第31話 アヴローラの弟妹
アヴローラとナイーラの話が終わると、当主の二人もほぼ、まとまったらしく合流。残りはどのバラにするか、アヴローラが決めると公爵が言ったそうで、タブレットにバラを見せて決まった。アヴローラは衣装と基礎化粧品の直売店を、それぞれの領内で展開すると告げ、衣装を見せると公爵は了承し、パーリム侯爵は大喜び。魔術契約書にお互いがサインしてそれぞれ一枚を保管。代替わりした場合は再度交渉する。
「アルチョーム様、妹はどの身分ですの?」
「まずは正妃として迎えます」
「あれはザラタローズ公爵家から除籍したが?」
「ええ。ですから『まずは』なのです。我が家は昔から、正妃は政略結婚のお飾り。領民の前に姿を見せるのは、結婚式のみ。目元以外はベールで隠されます。あの甘いミントグリーンの瞳、それだけしか見えませんが、それを手に入れた実績で家臣たちを抑えられる。彼女は正妃の宮から出られません。可能なら、あの瞳を受け継ぐ子を何人か産んでくれたら重畳。執務はナイーラが私の隣で行いますから、大人しく正妃の宮で過ごせば、ある程度の贅沢は許します」
「
「女神様に誓って返品いたしません。大人しくできないなら過ごす宮が変わるか、家臣に下げ渡します。公爵家の方々が結婚式の不参加は当然のこと。ここでお別れいたします。我々は明日出立。彼女は滞在しているホテルに連れて行きます」
「あら。あの子、わたくしに文句を言いたいのかと思っておりましたわ」
「アヴローラ様に失礼な言動をするなら結婚できないと、子供でもわかるようにひとつずつ、丁寧に説明したら大人しくなりました」
「飴と鞭の使い方がお上手ですのね。今後もその対応をお願いします」
「お任せください。公爵閣下とアヴローラ様のおかげで、今後パーリム領は栄え、領民は感謝するでしょう。では、失礼いたします」
「アヴローラ様、本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いしますわ」
アヴローラは徹底抗戦する予定がなくなり、気が楽になった。そのまま父と叔母のエリザヴェータと晩餐室で夕食を摂る。デザートまでしっかり食べ、コーヒーを飲みながら父が、ニキータとマリーヤは除籍。マリーヤはパーリム侯爵と結婚するが、『まずは』正妃の政略結婚だと告げて、エリザヴェータは頷く。
「あの子たちが馬鹿なのはわかっていたけど、今まで何をやらかしたの?」
公爵がアヴローラへ説明するように、と言う。かなり省略して話すと、幼い頃からわがままで、保育園までアヴローラが離れるとギャン泣きしていた。ザラタローズ家の人間でありながら、夏休みなどの長期休みでザラタローズ領に戻っても、三日以内に帝都に戻ると言い出し帰る。理由は遊ぶ場所がないし、友達に会いたいから。
長期休み前に、宿題を全て片付けザラタローズ領で執務を習っているアヴローラと違い、弟妹は領政を習う気は全くなく、領民を労いもしない。リツェイ初等科まではザラタローズ領に行っていた弟妹も、中等部からは一切赴かずに帝都で遊び呆け、長期休みギリギリまでザラタローズ領にいたアヴローラが帝都公爵邸に戻ると、弟妹が宿題に全く手をつけておらず泣きつかれ、仕方なくアヴローラが手伝う、というよりもアヴローラが全てしていた。それも、あの夜会で
しかしアヴローラが一番許せないのは、ザラタローズ家のバラ園に、無断侵入したこと。弟妹が初等科の頃の話。アヴローラは常々、無断でバラ園の温室に行ってはいけない、バラにはトゲがあるから怪我をするかもしれないし、庭師たちはバラの手入れで忙しい。新しいバラを作る大事な仕事もしているから、どうしてもバラ園に入りたいのなら庭師長から許可を得て、服や靴も決まった場所で着替えてよく手を洗い、勝手にバラには触らないように、と言い聞かせてきた。
ところがあの弟妹は着替えも手洗いもせずに、立ち入り禁止の温室に入りバラにベタベタ触った挙句、温室内を駆けずり回りバラを踏み潰した。その温室は、新種開発専用。弟妹の乱入により、バラは病気が蔓延して全滅し、消毒と土壌の入れ替えもさることながら、十年分の時間や費用が消し飛び、庭師の苦労が泡と消え、再び最初から開発しなければならず、新種開発も遅れた。やっと開発成功したのが、公爵が夜会のブートニアにした、アヴローラの名前のバラだ。
アヴローラは庭師たちに謝罪したが、弟妹は謝罪しなかった。弟妹はバラ園に立ち入り禁止と公爵が厳命。公爵は弟妹を徹底的に叱り、一週間謹慎。メイドや侍従の世話もなく、自室内で全て自分でさせるようにした。食事は家政婦長が運び、廊下にすら出られず登校不可。アヴローラは父の公爵に謝罪したが、言いつけすら守れない弟妹が悪い。アヴローラは庭師たちに謝罪し、新種開発中のバラが枯れたことに心を痛める姿勢こそ、次期ザラタローズ公爵家当主の資質だと言われた。
アヴローラが時々、旧ザラタローズ王家の家臣の子女を招きバラ園でお茶会を開くのを、誰かを招いてバラ自慢でマウントを取りたい弟妹はアヴローラに文句を言っていたが、『あなたたちは、過去に温室のバラを全滅させたのに?』と言われて相手にされず、自分たちのメイドや侍従に当たり散らしてメイドや侍従の交代が頻繁にあった。夜会前日の夜、弟妹が侍従やメイドに金を渡してアヴローラの悪口大会をしたが、侍従やメイドは家令のオニーシムの元へ行き渡された金も出し、「侍従を、メイドを辞めさせてください。あの弟妹に仕えたくありません」と泣いたらしい。今はザラタローズ領で静養中だ。
「アヴローラ、よく我慢したわね。でもしなくていい我慢ばかりよ。言っちゃ悪いけど、ダーリヤそっくり」
「亡くなった母は、そんな性格でしたの?」
「ある夜会で兄様が頼まれて、一度だけダーリヤとワルツを踊ったの。それからダーリヤは兄様が自分を愛していると周囲に言いふらし、兄様が完全否定したら皇宮の夜会、皆が見ている中で、『結婚してくれないなら死にます!』と、バターナイフを自分の首に刺そうとしたの」
「……リーザ姉様。バターナイフは刃がないので、皮膚すら切れませんが」
「切れないわ。でも皇宮で大勢の貴族や陛下の前でやらかしたから、両親も兄様も仕方なく政略結婚せざるを得なかった。兄様は帝都とザラタローズ領を行ったり来たり忙しいのに、一緒じゃないと泣き喚くし、あなたが生まれても一切世話をせず、家政婦長に丸投げ。妹の私にも敵意丸出しだったから、リツェイから大和帝国の学習院に留学したの。そこで私は椿を見て研究したいと思ったから、人生何があるかわからないわ。見た目も性格も、二人はダーリヤから受け継いだのね」
「わたくしは母の記憶もなく、弟妹と似ていないと思っておりましたが、納得しましたわ」
「苦労したが、全て終わった話。あいつらは過去の人間、無関係だ」
そして公爵がパーリム前侯爵の話をして、エリザヴェータは抱腹絶倒、控えている使用人たちも肩が震えている。今夜の使用人ダイニングでは、この話で腹筋崩壊する者たちが出るだろう。死者を冒涜する気はないが、前侯爵のせいで大勢の人間が苦しんだのは事実。アヴローラもファイーナと笑い転げるつもりだ。
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