◆停学
俺は一ヶ月の停学処分になったことを親父に話したけど、「そうか」と言ったきり、何も言わなかった。以前の親父なら、俺の無能さを三十分に渡り咎めた後、自分がどういう風に停学にならず悪ことを働いてきたかの自慢話をするのに一時間かけたはずだが、やはり姉の死が耐えがたいようだ。もしかすると姉を死なせたのはこの男なんじゃないかという疑念も湧いてきた。それで、思い当たる節があるからこの男は何も言えずに黙ってる。そんな感じなんじゃないかってどうしても考えてしまうんだ。
停学になってみると、自分が如何に学校に依存していたかよく分かった。多分こういうのって、停学になるか病気や怪我を負って少しばかり学校に行けない期間がないと分からないと思う。朝起きて、さあご飯食べて通学だってときに、停学だって思い出すんだよな。こうしとけば正解っていうことがないから、何するかって悩んじゃう。で、登校してる人は物凄く人生においてマトモなことしてて、登校してない人は思いっきりそのレールから脱線してることをより意識するようになるんだ。
俺は朝ご飯食べたあと、やることがないからそわそわして、屋上にたむろしてた落ちこぼれの不良もどきみたいに、スマホをぽちぽちしたくなった。スマホには、福島の電話番号とLINEが入ってる。だけど別にこれといって用こともないから、電話を掛けられないでいる。用ことがあればよかったのにって、少しだけ自覚してるんだ。
俺は私服で田舎の街をうろうろした。原付の免許はすぐ取ってたから、割と融通は効くんだ。というか、原付でもないと遊べないくらい田舎なんだ。一応カラオケとかボーリング場はあるけど、一緒に行く人が居ないのはやっぱ寂しい。うちも小遣いが多いわけでもないし。やっぱりT高校の屋上にたむろしてる奴が一定数居る理由も分かるんだ。
無目的に街を探索しても、そりゃもうすぐ夏だから、原付は最高に気持ちいい。風を切って実に快適で爽快だ。だけど結局やることがないんだ。親父は、「男なら外で遊べ」ってよく言ってたけど、多分親父の世代と俺の世代は大きく違ってて、俺の世代は「スマホ世代」とか呼ばれてて、スマホのオンラインの世界に閉じこもっちゃう。主にラインとかツイッターとか、もうちょっと前ならモバゲーとか。そこで仲間作って、その仲間だけでグループになって群れが完成すると、ずっとその群れの中だけで遊ぶんだ。俺にはそれが合わなかった。大げさな言い方をすると「生まれる時代を間違えた」んだろうな。
最寄りのコンビニにバイクを止めて、最近出来た、コンビニのセルフコーヒーを飲んだ。コンビニの外でそれを半分だけ一気飲みすると、心地よい焦げ臭さが香った。喫煙ところでは滝が、セブンスターを吸っていた。
「休憩中?」
「おー、タケル。休憩中だわ。今日は酒買ってかねえの?」
「暫くはいいかな。また必要になったら頼むわ」
「任せとけ。しかし美味いな休憩中の煙草は」
「お前中学生のときから吸ってたよなあ。実際美味いの?」
「めっちゃ美味いよ。でもすぐ中毒になるから吸わん方がええで。最近は煙草吸ってると女にモテないからな」
「それ分かってて吸ってるのか」
「俺は吸っててもモテるからいいんだよ」
滝はモデル級とまではいかないが、整った顔ではにかみ、煙を吐いた。
「違いない」
俺は笑って、滝に「本当は聞きたかったこと」を聞こうと思った。
「滝はさ、毎日バイトで頑張ってるけど、夢とかあるわけ? なんつーのかな、生きる意味みてーなこと」
滝は少し困ったような顔をして、顎に手を当てた。
「無いよそんなの。俺は店の奴隷として働かされてるだけ。うち貧乏だから、どっちみち勉強しても大学行けないしな。小学校のとき、蟻とキリギリスの物語ってあっただろ? 俺はキリギリスだから、冬が来たら絶対凍死するわけ。でも、今蟻みたいに頑張って働かないと、今餓死する。だから俺の人生は特に何もない。というか、全方面的に何もないよ。なんか悪いな、こんな重い話するつもりはなかったんだけどな」
滝はそう言って、また煙草を吸った。
「俺もさ、学校一ヶ月停学食らっちゃってさ。今殆どニート状態で、いや、学費を親に払わせてるからニートよりもたちが悪いな。学校での成績も悪いし、お前の気持ちが少し分かる気がするんだよ。この先どうしようって思うのに、何も頑張る気が起きないんだ」
滝は聞き終えると、煙を吹き出して、
「いいやお前には、俺の気持ちは分からないと思うよ。他人の庭は青いのかもしれないが、俺からすると、お前は後々何にでもなれるいい人生に見える。何にもなれないかもしれないけど、何かになれる可能性があるなんて、その時点で俺はうらやましいと感じるな。だから最初から、未来が途切れてる人間の気持ちは、お前には分かりっこない」
と、言って、少し悲しそうな顔をした。
「ごめん……俺が悪かったよ。そうだよな、俺が思う不幸なんて、本当に甘えの延長のレベルだ。ありがとう。このまま腐っていくところだったよ」
俺はそう言って、残りのコーヒーを一気飲みして、コンビニから立ち去った。背中の方から、「またな」と聞こえた。
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