第39話 縁結びの木の怪(15)
「佐野さんのSNSにリクエストを送ったのも、
東雲女子校の怪現象を追っているうちに私はあるひとつの可能性に辿り着いた。
心霊現象が何者かによって意図的に引き起こされている可能性だ。
SNSの書き込みに下駄箱の手紙。今現在も東雲女子校に通っていなければ知り得ることのない情報……。
全ては超常現象……この世に存在しないものが引き起こしたと決めつけるにはあまりにも現実的すぎた。生きた人間が手引きしているとしか思えなかったのだ。
「どうして私がそんなことをしなきゃいけないの?」
声は落合だが、他の誰かが話しているような口調で聞いてくる。私は一呼吸置いた後、ある考察を語った。
「あなたは落合さんじゃない……。そうでしょ?」
「……」
落合は黙り込んた。相変わらず顔が良く見えない。
「あなたは……
落合に向かって別人の名前を呼び掛ける。その名は千代子理事長が教えてくれた、自殺した女学生の名前であり、私のサイトに貼り付けられた写真の少女のことでもあった。
「男子に女だてらに勉学とは、と軽んじられることには慣れていました……。親戚からも『女に勉学は必要ない』と言われて。それでも私は学び続ける道があると信じて女学校に進みました」
突然落合の口から落合と思えない口調が発せられる。
声は落合なのに話し方は昔のお嬢様のようだった。私は黙って落合の言葉に耳を傾けた。
「私の夢、私の心に止めをさしたのは時代でも社会でも見下してくる男達でも、縁談を強制してくる両親だけではありませんでした……。私と同じ女達です」
顔を上げた落合の顔を見て息が止まるかと思った。こんなに憎しみの籠った落合の表情は見たことが無い。鋭い刃を首元に突き付けられたような寒々とした気持ちになる。
「女達はどうしても己と違う女を許すことができないのです。ですからどんな手を使ってでも自分と同じ生き物にしようとする。そうでなければ同じ女として認めない。私の大学への口添えも女教師や同級生に阻まれました……」
この国特有の同調圧力と「あなたのために言っている」というお節介と思わせて己の意見を押し付けるやつだ。女教師や同級生も悪気はなかっただろう。中にはなんでもできる華島さんを妬んで悪意を持って言った人もいたかもしれない。
正しさの押し付けほど苦しいものはない。
正しさの厄介なところはそれが本当に正しいのか分からないことにある。時代が変わって「実は間違ってました」なんてことはこの世界にたくさんある。
更に時代や社会が後押しすれば正しさの力は増し、正しさに疑問を持った人は押しつぶされてしまうのだ。私は女学生の苦しみを想像して胸が苦しくなった。
「私は己が女であることを強く後悔しました。女を軽視する男であれば良かったとも思いませんでした。ただひたすら己が女であることを悔やみました……。私はこれ以上心を殺して生きてはいけないと思い……首を吊りました。でもただ死んだわけじゃない。私の命をかけたお
落合の口の端がにいっと歪に上がった。
「貴方も自分が女であることを罪だと思っていたんでしょう」
「……!」
私は華島ハツの言葉に固まる。どうして私の過去を知っているんだろうか。いや、知っているはずがない。彼女はずっと昔に生きていた人だし、落合に私の過去を語ったこともないのに。
「この子も私と一緒。だからこのまま見ていましょうよ。沢山の子が苦しむ姿を。そのうち私達と同じように、女であることが辛くなって……私のお友達になってくれるから」
全く悪いと思っていない華島ハツと思われるモノの言葉に身震いした。
「あなたは確かに不幸だったのかもしれない……。気の毒に思う部分もある。だけど、他の人達を巻き込むのは違う」
私は落合の姿をした
「特に心の弱った落合を……。落合を利用して心霊現象を引き起こさせるなんて。絶対に……絶対に許せない」
いつも冷静さを保つ私だったが今回ばかりは怒りを
突然、落合が笑い声を上げる。声は落合なのだが知らない誰かの笑い方に鳥肌が立った。
「楽しかった~。人が苦しんでいるところを見るのは。皆が女であることを何とも思わずに受け入れて、楽しんで……私だけ楽しめないなんておかしいものね」
今話しているのは落合だろうか。それとも華島ハツか。私には判別できなかった。見た目は落合なのに落合とはかけ離れた言動と素振りにいつまでたっても慣れない。
「貴方もそう思うでしょう?好きで女を選んで生まれてきたわけじゃないのに。どうしてこんなに責められなきゃならないの?どうしてこんなに辛い思いをしなきゃならないの?」
落合が捲し立てるように続ける。今度はさっきまでの女学生の言動とは様子が異なっていた。
「女の子っぽい恰好してるとじろじろ見られるんだよ。それがどれだけ怖くて気持ち悪いか。夜とかも部屋を覗きに来てさ……。お母さんにはこんなこと言えないし。全部あいつが悪いのに……どうして私が、女なのが悪いみたいなことになるの」
私は昨夜の悪夢を思い出す。恐らくあの光景は落合が体験していたことだ。
恐らく心霊現象の相談とは言えない、あのサイトの書き込みも落合がしたものと考えていいだろう。
だとしたら今、話をしているのは落合自身であるはずだ。
私は愕然とした。ずっと隣にいたのに、落合のことを私はなにひとつ知らなかった。
ボーイッシュな雰囲気も、王子のような振る舞いも。全ては落合が母親の交際相手から逃れるためのものだとしたら……。
色んな部活動に顔を出していたのはなるべく家に居たくないから。誰とでも友好関係を築いたのは深い関係を築くことで自分の家庭環境を探られたくないから。
これまでの落合の王子らしい輝かしい言動の全てが、あのコメントに書かれた絶望的な状況を避けるために行われていたことが分かる。
『
あの時に言ってくれた言葉、相当勇気を振り絞って言ってくれたに違いない。それを私は軽く受け流して……。
私は自分の手に爪の跡が残ってしまうぐらい、力強く握りこぶしを作った。
「この苦しみ……貴方も分かるでしょう?」
目の前のモノは……私の過去を知っている。
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