人間不要の短編録。

エンピーツ

第1話 ジブリを語る、お洒落な二人。

 夕暮れ時、風が少し冷たくて、街の片隅でぼんやりと過ごす時間がいつもより静かに感じられた。どこか遠くで、ジブリ映画のような世界が広がっているような気がした。僕はそんな不思議な感覚に浸りながら、目の前のカフェで一杯のコーヒーをゆっくりと飲み干す。


 店内には、木のテーブルと椅子が並び、ガラス越しに見える空は、どこか懐かしい色をしていた。まるでジブリの映画のワンシーンにでも出てきそうな、温かみのある光景だ。


「ねえ、君も見たことがあるかもしれないけれど…」


 突然、隣の席の年配の女性が話しかけてきた。彼女は、まるで昔話でもするかのように、穏やかな口調で続けた。


「『となりのトトロ』って映画、覚えているかしら?あの映画には、不思議なものがたくさん詰まっているわ。子供たちがいる場所にしか見えない、空を飛ぶ猫バスや、巨大なトトロ…。あれはね、ただの夢じゃないのよ」


 僕は少し驚いた。彼女の目が、どこか遠くを見ているようで、まるでその夢の中に入っていくかのようだった。


「君は、見たことがあるかしら?」彼女が問う。


「もちろん」僕は答えた。「でも、それはただの映画じゃないと思います。あれは…」


 言葉がつかえた。あの映画が伝えているものは、ただの物語や映像ではなく、何かもっと大きなものだった。それは、心の中で生き続けるような、夢のような存在だ。


「そうよ、そうなの」女性はにっこりと微笑んだ。「あの映画を見た後、誰もが少しだけ変わるの。世界が少しだけ優しくなる。そして、自分の周りにある不思議を見逃さなくなるの」


 僕はその言葉をしばらく考えていた。確かに、ジブリの映画には、現実と非現実の境界が曖昧になるような不思議な力がある。それは、見る者に忘れかけていた感覚を呼び覚ますような、そんな力を持っている。


「そして、『千と千尋の神隠し』のような物語も、実は私たちが日常の中で見逃していることを教えてくれるのよ」女性は続けた。「その映画の中で千尋が経験する世界の変化…あれは、私たちが大人になることで失ってしまったものへの回帰みたいなものかもしれないわ」


 僕はその言葉にうなずいた。ジブリの映画には、深い哲学や人生に対するメッセージが隠れている。それらは、まるで大人に向けた寓話のように、僕たちに問いかけてくる。


「そうですね」僕は少し声を落として答えた。「それが、あの映画たちが長く愛されている理由なのかもしれません」


 外の風が強くなり、カフェの窓がわずかに揺れた。すると、ふとその風の中に、どこかで聞いたことのあるメロディーが混じっているのに気づいた。それは、まるで『風の谷のナウシカ』のテーマ曲が流れているような気がした。そう、ジブリの音楽は、まるで時間を超えて僕たちの心に響くようなものだ。


 女性が立ち上がり、静かに席を立った。「じゃあね」と彼女は言った。「この街のどこかに、トトロがいるかもしれないわよ」


 僕はその言葉に微笑んで、彼女を見送った。夕暮れの街角で、ふと振り返ると、なんだか夢の中にいるような気分になった。ジブリの映画のように、現実と夢が交差する瞬間が、少しだけ本当に感じられた気がした。


 それから、僕はまた静かにコーヒーを飲みながら、窓の外に広がる世界に思いを馳せた。もしかしたら、どこかに、あの不思議な世界が本当に存在するのかもしれない。

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