第42話 Fの怪(2)
「日記も髪の毛も誰のものだか調べるのは難しいけど……恐らく女学生のものじゃないかって」
この事実を知っているのは千代子理事長と私だけだ。2日前、木の移植作業が進められている最中。私は理事長室に呼び出されて髪の毛と日記が見つかったことを聞かされた。
「私の生徒のことだもの。教師の不祥事と周りの生徒への指導が足りなかったこと。代わりに私が謝っておくから安心して……」
千代子理事長が穏やかで……でも悲しそうに話してくれたのが印象的だった。
「私はね。生徒のことに関しては記憶力がいいの。だから……
千代子理事長の哀しそうな笑みを思い出す。
「だからこれは私が預かっとく」
私は髪の毛を赤い袋に戻すとそのまま肩掛け鞄のポケットにしまった。
「ありがとう。なんか……優しい文香って新鮮でいいね。さすがツンデレ」
落合がにやにやしながら私のことをからかう。
「ツンデレじゃないから……。怪我人を前にしたら誰だって優しくするもんでしょ」
私がじっとりとした視線を向けると落合は楽しそうに笑っていた。
「そういえばさ。夜中に学校行ってすっごく怒られたんじゃない?先生に呼び出された?」
「軽く注意はされたけど。結果的には落合を助けられたから退学を進められたりとかはなかった。言っておくけど、今回のこと理事長以外に心霊現象が原因だってことは話してないから。誰かに話す時は気を付けて」
周りの大人達に心霊現象のことを話したところで納得してもらえない。千代子理事長がうまく言いくるめて私達を守ってくれた。落合は笑顔から一転、思い詰めたような表情をみせる。
「心の中では受け入れていたのかも……女学生の霊のこと。なんの悩みもなく楽しそうに学校生活を送る子たちが羨ましかった。私が手に入らないもの全部あの子たちが持ってて……。ぐしゃぐしゃにしてやろうって思ってたのは本当のことだから。最悪だよね。私、これまでのこと皆に謝らなくちゃ……」
「謝らなくていいよ」
予想外の答えだったのだろう。落合が驚いたように顔を上げた。
「女学生の心霊現象はもう無くなったんだし。他の人も元に戻ったんだから。これから女学生による心霊現象はなくなるでしょ」
「え……?皆元に戻ったの?」
落合は大きい声を出した後、しまったという表情で口元を手で覆う。病院では静かにしなければならない。私も看護師さんが入って来ないか思わず背後を確認する。
幸運なことに誰も私達の病室に入って来ることはなかった。
私が華島ハツの縁を切った後、学校は退屈とも言える平穏な日々を取り戻していた。理事長が業者に頼んで木を他の場所へ移動させたこともあって、縁結びの木信仰は消えてしまった。
文化祭の準備が始まることもあって日常が忙しくなり、縁結びの木どころではなくなったのだろう。噂話とはそういうものだ。怪異は不気味なほど綺麗に私達の日常から消え去った。
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落合が安心したようにベッドに寝転がる。
「本人も何が起こったか分かってなかったみたい。ただ訳も分からないまま女である自分を責め立てられて罪悪感を抱いてたんだって」
3日前。落合が入院してすぐの時。
佐野さんと長谷さんが私の元にお礼を言いに来たのだ。長谷さんは自身に何が起きたか分からなかったらしい。とにかく縁結びの木の神様が悪夢を見せているのだと思って部屋の中に閉じこもり怯えていたそうだ。
「それが昨夜、突然悪夢を見なくなって……常に部屋の中に感じてた神様の気配もなくなったの」
長谷さんが興奮気味に縁結びの木の呪縛から解放された時のことを語ってくれた。
自分の身の周りに起こったことだけではなく、佐野さんに促されて私への発言を謝罪してくれた。
「ごめんなさい。私、藤堂さんにめっちゃ失礼なこと言ったよね?なんて言ったか忘れちゃったけど、謝らなくちゃと思って」
本人もあまりよく覚えていないが私に対しての罪悪感だけは残っていたという。私も長谷さんが縁結びの木の影響を受けていたことを知っていたから謝罪を素直に受け入れた。
「ううん。それはもう大丈夫。話したくなければいいんだけど……悪夢ってどんなものだった?」
「えっと……どうだったかな……。あんなに何回も見て気持ち悪かったのにあんまり覚えてないんだよねー……。あっ」
長谷さんが何かを思い出したように自分の目を指差して言った。
「目だ」
長谷さんの目が夢で見た血走った目と重なって身震いをする。怖がっているのを悟られないように長谷さんから視線を逸らした。
「目がたくさんあって……私のことをじっと見てた……みたいな夢だったと思う」
「何それ?怖すぎでしょ……。陽向、そんな気持ち悪い夢見てたの?」
佐野さんが顔を歪めて自分の腕をさする。
長谷さんも「きもいよねー」と言いながら青ざめた顔で笑っていたのを思い出した。
佐野さんと長谷さんのことを話し終えると落合は「そっか……」とだけ掠れた声で答える。恐らく落合も私と同じ映像を思い浮かべているに違いない。
重苦しい雰囲気を変えようと私は話題を変えた。
「長谷さん、すっかり元気になって文化祭に彼氏連れてきてくれるって」
「へえ!それは楽しみだね!」
落合は寝転がったまま、病院の天井を見上げて息を吐いた。
「確かに落合は酷いことをしたかもしれない。……だけど、全力で救おうとしたでしょ」
「……」
落合は無言で視線だけ私の方に向ける。
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