのが、視界の隅に入った。


「あたしはライラ。ライラ・ムーンストーン。ゴンゾー、あんたにはVTuberになってもらう。エルフの皮を被って」

「V……Tuberだと……」


 俺の声は、溶岩の地響きに掻き消された。


「そうだよ。あんたの使命はね、VTuberとして王国一、いや世界一の人気を獲得すること。……でないと殺されちゃうよ」


 あっけらかんと、ライラが言い放った。

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