虚無だとしても、それでも君を

不細工マスク

愛す者

 君たちは宇宙がどうできたか知っているだろうか?一説によれば、始まりは「無」で突如起きた小さな爆発が空間を原子を時間を作っていった、その爆発は宇宙を膨張していった。これが「ビッグバン理論」と呼ばれているもので、現在までの最有力候補だ。

 だが、「無」から産まれ出た宇宙なのなら、「無」に帰ることもあり得るのだ。だから、この結末は必然的だったのかもしれない。


 宇宙の膨張は常に観測されていた。NASAによって宇宙とは何か、宇宙の前には何があったのかを知るためであった。だが最悪の形でそれが分かることになった。22世紀、人類から秘匿されてきた情報が一人のハッカーによって全世界に発信された。その内容は絶望しか生まないものだった。内容は、宇宙が収縮している、3ヶ月後には地球も文字通り無くなる。

 最初は何かの冗談だと思った、だがNASAを始め、各国の宇宙研究機関が証拠を提示したことによって事実だと世界に知らしめた。これを受け、国家は混乱し、治安も悪くなった。だが2ヶ月も経てば元通りになっていた。かくいう俺も、最後の時を家族と過ごそうと久しぶりに実家に帰省した。

「ただいま」


「お帰りなさい」


 いつもと変わらぬ態度で出迎えられて、あと24時間で世界がなくなるようには見えなかった。

 家族全員で食卓を囲み、いつも通りの一家団欒を楽しんだ。

 親父はいつも通り仕事の話をし、母はそれを聞いて相槌を打つ。俺はそれを横目にご飯を口に運ぶ。3年前となんら変わらない、日常がそこにあった。

 テレビでもバラエティ番組が流れていた。深みのない内容を延々と喋り笑い、普段ならそれを見ても何も思わないが、なぜかそれが興味深く思えた。

 シャワーの棚に並べられたシャンプーも変わっていない、全てが昔のままだった。湯船に浸かりながらふとバスタブが小さく思えた。壁や窓も少し古びてきている。昔はこんなんじゃなかったけどな、そう思った。

 風呂を上がり、昔着ていたパジャマに着替えて部屋に戻った、途中リビングが見え、テーブルでワインを飲む親の姿があった。あれは確か親父の誕生日に買った同い年のワインだったはず。

仁均にひと、お前もこっちにきて飲まないか」


「うん、今そっちいくよ」


 初めて飲むワインは言葉に表せないぐらいの味だった。これが元はブドウだったというのだから驚きだ。そんな俺をニヤニヤとしながら見る親父、思えば親と酒を飲んだことはまだなかった。

 ワインを片手に昔話をしたり、俺の恥ずかしい幼少期を言ったりして盛り上がった。すると突然、さっきまで笑っていた親父が急に泣き出した。

「つい最近まで… あんな小さかったのになぁ… 立派になったもんだよ… 早いなぁ、子供の成長は…」


 親父が泣く姿なんて生まれてこの方見たことなかった。だからだろうか、それに釣られて俺も母さんも泣き出した。

 翌朝、妙に早く起きた。時刻は午前6時ごろ、早起きは三文の徳というが、果たして今日は何かいいことがあるのだろうか?少し外出でもしようと服を着替えていると母さんがドアをノックしてきた。

「仁均、玄関で杏里ちゃんが待ってるわよ」


 杏里ちゃん… 小学校から高校まで幼馴染だった小田澤杏里、学校内でもすごく人気の女の子だ。そういえば高校卒業してから一度も会ってなかったな。

 急いで着替えて玄関に向かうと、白いワンピースを着た杏里が立っていた。その姿は天使のように可愛かった。その姿に見惚れていると、向こうから口を開いた。

「あ、あの!ひさし… ぶりだね」


「お、おう」


 俺らは少し気まずい感じになった。

「あのね?今日、ちょっと… その、用事は、ある、かな…?」


「えーと、特には…」


「じゃあ!私と一緒に… で、デートしてくれませんか!?」


 思っても見なかった誘いに少し驚いていると後ろから母さんが出てきてニヤニヤしながら言った。

「どうぞどうぞ持ってちゃって!不甲斐ない息子でごめんね?」


 俺を押し出すように外に出し、呆気に取られているとまた杏里から先に話した。

「ごめんね、迷惑だったよね…」


「いや全然!むしろ嬉しいよ」


「本当?良かったぁ」


 久しぶりに見る杏里はすごく美人になっていた。昔もだったが、今はさらにモデル級のようだ。

「じゃあどこ行こっか」


「あ、私行きたいところがあったの!」


 懐かしい街並みを眺めながら突き進んでいき、その間昔話で花を咲かせた。俺が花瓶を割ったことや、共通の知り合いが今何してるとか、駅前の駄菓子屋のおばあちゃんは元気だとか、他愛もない話が、それが心地よかった。この田舎もだいぶ変わったように思えるし、所々昔のままだ。

