雨の日だけバス停に現れるお姉さんと話した後やたらとエンカウント率が上がった件
剃り残し@コミカライズ開始
第1話
寝起きの頭をかきながら窓から外を眺める。外では雨が降っているということは、外を見ずとも寝癖のような天然パーマの髪の毛のうねり具合でわかるのだが、雨量まではわからない。
そこそこ強い雨が降っていることを確認し、ため息をつきながら会社に行く準備を始める。歯磨き、寝癖直し、着替え、朝食。そんな、社会人生活のルーチンも2年目に入るとこなれてきた。
職場は駅前のビルにあるものの、その駅前まで徒歩30分のところにあるアパートに住んでいるため、雨の日はバスに乗る。
本数はそれなりにあるため、混んでいるだろうがいつかは乗れるだろう。
今日は会社の人と飲み会がある。自分が参加するイベントがある日に限って雨が降る、というジンクスは小学生まで遡る。所謂、雨男。
運動会は予備日に開催されることが常だったし、修学旅行では晴れの予報でも折りたたみ傘を荷物に忍ばせていた。
今日も同僚に「
そんな事を考えながら、伸びをして洗面台へと向かった。
◆
バス停まで数分の道のりを雨の中歩いて到着。目の前で、自分が乗りたかった143系統のバスが行ってしまった。
屋根のあるバス停のため、ベンチに腰掛けて次の便が来るのをぼーっと待つ。
少しして、隣に女性が一人座ってきた。外ハネした肩にかかるか、かからないか程度の長さの黒髪がよく似合っている、鼻筋の通った美女。この人のことは名前も何も知らないけれど、雨の日にバス停で一緒になることが多いため、雨の日にバスで何処かへ行くことだけは知っている。
朝の通勤時間帯ではあるものの、その人はデニム生地の太めのズボンにダボダボのスウェットという格好をしている。
年齢的には大学生か社会人になりたてくらいに見えるので、学生じゃなければ美容師とか、そっち系の職業なのかもしれない。
そんな事を考えていると、急に風が強まり、雨が背後から殴りつけるように降ってきた。
慌てて傘を広げて雨から身を守る。
隣の女性は強い雨の日にもかかわらず、傘を持ち歩いていないようだった。
背中で雨を受けているのを見ると、自分だけが傘に入っているのも申し訳なくなり、女性の方に傘を寄せながら「使います?」と尋ねた。
女性はびっくりした表情で俺を見てくる。いきなり知らない男に声をかけられたのだからそりゃそうか。
「あ……い、いいんですか?」
女性は目を丸くして尋ねてくる。
「どうぞ。使ってください。折りたたみ傘もあるので」
「ありがとうございます」
女性が傘を受け取り、背中を守るように傘を差した。
俺は自分の折りたたみ傘を探すために鞄を開けるも、それらしき姿は見えない。どうやら家に忘れてきたようだ。
一向に折りたたみ傘を出そうとしない俺を女性は怪訝な目で見てくる。
「折りたたみ傘、無いんですか?」
「あ……あれ? おかしいな……入れてたはずなんですけど……」
鞄の中を漁っていると、女性が俺との距離を詰めるように座り直した。
「傘、入れてあげてもいいですよ?」
女性は冗談めかして微笑みながらそう言った。
「ありがとうございます」
俺も冗談に合わせてお礼を言いながら自分の傘に入る。
会話はそこで途切れ、2人の背後から雨粒が傘に当たる音、車のエンジン音と水たまりを弾くザーッという音だけが響く。
「雨、やまないね」
女性が車道を見つめながらそう言う。
「そうですね……って急に馴れ馴れしいですね……」
「や、早くも話題が尽きそうだったから。次の『ツッコミしろ』を作っとかないとなって」
「話題が尽きるの早すぎません!?」
「や、知らない人だし」
「ま……たしかに。けど、たまに見かけますよ。雨の日のバス停で」
女性は不思議そうにぽかんとした顔で俺を見ながら首を傾げる。
「……ストーカー?」
「たまたまですよ!? 後、本当にストーカーを疑っているならもっと怖そうにしてくれますか!?」
俺が突っ込むと女性は嬉しそうに笑いながら足を組んで姿勢を変えた。
