第31話 縁結びの木の怪(8)
スマホのアラーム音で私は飛び起きた。身体中から汗が噴き出している。
目覚めは最悪だった。
一体どこからどこまでが夢で現実だったのか。分からない。ただあの生々しい記憶は今もしっかりと覚えている。
縁結びをした者に恐怖を植え付ける。最後の『祈りなさい』という言葉のせいでこれが……縁結びの木の呪いか。悪夢で睡眠を損なわれ続ければ精神が参ってしまうのも分かる。霊も憑りつきやすいだろう。
「残念だったね……。私はこんなことでダメになる柔な人間じゃないんだ」
今はもう何の気配もないクローゼットに向かって言ってやった。
「藤堂さん……大丈夫?顔色悪いよ。それってもしかして……縁結びの木のせい?」
佐野さんが心配そうに小声で聞いてきた。私は静かに頷く。
「そうかもね。でも大丈夫、私はこういうの慣れてるから」
言葉の意味が分からず佐野さんが首を傾げる。
「慣れてるって……。具合悪かったら早めに保健室行きなよ。美織も心配するだろうし」
私は左隣の席を眺めた。
落合も私と縁結びの木に赤い布を結んだのだ。私と同じように心霊現象に遭ったかもしれない。
「長谷さんは?」
佐野さんは小さく首を横に振る。相変わらず私達の置かれている状況は変わらないようだ。
「おはようございます。朝のミーティングを始めますよ」
自然なようで不自然な駒井先生の声が教室に響く。いつもならミーティングぎりぎりに到着するはずの落合の姿がない。
私の心が大きく波打った。
「先生……。美織は?」
衝撃で口がきけない私の代わりに佐野さんが問いかける。
「落合さん、今日は体調不良でお休みです」
落合の欠席に教室が騒めいた。
「王子も?」
「神様に目を付けられたのかな?」
「だって王子……男子に興味なさそうじゃん。だから……怒りを買ったんだよ」
クラスメイト達の心無い言葉に私は怒りが込み上げてきた。余計に頭が痛くなって思わず机にうつ伏せになる。
いつも左隣で私を揶揄ってくる落合を思い出して深いため息を吐いた。
こうなったら私が落合を救うしかない。私は顔だけ左に向けて、誰も座っていない落合の席を眺めた。
「ねえ。藤堂さん、少し良い?」
昼休み。食欲を無くしていた私に声を掛けてきた佐野さんに言われるがまま、私は屋上の手前。階段の踊り場に連れ出された。佐野さんの甘ったるい香水の香りが鼻腔をくすぐる。
「美織はどうしたの?今、どういう状況?陽向もずっとおかしな投稿を続けてるし、クラスの皆も怖がってる。親に話しても『年頃になるとそういう時期もあるからね』って相手にされないし……。私達、どうすればいいの?」
途方に暮れている佐野さんを横目に、私は一番上の段に腰を下ろす。壁にもたれかかりながら今できる限りの考察を話すことにした。
「昨日の放課後。私と落合さんは……縁結びの木に赤い布を結んだ」
「本当にやったんだ……。それで?何が起こったの?」
佐野さんが私と同じ段の階段、手すり側に腰かけて問いかけてくる。
「部屋の中で誰かが私のことを見ているような心霊現象が起きて……街のあちこちに気持ち悪い目がたくさんある夢を見た。すっごく気分が悪くなるような。過去に自分が体験した、嫌だった気持ちが込み上げてくるような……」
佐野さんが自分の膝を抱えながら私の話を真剣に聞いていた。
「たぶん縁結びの木のおまじないをした生徒は何らかのトラウマを植え付けられていると思う。それも……女という性別であることに嫌悪と恐怖を抱かせるような……」
「女子校というか、女子特有のやつね」
無言で佐野さんに視線を向けると佐野さんは唇を尖らせながら気まずそうに言った。
「私が言うなっていうんでしょう?今まで色んな人を傷つけてきたから分かんの。そういうの」
やっぱり佐野さんは変わった。これ以上過去のことを引き出すつもりはなかったので私は素直に佐野さんのt言葉に頷く。
「そう。女子特有のやつ。女同士のグループっていう面倒な人間関係とルックスと異性関係のマウントの取り合い。女として生まれたからには避けては通れない道。人によっては一生のトラウマになりかねないやつ」
「藤堂さんって……容赦ないこと言うよね」
佐野さんが苦い笑みを浮かべる。「そんなことないよ」を期待していたのだろう。残念ながら私はそんないい子ではないのだ。
「ごめん。でも本当のことだから」
「別にいいよ。私が悪かったんだし……。だとしたら心霊現象を起こしてる霊?っていうのかな……原因は女子の霊ってことになるの?」
佐野さんの鋭い考察に驚きながら私は頷いた。
「私はそうだと思ってる」
やり方が随分と女子っぽいのだ。おまじないを心霊現象の引き金にし、縁結びという女子が食いつくものにあやかっている。それらのことを踏まえて今起こっている心霊現象はある特定の女性による強力な思念が影響しているのではないかと考察した。
「女子を強く恨む女子ねえ……。誰のことだか見当もつかない」
佐野さんが肩をすくめてみせる。
私も誰だか特定することができないでいた。どの生徒も一人ぐらい嫌いな生徒はいるだろうし、これだけの人数を恨むほどいじめられている生徒もいない。
「そうだ。藤堂さんに伝えておきたいことがあったんだ」
「何?」
急に畏まった佐野さんを私は眉を顰めて眺めた。
「関係あるか分からないけど……。私が心霊現象に遭う前。知らないアカウントからリクエストがあったの。『神社で撮影したら』とか『学校で撮影したら』って。確か同じアカウントからだったと思う……。今はもうなくなっちゃったけど」
「そういえば……そうだったね」
私は佐野さんの動画投稿サイトを思い出す。どちらのコメントもプロフィールが設定されていない怪しいアカウントだった。
「今回の縁結びの木も似てない?情報の出所は卒業生の非公式のアカウントだけど……。知らないどこかのだれかの一言から皆が影響されて……」
佐野さんの言葉から私はある可能性に気が付いた。
「そっか……。だとしたら……」
どうして気が付かなかったんだろう。私は階段から立ち上がると、急いで駆け下りた。
「ちょっと、藤堂さん?」
驚く佐野さんの声を背中に私は1年C組の教室へ向かう。その間にも縁結びの木へ向かうであろう、生徒の波を通り過ぎた。
縁結びの木に向かう時だけ生徒達の目は虚ろになっているような気がする。異様な光景を横目に私は彼女達とは反対の方角へ歩みを進めた。
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