第43話 Fの怪(3)

「オオムカデもナナシさんも縁結びの木も……落合が引き起こしたことだよ。でも、落合は憑りつかれながらも必死で怪異から人を助けようとしてた」


 私がただ心霊現象の原因を突き止めたいのに対して落合は本気で人を助けようと必死だった。落合は正義のヒーローぶってなどいなかった。自分で引き起こしたことだからこそどうにかしたかったのだと今なら分かる。


「私の『心霊現象考察サイト』に学校の心霊現象に関する書き込みをしてたのも……落合がSOSを出してたんでしょう?」


 タイミングを見計らったかのようにサイトに書きこまれた心霊現象。あれは落合のSOSだったのだ。


「そうだったのかもね。悪いことに慣れてないからさ」

「どこで私のサイトを知ったの?」


 私は恐る恐る落合に問いただす。母親にも秘密にしている趣味を知られるのは何となく気恥ずかしい。落合は頭を掻きながら答える。


「最初は文香のサイトだとは思わなかったよ。心霊現象考察サイトなら憑りつかれた私に気が付いてくれる人がいるかもしれないと思って……。自分が引き起こした心霊現象について書きこむようになった……。段々考察の内容を見てもしかしてFさんって文香のことかもって考えるようになったんだ」


 偶然私のサイトに行きつくなんて……落合はやはり何か持っているのかもしれない。今更ながら私のことを『心霊現象のプロ』と呼んだのも、私に声を掛けてきたのも実はあのサイトの存在を知っていたからではないのかと考えられる。


「真実を全て明らかにすることが必ずしもみんなが幸せになるとは限らない。落合の家庭環境も女学生のことも……。私達だけの秘密事項にしておこう」

「……ありがとう」


 再びベッドの上に座り直した落合が安心したような笑みを浮かべる。


「ふたりだけの秘密って……なんかいいよね」

「別に……深い意味はないから」


 私は勘違いされないようにそっぽを向いた。私と落合は住む世界が違う。これから心霊現象を追うこともないだろうし。心霊現象が解決してしまえばこれから落合が私と深く関わる理由もなくなる。


「そういえば……まだ文香の辛かったこと聞いてなかった。私ばっかり話しちゃってたね」


 驚いたように私は落合の整った横顔を見た。


「私も見たんだよ。文香がどんなことに苦しんできたのか……」


 私と落合が縁結びの木に一緒に布を結んだせいだろう。私達はお互いに過去の自分と縁を結んでいたらしい。

 私が落合の絶望を夢に見たのなら、落合も私の絶望を見ていても不思議じゃない。


「文香の力は恐ろしい力なんかじゃないよ。私も、クラスメイトも助けられた。だから……私のこと切らないで。これからも友達でいてよ!」


 落合の言葉に私の頭の中に蓋を錘が弾けて消えた。人の縁を切ってしまう私でももう一度縁を結べるんだ。落合の病室に夏の日差しが白いカーテン越しに差し込む。


「……分かった」

「あ。照れてる」


 落合が指をさして私のことを笑うので、私は緩みかけた頬を元に戻す。


「照れてない」

「いや、照れてるね!文香の照れ顔なんてレアだなー。写真撮っておけばよかった」

「……元気そうだからもう帰るね」


 私がわざと席を立つと落合が私の腕を掴んで慌てて引き留める。


「嘘だってば!もう少し陽が落ちてから帰りなよ。暑いし。そうだ、お見舞いで色々お菓子もらったからさ。食べてって」

「え……。落合がもらったんでしょ?」

「いいから、いいから!私ひとりじゃ食べきれないし」


 私は落合から手渡されたクッキーを口にする。


「どうして生きるのって……こんなに辛いんだろうね」


 落合がチョコチップクッキーを見下ろしながら呟いた。私はクッキーを口の中に入れながら答える。


「これは……私の考察なんだけど。辛いこと恐怖っていうのは動物の生存本能を磨くためにあるんじゃないかって……。天敵に襲われて死にかけた記憶を動物は絶対に忘れない。どんなに辛くて怖くて、痛い目に遭ったとしても次にまた同じ目に遭った時、生き残れるように。より強い自分でいられるように」


 落合はクッキーをかじりながら感心したような声を上げる。


「じゃあ辛いことっていうのは……私という人間が強い生き物として生き残るために起こってるってこと?」

「……私はそう考えるようにしてる。そうでなきゃ前を向いて生きていけなかったから……」


 落合はクッキーを飲み込むと私の仄暗い表情とは裏腹に得意気な表情になった。


「いい解釈だね。私もそうやって考えよう!じゃあ今私、食物連鎖のピラミッドの上の方にいるんだ」

「そう言うことじゃないけど……。まあいいよ。自由に解釈してもらって」


 私の不貞腐れた顔を見て落合が笑った。口の中に残っていたチョコチップの甘さが広がっていく。


「でもそっか……。そしたら私、また辛い現実に立ち向かわなきゃなんないのか」


 落合が萎れた表情を見せたので私は肩をすくめて答えた。


「いや……案外もう辛いことは終わりかもしれないよ」

「何それ。でもそうやって励ましてくれてるんなら……ありがたい」


 サイドテーブルの上に置いてあったお菓子を取ろうと手を伸ばす落合を横目に私は呟く。


「励ましなんかじゃなくて……事実を言っただけ」

「あ!テレビのリモコン落としちゃった」


 お菓子の近くに置いてあったリモコンを落とした反動で落合のベッドの正面に取り付けられた小型テレビからニュースが流れ始めた。


「……私が拾うから大丈夫」


 落合を制して私は体を屈ませベッドの下のリモコンを探す。 


『先ほど入って来たニュースです。○○市○○駅の付近にて。●●●●さん、43歳が踏切に立ち入って死亡しました。防犯カメラには男性しか映っておらず、自殺の可能性が高いとのことです。警察は事故と事件両方の可能性を視野に入れて調べを進めています……』

「え……この人、お母さんの……」


 テレビの画面に落合の視線が釘付けになる。

 私はベッドの下に滑り込んだテレビのリモコンを手に取ると、電源を消した。

 

「文香……」


 落合の戸惑った表情を見て私は微笑んだ。

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