第2話 皇妃
この一ヶ月、ザラタローズ公爵家の家族はそれぞれの理由で多忙を極めた。アヴローラは大学院ドクトル取得と卒院。ニキータは次期
ローディナ帝国は革命で、皇帝陛下が革命家により処刑。各貴族家の当主も何名か殺害され、助かった帝室の人間は、当時の皇妃の故郷ブリトン王国へ亡命。皇太子は血を絶やすな、と各貴族家に勅命を下したものの、自身は独身。母の皇妃から縁談を勧められたものの、自由でいたくて婚姻はまだ、とのらりくらり逃げていた。弟の
一番の問題は宗教の違い。ルテニアやガリア王国を含むバルティカ大陸などの西側諸国は、全知全能の男神のみを信仰。ローディナ帝国や大和帝国を含む東側の国々は、名前は違えど太陽の女神が主神。山や海、自然にはそれぞれの神がいて、どの神を信仰するのも自由。つまり西側諸国の教会での結婚式は、ローディナ帝国があがめる女神様への背信行為に他ならず、ブリトン王国やガリア王国からすれば、唯一神を冒涜するローディナ帝国の人間を立ち入らせたくない。
結果、ブリトン王国の王宮大広間で、亡命中の他国の王侯貴族が参列する形になった。初めて両者が顔を合わせた結婚式で、皇太子妃になる女が言い放った。『文化の香り高い、ガリアの
翌日、顔が腫れて変色した王妹の頭を、押さえつけたガリア王がブリトン王に平伏。王妹がローディナ帝国で王族らしからぬ行いをした場合、ガリアへ強制送還後に処刑という宣誓書を提出して結婚式のやり直しを懇願。翌日、純白だったウェディングドレスからは異臭が漂い、黄色のシミを誰もが無視して結婚式は行われた。政略結婚は義務と受け入れていた皇太子だか、革命後に帰国して最初に出した勅命は、『皇太子及び皇帝は、侯爵家以上の相手と婚姻可能』だった。
参列していた各国の王侯貴族は革命終了後、帰国して自国の貴族に『糞尿の臭いが漂う最悪な結婚式』を、政略結婚における訓話として広めた。現在、ガリアの王侯貴族と結婚する国は存在しない。存在するのは、ローディナ帝国皇太子殿下の結婚前に、政略結婚した家だけだ。
ローディナ帝国に帰国後、皇太子殿下は即位されて皇帝陛下となられたが、即位式に
ローディナ語の会話すらできない皇妃を国民の前に出せば帝室の支持を失い、また革命が勃発しかねない。よって皇妃が行う予定だった公務は皇弟妃殿下が代行した。皇弟の息子二人は帰国後、兄皇子は帝室と各大臣との調整、弟皇子は他国の王家との折衝をしていたが、皇太女殿下は次期女帝。国民からの支持を得る為、婚約を機に皇妃の公務を全て行う。皇弟一家は公務から解放され、先延ばしにされていた新たな大公家となる。
皇妃曰く文化的なサロンを開いているが、実際は
皇妃は自分が一番偉いと勘違いしているが、勘違いだけならまだしも、夏至祭前夜パーティと、皇太女殿下の婚約パーティは別の日に開くべき、と強硬に主張。娘の婚約と一緒にされるのが嫌なのではなく、それぞれのパーティで違うドレスを着て称賛を浴びたいらしい。
皇妃が毎回お召しになるドレスはロココ調。横に長い楕円形のクリノリンを装着、若い娘なら許される派手な色合いが多く、宝石を金糸銀糸で大量に縫い付け、フリルやレースをふんだんに施した、装飾過多なドレス。様々なジュエリーを購入し、ゴテゴテと重ね付け。ご本人は、私のファッションセンスがあまりにも高いので、他の女性はついて来れないのね、とのたまう。
一般的に、皇妃は国のファッションリーダーとして様々な流行を作り出すのが役目だが、ロココ調ドレスを着るのはガリア大使夫人と取り巻きのみ。他の貴族女性は年配者なら丸いクリノリンを装着する場合もあるが、バッスルかペチコートを重ねたふんわりタイプが多く、最近はストレートやマーメイドラインも流行。それがお気に召さないのか、他人のドレスをこき下ろすのが夜会毎のお約束で、皇妃の人気は絶無。三百年前に流行した時代遅れのドレスを、誰が着るものか。
自身のドレスとパリュール、お気に入りの男女に様々な高価な物を
皇妃のわがまま・ガリア語のみ・公務不可・花の園・不人気・散財・大臣の罷免要求・皇太女殿下の婚約破棄まで言い出し、皇宮で勤務する文官たちは振り回されて疲れ果て、憧れの皇宮勤務から、地方へと赴任していく者も多い。
地方へ赴任するのは、出世コースからの離脱とみなされていたが、功を奏して、各地の領官による不正行為を発見し告発。まだ地方では導入していなかったシステムの導入、新しい技術や知識で地方が活性化している。災い転じて福となったので、最近では皇宮で修行して地方に凱旋する文官がいるのは、ある種の皮肉かもしれない。
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