第30話 縁結びの木の怪(7)

 「少し見ない間に赤い布、増えてない?」


 落合の素直な感想に私も頷くほかない。縁結びの木の枝はもう隙間がみえないぐらいに布が結ばれていた。

 何故かその光景に鳥肌が立つ。

 夏のどこまでも透き通る青空の下。赤い布が無数に結びつけられた木が不気味なコントラストを生み出していた。

 木が血をながしているように見えなくもない。異様な光景に私と落合はしばらく声をだすことができなかった。

 私は赤い布を握りしめると一歩、また一歩と足を進める。


 縁結びの木に旧校舎に落ちている赤い布を結べば……●●と結ばれる。


 私はこれから何と縁を結ぼうとしているのか。

 少し背伸びをしながら辛うじて見つけた隙間に赤い布を引っかけた。布の両端を交差させ、片方を輪の中に入れ後は両端の布を引っ張るだけ……という段階まで来た時だ。

 後ろから手が伸びてきて、私の手の動きに合わせて布を結び付けた。


「落合さん。どういうつもり?」


 私は影になった落合を睨み上げた。このまま私だけ赤い布を結び付ければ怪異に遭うのは私だけで済んだのに。何を馬鹿なことをやったのか。落合はにっと笑ってみせた。


「だって私達、心霊現象解明部でしょう?それと相棒で……友達だから」


 眩しい落合の笑顔に私は何も言えなかった。私と落合の関係はそんな盛りだくさんなわけない。

 私には相棒も友達も必要ない。だって……また昔みたいなことがあったら……。いや、今はあのことを考えるの止めておこう。


「……別に……そんなんじゃない」

「でました!文香のツンデレ。心配しなくても大丈夫。これで一緒に怪異に立ち向かえるよ」


 私は黙って落合のことを眺めていた。


 学校から帰宅するといつものように心霊動画を閲覧してまわり、ブログをチェックする。

 夜遅くまで母は仕事で帰って来ない。私は学校から帰ってきたら大抵ひとりで過ごした。夜ご飯も母が作り置きしたものか、冷凍食品を食べる。

 縁結びをした後だからか。妙に落ち着かない。いつも以上に背後に気配を感じてしまう。

 背後を振り返るが当然ながらなにもいない。

 ふと、視線を移すと背後にあるクローゼットの扉がほんの少し開いているのに気が付いた。さっきはぴったりと閉まっていたはずなのに。

 椅子に座ったままクローゼットを凝視する。心臓がドクドクと脈打つ。

 視線を変えたいのに変えられない。怖いのなら見なければいいのに。金縛りにあったように体が動かなかった。

 やがては現れた。

 クローゼットの内側が此方を覗き込む、血走った人の目が見えたのだ。


「……っ!」


 私は思わず椅子を引く。本当に恐怖を感じた時、人は叫ぶことすらできないのだと私は過去に体験して知っている。

 その目は見ていてあまり居心地よくない視線だった。

 品定めするような、舐めるようなじっとりしていて……。気持ち悪い。


「……!」


 今度は左手側にある窓に人影を見つけて呼吸が止まる。窓もほんの少し隙間が開いていて、同じ目が此方を見ている。

 私は耐えられなくなって部屋から飛び出した。

 身体中から変な汗が吹き出し、呼吸が乱れる。暑いのか寒いのか分からなくなってしまった。

 なんなんだ……あれは?


「ひっ……!」


 リビングに続くドアもほんの少し隙間が開いていて、何かが私の方を見ている。

 家の中に居たくなくて、遂には外に飛び出した。

 走っても走ってもあの目が此方を見ているような気がしてならない。

 余り早く走れない足で、誰も助けを呼ぶこともできずにただ街を走ることしかできなかった。

 何故か街には人がひとりもいない。それどころか車も自転車も通り過ぎはしなかった。

 ここまで来れば大丈夫……と膝を突いて息をしていた時だった。

 目の前の電柱に目があることに気が付く。


「っ!」


 この世とは思えない現象。人間の目が張り付いてることなんてあるのだろうか。

 私は息を呑んで後退った。背中に当たった建物の壁にも目がある。

 あの不快感を感じさせる目だ。

 私の視界に届く限り壁や電柱、停められた車。あの下卑た誰かの目で溢れていた。

 叫びたいのに声は出ず、助けを求めたいのに誰もいない。視線から逃れることはできない恐怖に心が支配される。



『お前は一生、女に生まれた自分を恨むんだ……』



 低くも高くもない声が私の耳元で囁く。その声は私のベッドの側に立って直接話しかけているかのように生々しく鼓膜から脳内に響いた。


『祈りなさい。そうすれば……この悪夢から逃れることができます』


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