配信者は夜に起きる
坂
第1話 夜は朝
私の朝は夜に始まる。
十六歳。
高校一年生。
職業、配信者。
学校には行っていない。
通って半年経った頃、クラスの男子に告白されたことがきっかけで引きこもった。
クラスで権力のある女子がその男子を好きだったらしく、そのせいで目をつけられるようになったからだ。
教科書や弁当が捨てられ、トイレで水をかけられ、髪を引きちぎられ。
私は学校に行かなくなった。
家に引きこもっても暇だったので配信を始めた。
幸いにも父親がPCマニアだったお陰で配信機材は一通り揃っていた。
オーディオインターフェース。
配信用マイク。
WEBカメラ。
ゲーミングPCにOBS。
最低限のソフトを利用し、私は配信者デビューをした。
この年齢で引きこもりはしたけど、それなりに承認欲求はあったし、顔にも自信があった。
だから最初は顔出しで配信をしていたのだが、すぐにキモい男たちが自分の性器の画像をSNSに送ってくるようになったので顔を出さなくなった。
色々考えて始めたのが無料のアバターを立てる形の配信者だった。
Vtuberとは少し違う。
なぜなら私は既に顔出しも体出しもしているからだ。
活動名はそのままに、スタイルだけ変更する形になった。
Vtuberに近いスタイルでアバターを立てつつ、ときおり顔出しも行う。
そうしたスタイルの配信者は割といるらしい。
と言っても、私が顔出しすることはほとんどなくなったけど。
黒髪で、姫カットで、私でも描けそうなデザインの安っぽいアバター。
それが私のネットでの姿だった。
元々顔を出していたお陰か、幸いにもそれなりに人気が出て、ギリギリ収益化して活動している。
配信で得たお陰は月数万とかだけど、特に使い道もないので親に渡すとそれなりに喜ばれた。
配信で得た収益は、言わば私が引きこもるための免罪符だった。
私は夜八時に起きる。
起きたらまずストレッチして、カーテンを開く。
外が夜であることを確認したら、パソコンの電源を入れる。
夜九時になったら配信を始める。
配信が終わる深夜になると、私は外へ出る
この時間帯は私みたいに学校にも行っていない、リスナーへのサービスもろくにしない適当な配信者でも肯定してもらえる気がして、少しだけ息がしやすくなる。
学校には近づかない。
近づくと呼吸がしづらくなるからだ。
ちょっと近所をブラブラして、コンビニに寄って帰る。
それが今の私の人生の全てだった。
「どもー。こんちわー」
私が配信を立ち上げて間もなく、すぐにコメントが流れていく。
SARYU23:こんばんはじゃない?
ちえぴ:こんさや~
青柳(犬好き):今日も声可愛い
naoya_110:現役JKってマジ?
関西人やけど:ほんまの年齢ちゃうやろ
何となく見覚えのあるハンドルネームのコメントたち。
この画面の向こう側には人がいるんだろうけど、私にとってはAIと変わりない。
今の私は言わば、壁に向かって独り言を呟いているようなものだ。
「じゃあ今日もゲームやっていきまーす。今日は新しく出たホラゲーで……」
生産性のない人生。
同級生が学問や部活動を謳歌している中、これが私の青春そのもの。
数年後には終わっているかもしれない業界の隅っこで、私はひっそりとゲームをしている。
¥10000 乳首ぴんこ:さーや今日も配信感謝。推しに生かされる毎日。今日から新しいバイトなので声援ください。
「あ、乳首ぴんこさん今日も赤スパありがとうございまーす。バイト頑張ってくださーい。無理しないでねー」
この終わってるハンドルネームの人は私の初期からのリスナーだ。
困ってたらヒントをくれるし、高額スーパーチャットもガンガン投げてくれる。
結構セクハラコメントが多い中、割とフラットに接してくれるので私は嫌いじゃない。
……ハンドルネームは下品だけど。
ちなみにさーやというのは私の名前だ。
私の本名の
我ながらネットリテラシーが低いと思うが、凝った名前にしてもすぐ忘れそうな気がしてこれにした。
一通りゲームを終えて気がつけば深夜四時。
明け方になってきた頃に配信を閉じる。
「じゃ、今日はここまでで。お疲れー」
関西人やけど:おつかれ
naoya_110:おつさや
pico_chan:おつ
ちえぴ:またねー
画面を閉じてホッと一息。
スマホで確かに配信が閉じていることを確認して、私は背もたれに体を預けた。
「はぁ、お腹へった。コンビニ行こ……」
こそこそと部屋を出ると兄の
うちは兄妹共に夜行性だ。
でも、兄がこの時間まで起きているのは結構珍しい。
「お兄ちゃん、まだ起きてんの? 早く寝たら」
「お前に言われたくねーよ。こんな明け方まで起きてよ」
「私にとっては今が夜なの。お兄ちゃんは明日大学でしょ」
「明日は祝日で講義休み」
「あ、そだっけ」
「しっかりしろよ」
配信者をしていると時間も曜日も感覚が損なわれる。
こういうふとした瞬間に、自分が普通でないことを実感する。
「お前、どっか行くん?」
「ちょっとコンビニ」
「じゃあカップ麺買ってきて」
「自分で行ってよ」
「面倒臭ぇなぁ……」
そう言いながらも兄は立ち上がって上着を羽織った。
着いてくる気らしい。
二月の深夜は空気が澄んでいて美味しい。
街が死んだように眠っているこの時間帯は特に好きだ。
兄は私の三つ上で、今は大学一年生だ。
「お前、もう学校行かんの? 親父とおかん、心配してたぞ」
「行ってもロクな目に遭わないから行かない」
「あっそ。でも、先のことちゃんと考えとけよ」
「先のことなんて考えらんない。配信で食ってく。それだけ」
「ちゃんと食えるようになってから言えよ」
喧嘩みたいな言葉の応酬はいつも通りだ。
説教臭いとは思うけど、正直そんなに嫌じゃない。
なんだかんだ言って、兄は私には甘い。
こうしてコンビニに着いてくるのも、私が心配だからだろう。
「お前、配信者で顔割れてるみたいだけど、変なやつには気をつけろよ。マジで」
「分かってる。幼稚園児じゃないんだから」
そこまで言って、ふと乳首ぴんこさんが脳裏に浮かぶ。
私に投げ銭することを惜しまない人。
私が配信始めた頃からのリスナーだから、当然のように私の顔も知っている。
男か女か知らないけど、あんな下品な名前のハンドルネームはおっさんだろう。
ああいうのを、ガチ恋勢と言うのかもしれない。
ただ、あれくらい距離をわきまえてくれるなら別にガチ恋勢でも構わない。
ようは私の人生に関わりさえしなければ良いんだ。
少し歩くとすぐにコンビニにたどり着いた。
中に入るといつもとは違う店員が立っている。
いつもはちゃらちゃらした感じの金髪の男の人だったけど、今日は若い女の人だった。
新人っぽいがどうだろう。
「お前何買うの」
「カップラーメンとプリンだけど」
「一緒に買ってやるよ」
「マジで? ラッキー」
レジの前でやり取りしていると、商品をスキャンする店員の手が止まった。
驚いて顔を向けると、先程の女性の店員が目を見開いて私を見ている。
「さーや……?」
その言葉に、ギクリとする。
私をさーやと呼ぶ人。
たぶんこの人、私のリスナーだ。
私が凍りついていると、彼女は自分のことを指さしてこういった。
「私、乳首ぴんこです」
私の後ろで兄が「えっ」と引いた。
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