「ふふっ……これも『ツッコミしろ』。会社員なの?」
「そうですよ」
「そっか」
「おねえさんは?」
「いちご農家」
「へぇ……すごいですね!」
「……冗談なんだけど」
女性は「こんな冗談を信じるなんて信じられない」と言いたげにドン引きしたジト目でこちらを見てきた。
「だっ、騙された……」
俺が素直に反応すると、女性は自分の膝に肘をつけ頬杖をついて笑った。
「面白いね、君。すごくピュアだ」
「そ、そうですかね……周りの人には真面目とかジメジメとか雨男とか言われますけどね……」
「ジメジメマジメ。ジメマジメ」
呪文のように下を向いて女性が呟いた。
「なんですか? それ」
「や、意味のない言葉。バスを待つのにはちょうどいいでしょ? 意味のない時間なんだから」
「ま……たしかにそうですね」
案外弾んでいたと思っていた会話が急に途切れる。
それでも気まずさはなく、二人で並んでぼーっと雨の中を走り去る車を見ながらバスを待つだけの時間が過ぎていく。
「君、好きな車種ってある?」
「ないですね……」
多分年は同じくらいなんだろうけど、妙に落ち着いているので年上っぽさを感じ、君呼びもしっくりきてしまう。
「そっか」
「お姉さんはあるんですか? 車の好き嫌い」
「好きな車はないけど、嫌いな車はあるよ。探してみて」
そんなことを言われたので前を見ると、ちょうど信号待ちで列ができていた。先頭から六台の車が並んでいる。
なんとなく、その列の中ほどにいた黒いミニバンを指さした。
「あの黒い車ですか?」
「正解。アルファード」
「ずいぶん限定的ですね……」
「ふふっ……まぁね」
そんな話をしていると、1台のバスがやってきた。302系統と表示されていて、ここを出ると丘の上にある工場地帯を経由して終点の自然公園に向かうルートを通るバス路線だ。10時前で既に出社のピークは過ぎているらしく、バスの乗客は皆座っていた。
女性はその路線に乗るらしく「バス、来ちゃった」と言って立ち上がる。傘を渡すと俺の方を向いて手を振ってくれた。
「それじゃ、また雨の日に。今度は私が傘を持ってきておくから、手ぶらでいいよ」
GoodbyeではなくSeeYou。再開を前提とした挨拶が妙にくすぐったい。
「家からここまで来るのに濡れちゃうんで傘は持ってきますよ。また」
「ふふっ。だよね」
女性は目を細めて笑い、バスの前方の乗り口に向かう。
「アスミさーん! おはようございまーす!」
大きな丸眼鏡をかけた女性が傘もささずに走ってバスの乗り口にやってきて、俺の話していた女性に挨拶をした。俺と椅子に座ってバスを待っていた女性はアスミというらしい。
二人でバスに乗り込むと、アスミは歩道側の窓際の席に座り、俺の方を見てきた。
微笑みながら手を振ってくるので、俺も振り返す。
アスミは何か呟くように口を動かしていたが、バスの窓ガラス越しに聞こえるわけもなかった。
◆
「名前、バレちゃったな」
私が窓際の席に座りさっきまで話していた彼を見ながらつぶやくと隣に座っていた会社の後輩、
「や、なんでも」
「さっきバス停にいた人とお話してたんですか?」
「や、まぁ……ちょっとだけ。傘に入れてもらったお礼くらい」
「ふぅん……」
杏がじーっと目を細め、窓越しにその人を観察し始めた。
「なっ……何?」
「いえ。あの人、どこかで見たことあるんですよねぇ……だけど全然出てこなくて。すっごいもやもやするんですよ」
「会社関係? ここからバスに乗るなら生活圏は近そうだけど」
「うーん……どこだったかなぁ……けど私が行くところなんて会社かラーメン屋くらいですよ」
「じゃ、ラーメン屋の常連かも」
「かもしれないですね」
バスは既に発車しており、窓の向こうにはバス停もあの人もいなくなっている。
「また、会えるかなぁ」
雨の日は人一倍憂鬱。だが、そんな日に僅かに陽の光がさした気がした。
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