 ふと見た周りの人間も幸せそうにしている。本当に今日地球が消えて無くなるなんて思えないぐらいにだ。

 途中バスに乗り、駅前まで行く事になった。オレンジ色のバスは昔から変わらずご当地キャラが描かれている。バスから眺める街並みも昔となんら変わらないことに気づいた。

「私ね、看護師なの」


「昔からなりたいって言ってたもんね」


「うん、ニっちゃんは?」


 杏里からはニっちゃんって呼ばれている。

「俺は… 特に面白みのない職業だよ。毎日サービス残業で辛いだけさ」


「都会は大変そうだねー」


「大変さ。この街の新鮮な空気が愛おしくなる」


 バスが目的地着いた。地上を踏み込み、目的の店に向かった。幸い最初の頃の気まずさは無くなっていたのでここまでの道のりはあっという間に感じた。

 朝10時過ぎ、朝食も食べていないので少しお腹が空いてきたところでようやくお店に着いた。そこは日本全国で展開しているパンケーキ屋だった。噂には聞いていたが、ここにも1店舗できたんだなと時代の流れに感心しながら店に足を運んだ。

 席につきオーダーを取り終えたあと、俺は杏里の言葉が引っかかっていた。「デートしてくれませんか」つまり、そういうことだよな?つまりそれは、俺のことが…。俺の思考を遮るように杏里が話しかけた。

「ニっちゃんは宇宙が収縮してるって知った時どう思った?」


「うーん、流石にテレビの前で呆然と立ち尽くしてたね。にわかにも信じがたい事実を証拠付きで提示されたら、もう信じる他ないし。かと言って何かできるわけないし。なんていうか… 虚無感に襲われた」


「そうだよね、連勤明けだったから寝ぼけてたのかと思っちゃった。でもそれが事実って知って、いろんな後悔思い出しちゃって… もうどうにもなんないのにね」


 後悔か。俺は特にない。やりたい事は大体やったし、過去の選択も間違ったものではないと思う。いや、一つあるとしたら…

「俺も、後悔している。あの日、杏里を…」


「ううん、いいの言わなくて。私も理解してるつもりだから」


 昔、高校を卒業するときに一度だけ杏里に告白されたとこがあった。でも、俺は東京の大学に進学することが確定していて、杏里とは疎遠になることから振った。

「でもね、やっぱり私それでも諦めれなかったの。だから今日もデートに誘ったんだけど」


「そう、だったんだ」


「私卑怯だよね、世界が消えて無くなるのを利用して好きな人とデートするなんて」


「そんなことない!誰だって消えていなくなる前に未練を残したくないって思う… 俺だってそうだ」


 俺はずっと後悔していた。実家に帰れば杏里に会えるかもしれない、そういう期待もあった。でも、それを忘れていたとも言える。実家に帰ってみると、懐かしい雰囲気、色褪せた壁、少し低くなった天井、シワの増えた両親がそこにはあった。それを見ているだけでも涙腺が刺激された。

「でもよかった」


 杏里はニコリと笑い言った。

「私たち、両思いだったんだ…」


「うん」


「えへへ、なんか不思議な感じっ」


 店を出た後は特に何をするもなく、懐かしいこの街を歩いて見て回った。歩いていく俺たちの手は、固く結ばれていた。

 街行く人々の目線なんて気にせずに、まるで俺たちだけの世界かのように。

 気がつくと、太陽は沈みかけていた。赤く染まったアスファルトを陰で隠しながら顔を見合った。

「どうしよっか。もう時間がないね」


「あぁ、これから帰ってもどうにもならないな」


「あ、じゃああそこ行こう!昔ニッちゃんに連れられて行った林!」


「え、ああ、俺らが秘密基地って呼んでた場所か。あそこも行くのはガキの時以来か」


 その場所は山の麓にある土地、木々が生い茂りとても人の手が届いてるとは思えない。昔より酷くなってるが、獣道がくっきりとみえる、最近の子供でもこういう場所にはくるのかと感心した。中に進むとすぐに平野に出た。近くの家から漏れる光がちょうどいい具合に辺りを照らし、夜空の星を邪魔しない程度に明るい。

「こんなに狭かったっけ?」


 彼女のいう通り、少し狭く感じた。でもそれはここが縮んだのではなく、俺らが大きくなったのだ。時を経て俺らの記憶にあるここと、目の前のここは同じでも見える光景が変わっていた。

 中心には一際大きな木が相変わらず聳え立っていた。そこの麓に寝っ転がり、二人で宙を見上げた。陽は沈みきり、あるのは濃い青の空と無数の光の斑点。手を握ったまま、俺らはそれを眺めた。

 全身で感じる風やここに住む動物たちの声を聞きながら俺らは思い出した、過去のことを。下り坂を駆け降りた小学校、カラオケで喉を潰した中学、淡い青春に染まっていた高校、それだけじゃない、親と行った水族館、フェリーに乗って初めて向かった四国以外の場所、厨二病を拗らせて見学した呉港。その全てが鮮明に蘇った。これが走馬灯なのか、そう思いながら。

「ねぇニッちゃん」


 杏里は遠慮気味に言った。

「なに?」


「私、ニッちゃんのことが好きよ」


 この言葉を聞いた時、俺の顔はどうなっていただろうか?泣いていたか?ニヤけていたか?いや、それは些細な問題だ。ただただ内心嬉しくて、叫びそうな気分だった。目尻が熱くなるのを感じたがグッと堪えた。そして振り絞った声で伝えた。

「あぁ、俺も、杏里のことが、す

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虚無だとしても、それでも君を 不細工マスク @Akai_Riko

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